一難去ってまた一難
アップしたつもりができてませんでした。ごめんなさい(泣)
●22 一難去って、また一難
ほどなくして詳細な報告が伝えられる。雨はあいかわらず降っており、今も視界は最悪だ。それでも決死の覚悟で飛んだ日本の飛行士は、ほぼ正確に、敵艦隊の規模を伝えてきた。
「空母五隻、巡洋艦、駆逐艦あわせて二十五、距離約二百マイルであります!」
これは艦隊どうしの戦いではない。こちらは動かない基地だから、巡洋艦や駆逐艦の砲撃もじゅうぶんに脅威だ。しかし細萱はあらかじめ決めていた守備方針を繰りかえし徹底させた。
「よいか。まずは敵の航空戦力を叩くべし。船を相手にせず、爆撃機と雷撃機を先にやれ。艦隊には近づかんでよいから、航空機を誘いだしては叩け。これは持久戦である」
「島と敵艦隊のあいだに、いくつもの戦闘空域をつくれ。ひとつの空域で逃がしたら、次の空域で確実にしとめろ」
この細萱のいる夏島臨時司令室には、各島の陸軍参謀が詰め、無線による司令発信をになっていた。すでに離陸していた戦闘機にも、再度の指示があたえられる。
「この防衛戦は海軍式でやる。島は動かん空母だと思い掩護せよ。基地にいる残りの戦闘機はすぐに直掩機として空にだし、基地と燃料タンクと工廠を守備するのだ」
細萱の指示により、すでにこのトラック泊地はかなりの迎撃態勢が完了していた。特に、雨に対する滑走路の整備は可能なかぎりの準備をすませてある。
すなわち、竹島の滑走路には両側に排水路を掘り、水はけを改良、滑走路面は徹底的に石を除去したうえ、表層は石灰をまぜた土を戦車で押しかためてある。
そのうえで百人を超える陸軍兵が、離着陸のたびに水を除去する当番を決めた。おかげでこの程度の降雨であるなら、離着陸に支障がないまでに土壌の改良が完成していた。
そしてグアム、サイパン、そして南洋諸島からの増援航空部隊は、戦闘機を中心に約二百機が集結、それらはすでに半数以上が離陸している。
さらに、機雷を南東方面海域に敷設、基地や工廠設備がある港の手前には、防雷網を沈め、進入空域には防空気球をあげた。
また各所砲台には高角砲と機銃を増設するとともに、充分な弾薬と交代で二十四時間戦えるだけの人員と食料、そして衛生班が待機していた。
それだけではない。この夏島には三万トンの燃料が備蓄されている。
だから各航空機は戦いが長期戦となった場合も、常に補給をして、いくらでも飛んでいられた。ただし、飛行場と燃料タンクがやられたら、それでおしまいだ。なんとしても、竹島の滑走路、そして燃料タンクは護らねばならない……。
これほどの対敵襲体制を短期間に達成できたのは、指示命令系統を一本化しつつ、海軍の提督がその司令官に立ったことで、陸海軍全軍の一致協力が達成できたからだ。南雲からの急報、そして助言が、最大限にその効果を発した結果であった。
そしてついに、午前七時四十七分、最初の基地戦闘機約五十機が、アメリカ艦隊に接近したことで、空母エンタープライズから発艦したF4F戦闘機十五機、そしてカーチス爆撃機二十機との交戦がはじまったのである。
「おいおい。こいつは奇襲のはずだろ? なんでジャップの野郎が先に襲ってくるんだ?」
F4Fで急ぎ離艦した空母エンタープライズのパイロット、ショーン・ペレズは、呆然としてつぶやいた。たくましい筋肉の彼は二十二歳、開戦の直後、パイロットに志願してみごと合格し、厳しい教育と訓練を経て、初めて実戦に参加していた。
それでなくても雨で、視界は極端にわるい。防弾仕様の前面ガラスは取り外すこともできないし、照準がついているからさらに見えない。普通なら、とても飛べない天候だ。
それなのに、見てみろ、とショーンは思った。連中ときたら軽々と舞いながら、右へ左へと旋回しやがる。いったい、どういうつもりなんだ。ありえない。気分が滅入る。しかも、とんでもない数のゼロファイターじゃないか。こんな状況はカリキュラムになかった。
(くそっ! オレはまだ死にたくない。だいたい、オレはまだジャップを一人も殺してないんだ。このまま、死んでたまるか……。)
ショーンは顔をしかめて、銃弾発射スイッチのついた操縦かんを握りしめた。とつぜん垂れこめる雲の隙間から敵の編隊があらわれ、気がつけばもう目の前にいた。
三機のゼロは、どうやらショーンたちの編隊を狙っているようだ。同時にバンクして視界から消えると、すぐに現れて上空、左右にと、統率のとれた飛行姿勢で展開してくる。
(まずい!)
