地獄の猫があらわれた
●22 地獄の猫があらわれた
「くそおお、まだ着かんのかああ!?」
真鍮色に光る拳銃型のトリガーを、カチカチと引いた。
「あああっ、やめてくださいっ!」
草鹿があわてて、おれの腕に飛びついて来る。
「そんなことして、万一主砲が発射されたら、どうすんですか!」
「まあたぶん大丈夫だろ、方位盤と実際の方位角が一致してないと、弾がでないはず」
……カチカチカチ
「ここ、怖すぎますって!甲板の乗員死にますよっ!」
ふたたびおれの腕に縋りつく。
ここは艦橋最上部にある射撃指揮所だ。視界の悪さをすこしでも補おうと、おれはさっきからここで遠方をながめ、しかし結局はなにも見えず、ただウロウロとうろつきまわっていた。
とにかく一刻も早く到着したい。トラック泊地はいまごろ、大変なことになっているはずだ。そう苛ついて、つい円形指揮所の中央丸柱から突き出ている、主砲の発射装置をいじくり回していた。
「いやいや、まだ半日はかかりますよ。だから落ちついてくださいって。戦況報告も現在敵機迎撃中で、被害は軽微だそうです」
「ダメだ。あいつら、すぐカッコつけるから信用できねえ」
おれは腕組みをして唸る。
ここからの眺めも、やはり煙った雨空だ。灰色の海面は見えるが、波はけっこう高くなってきた。船も大きくローリングを繰りかえしている。そしてなにより、この指揮所よりすぐ上の空は、牛乳色の霧の中。
「急げ!遅いぞ武蔵!」
「小次郎ですか」
雨がほんの少し和らぐ。
アメリカ空母艦隊は、最初に発艦した二十機ほどにつづいて、艦載機を順次、発艦させていった。
空母エンタープライズ、ワスプ、それにエセックス級の新造空母三隻、これらを合わせると総勢で約二百五十機の第一次攻撃群になる。しかし総数は三百六十機を優にこえ、まだ百機あまりが温存されていた。
「どんどん来ます。防ぎきれません」
「ばかも―ん、弱音を吐くなあ」
ここはトラック泊地最南部にある、冬島砲台である。
ダダダダダダダダダダ!
ドンドンドン……!
地上からの攻撃を受けて、墜落していく爆撃機がいるなか、運よく爆弾の投下にいたる敵機もあった。
ヒュ―――――――――……
ドカ――――――――ン!
雨で濡れた土がグアっとまるごと持ち上がり、兵士たちにざああっと降りそそぐ。
「機銃撃て撃て!」
「もっと砲弾をよこせ!」
首を伸ばすようにして補給路を振りかえる。そこへ高角砲の巨大な弾倉を両手に持った兵士が、よたよたとやってきた。
「おお、来たか!」
「新型砲弾を持ってまいりました」
それはあの海軍技術研究所で開発された、近接信管弾であった。
すぐに装填され、狙いを定める。
「方位角三十」
「仰角四十」
「撃て――――――っ!」
ドンドンドンドンドン!
バ―――――――ン!
バ―――――――ン!
敵機が羽根を千切られ、あるいは黒煙をあげて墜落していく。
「撃墜――――っ!」
夏島の臨時司令室では、落ち着いた表情の細萱司令官が、上空での激しい攻防を双眼鏡でながめている。まるで戦艦の艦橋にたたずむ艦隊司令官のようであった。
矢継ぎ早に入ってくる伝令からの報告を受けては、補給や人員の増員を指示をする。それは今のところうまくいっているが、敵の攻撃もまた激烈さを増していた。
迎撃機をくぐり抜けたデヴァステイター、ドーントレス、ヘルダイバーら、急降下爆撃機の攻撃によって、港は無傷とは言えない。しかし味方も勇敢に迎撃を行い、今のところ被害は最小限に抑えられている。
雨と雲のせいで、上空からの爆弾投下がほとんどなく、また停泊している艦隊もいないため、雷撃を無効化しているのが幸いしているのだ。
「防空気球に敵機がかかりました」
「うむ、雨が幸いしたな」
「追加の気球をあげますか?」
「そうしてくれ。友軍機への連絡を忘れぬように。味方を引っかけては相すまぬ」
「はっ!」
「砲台に弾薬は足りているか」
「足りております」
「冬島の電探は無事か」
「無事です」
「よし!」
細萱はまだ少しも安心できなかった。この敵艦隊が今のアメリカの空母総力に等しいものであることは知っていたが、温存された艦載機がまだあるかもしれないし、敵に強烈な新兵器がないとも限らない。決して油断はできないのだ、
細萱は口をぎゅっと引き締め、ふたたび双眼鏡を持ち上げた。
敵機はあいかわらず多い。
迎撃隊のゼロ戦を率いる城下中尉は、夏島と秋島のあいだ高度千メートル以下の空域で、列機とともに必死の攻防戦を繰り広げていた。
すでに一度、切れた燃料と弾薬補給のために、基地との往復を行っているが、秋島には艦隊用の補給弾薬庫があり、どうしても護りきりたい。
城下は雲間からあらわれる黒い点のような敵機を見つけては、雨雲に隠れ、列機と一気に降下、一撃離脱する方法をとっていた。
「おい、来たぞ。またやろう」
無線で列機に連絡すると、上空にすっと消える。
ころあいを見計らって、急速で高度を落とすと、眼下に星のマークをつけた敵の戦闘機を発見した。
(おや、見かけない形だな……)
一瞬とまどう。だが迷っていては命とりになる。城下は七・七と二十ミリ機銃をまとめて撃ちこむ。
ガガガガガガガガガガ……
突然、その見かけない戦闘機の編隊は機首をぐいっと上にあげ、ものすごい加速を見せて散開した。グーンと伸びあがるように飛び、バンクして反転する。
城下は驚きながら、その中の一機に狙いを定めて二度ほど宙返りをする。しかし、追いつけない。それどころか、バックをとられそうになる。
(いかん、こいつは今までのグラマンF4Fとは違うぞ!)
必死に機体をあやつりながら、なんとか雲間に姿を隠す。あわてて無線の送話器を掴む。
「敵に新型戦闘機あり。馬力、速力ともに今までのF4Fとは比較にならず。列機は注意されたし。繰り返す。敵に新型戦闘機あり」
城下は大きな星のマークを思い出しながら、叫びつづけた。
それは空母エセックスから発艦した、F6Fヘルキャットであった。
いつもお読みいただきありがとうございます。トラック泊地やその周辺には多くの島があってとても説明がやりにくいです。やはり地図をアップするしかないのでしょうか。しかしぼくは絵が壊滅的に下手(笑)




