並んで飛ぼうよ
●23 並んで飛ぼうよ
ダダダダダダダダ!
二十ミリ機銃が火を噴く。
バシバシバシ!
低空をゆくドーントレスの半分が、ばらばらに飛び散った。
「しゃあああああ!」
「早瀬、水道の中には入るな! 味方にやられるぞ!」
若い搭乗員に送信すると、坂井は状況を確認するため周囲を旋回した。
わずか十六機だけの疾風だったが、敵はすでに混乱しはじめている。環礁の最大幅でも七十キロほどしかないトラック泊地なのだ。F6Fですらかなわない新型機にとって、爆撃機やF4Fはものの数ではない。
坂井は二週間前のことを思いだしていた。
空母 龍驤では、第四航空戦隊司令官、角田覚治少将が待っていた。
この戦隊はもともと別の所属だった。広島の柱島泊地にいるところを、急遽、艦隊決戦を前にした南雲に抜擢され、最新型機が持ちこまれることになったのだ。
龍驤の上空に疾風や天山がひるがえり、きれいに整備された甲板へと、つぎつぎに舞い降りてくる。
「この龍驤に最新鋭機だあ?」
「はい。戦闘機の疾風を十六機と、艦攻機天山が十機です」
停泊した空母の羅針盤の前で、敬礼をしたままの坂井が微笑んで答えた。この空母は上部構造物としての甲板を持たず、艦橋機能は甲板前部の直下にあった。角田は丸い大きな体躯につるりとした坊主頭だ。イントネーションは新潟弁が強い。
「航空機を入れ替えるとは聞いていたが、最新鋭機とはの……」
角田が持つ四航戦は空母龍驤と駆逐艦しかなく、その龍驤も、搭載されているのは古い航空機ばかりだった。開戦以来、自分にできるだけの戦いはしてきたつもりだが、ロートル部隊の印象はぬぐえなかった。
「南雲長官のご配慮です。龍驤と角田司令官のことをよくご存じで、ぜひ新鋭機をおあずけしたいと……」
「ふーむ、たしかに面識はあるがー……」
とはいうものの、角田は今まであまり南雲と話した覚えはない。彼の知る昔の南雲は、自分の三期先輩で、水雷を専門にしているということくらいだった。
坂井が手をぴっと降ろす。
「長官は不思議なくらいなんでもよくご存じな方だそうで、私のこともわざわざ指名で台南から呼ばれました」
「最近のお噂はたしかに聞いている。軍略、用兵、軍事知識に優れ、大将へも一番近い方だとか」
「さあ、それは……」
坂井は笑った。
「とにかく、南雲長官は角田少将の勇猛をよくご存じで、今回のアメリカ艦隊との大決戦にぜひご参加いただきたい。それも南洋方面を龍驤に任せるのでよろしくと」
「しかし、急に新型機と言われても、搭乗員に訓練をせんと、使い物にはならんぞ」
坂井はにやりと笑った。
「そう思いまして、今回は、子連れです」
「?」
そういってふりかえる坂井の合図で、廊下からずらずらと若い兵士らが入室してきた。
「総員二十名、いずれもベテランの搭乗員たちです。疾風、天山の搭乗を一か月にわたりやってきました。あとは私らが訓練します」
角田はようやく腑に落ちた顔になった。反論の余地もなければ用意も万端。なにより、空を舞う新鋭機は力強く、いかにも優秀そうな機体だ。期待されれば、それに応えるのが武人というもの。
角田はぎゅっと口を締め、目をらんらんと輝かせた。
「よおす、やろう!」
坂井はにっこりと笑い、もういちど敬礼する。
「はっ!こちらこそ、よろしくお願いします!」
坂井の疾風が新たなF6Fを追いまわしはじめる。
疾風のエンジンはF6Fと同じく二千馬力級、それなのに機体重量はF6Fの四千百キロに対して、二千六百キロしかない。大出力で超軽量、その分動きは機敏で、とんでもなく速いのだ。
そのうえ、今回の疾風には、南雲の要求で燃料タンクに炭酸ガス放射自動消火装置と、内側へのゴム貼りつけによる防漏構造、さらに搭乗員背部への防弾鋼鉄を装備し、防御も強化されていた。
搭乗員に練度の差があり、基本性能も疾風が上。これでは話にならなかった。F6Fがきりもみや宙返りで逃れようとするのを、ちょっと離れて旋回し、その後やすやすと追いつく。
機銃の照準に、逃げるF6Fの機影がぴたりとおさまる。
坂井は左手の発射レバーを押しこんだ。
ダダダダダダダダダ!
両翼にある二十ミリ機銃が敵機の両翼を撃ちぬき、黒煙を上げさせる。F6Fは海面へと落下していった。
(よし!四機撃墜!)
坂井は残りの弾数を確認する。まだ、大丈夫だ。
それにしても雨がひどい。
そろそろ潮時だ。これでは敵が見えない。もう一機だけやったら、帰艦しよう。
(……お?)
低空を見ると、旧型のゼロ戦を追い回しているF6Fがいた。
(最後に、あれをやっつけよう)
十二・七ミリ機銃の方に切り替え、あいさつがわりに一射して、こちらの存在に気づかせる。
バリバリバリ!
しかしF6Fは、すぐにただ事ではない新鋭機を察知すると、雲の中へと逃げ出した。だが運悪くその雲は薄く、機体を隠すには無理があった。坂井はスロットルを全開にして追尾した。
ずんぐりした敵の機体が、ぐんぐんと近づく。
追尾する坂井は、ふと悪戯心を覚え、機銃を撃たずに右往左往するF6Fを追いかけてみる。
速度計を見ると、なんと、六百キロを超えていた。
敵機が必死に逃げる。速力には自信があるのだろう。
だが、坂井の疾風は接近し……。
(俺も馬鹿なことやっている)
ついに横に並ぶ。
敵が気が狂いそうな目でこちらを見ていた。
そこからは読みあいになった。急激に速度を落とし、背後を採ろうとする敵を、見越して全速で宙返りに入る。一周するまでもなく、視界に捉え、宙返りの途中から機銃掃射する。
ダダダダダダダダダダダ!
ババ―――――ン!
破裂するようにF6Fの胴体が割け、黒煙をあげた。
坂井はなぜか、すまぬ、と手を合わせた。
いつもご覧いただきありがとうございます。南雲不在のまま、龍驤部隊が参戦してきました。雨も激しくなっております。