ゼロの動きを見て本能的に右へ逃げると、こんどは一機が上からやってくる。後ろにも気配だ。
ショーンは上へと操縦かんを引き、敵機とすれ違う寸前、タイミングを見計らって機銃を掃射する。
ガガガガガガガガガガ!
ガガガガガガガガガガ!
「いっやあああああああああ!」
自分でもなにを叫んでいるのかわからない。
とにかく視界が悪すぎなんだ。あ、しまった、キャノピーを閉めたままだ。そうか、だからよけい見えないんだな。僚機はどこだ?
ショーンはチッと舌打ちした。
いつのまにか、僚機はいなくなった。どこかで戦っているのか?
機体の姿勢を整え、水平飛行に移る。左右に振るが、なにも見えない。ショーンは息を吐いて、いつもの口ぐせをつぶやく。
「ODL,ADA(一難去ってまた一難)」
敵機は見えないが、こんなところでウロウロしていたら、いつかやられる。どうにかしないと……。
器用に身を乗り出してキャノピーを開けようとした彼は、ふと思いなおして座席に腰をおろした。一瞬、上空をにらみ、にやりと笑うと、そのまま操縦かんをひく。機体が加速して上昇していく。白い雲がだんだんと濃くなる。
この機体は高度六・五マイル(12000m)まで行けると習った。こんな天気でやったことはないが、行けるところまで上がって、敵をかわしてやろう。
任務はもちろん敵の戦闘機を攻撃することだが、なにもこんなところで目隠し飛行することはない。それにもし、やつらがキャノピーを開けていたら、とても上空には着いてこられないはず、むしろラッキーだ。
自機のまわりで機銃音が鳴り、曳光弾がいくつも稲妻みたいに走るが、かまわず上昇をつづける。すぐに空気が冷え、呼吸が苦しくなってくる。高度計を見る。五千、六千……七千。
もうだめだ。とても耐えられない。雲はめっきり薄くなり、もう雨はなくなったが、かわりに全面ガラスにはびっしりと氷がつき、内部にも霜がつく。これじゃあ計器飛行とかわらないぞ。
さすがに敵機がいる気配はなかった。
ショーンはジャイロを確認してトラック泊地の方位を確認する。外は真っ白でなにも見えない。よし、ここらでいい、そろそろ降下しよう。このまま敵の本拠地を目指して、高度を下げる。だんだんと温度があがり、息が楽になる。
はあはあ、とショーンは無精ひげの口もとをゆがめて喘いだ。あとは低空に行って、やつらの船でも撃つか……。
長い腕をのばして、ようやくキャノピーを開く。
ごおっと風と雨が操縦席に舞い込むが、たいしたことはなさそうだ。前面は相変わらず見えにくいが、計器飛行だと思えばいい。
そう思ってほっと息をつこうとしたその時……。
「なん……だ?」
首をのばして、顔を出す。
ゴーグルにびしびしと雨が当たる。それを手袋でぬぐう。
「……ちくしょう」
がん!と操縦席の内側を叩いた。
「ODL,ADA(一難去ってまた一難)」
すぐ前方には、ふたたび五十機ほどのゼロファイターが、こちらに向かってやって来ていた。
いつもお読みいただきありがとうございます。アメリカ側にも新人はいたはずで、中国戦線を戦い抜いた歴戦の日本飛行士とは違うかも、と思いながらこのシーンを書きました。だんだん戦闘は全体に、そして激しくなっていきます。今回はいわばプロローグです。




