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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第四章 対米死闘編
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南雲からの電文

●21 南雲からの電文


 太平洋をおれたちの大艦隊が、トラック泊地に向け白波をたてて進んでいる。


 空母六隻、戦艦三、重巡洋艦と駆逐艦あわせて十六隻の大艦隊である。ただし実際は空母二~三隻ずつを、約百キロの間隔をあけて三艦隊に分け航行させていた。こうしておけば、少なくとも同時に奇襲攻撃を受けて全艦隊が壊滅してしまうリスクが減る。


 旗艦武蔵は、電探装備がすぐれているため、空母翔鶴、瑞鶴とともに中央の艦隊に含まれている。足並みをそろえるため、やはり三十ノットとはいかなかったが、それでも出来るだけの航速で急追している。このままいけば、十時間以内の時間差で、アメリカ艦隊に追いつけるだろう。


「ここにおられましたか」


 艦長の猪口が艦橋上部にある、防空指揮所にあがってきた。


「うん、ここは見晴らしがむちゃくちゃいいな」


「はい。電探がこのように進歩してきても、敵機襲来を見落とさないためにはここが一番ですから」


 猪口は満足そうに、双眼鏡にとりついている兵士たちをながめた。


 海はおだやかで、この高さからは波はそれほど立っていないように思える。天井や遮蔽の壁はなにもなく、ここは単純に展望台のような設備だった。


「天候も良さそうだしね」

「はい。……ですが、昼からはちょっと荒れるかもしれません」

「え、そうなの?」


 おれは遠くの空を見る。おれにはなにも見えない。


「気象班が作成した気象図によりますと、低気圧が来ています。台風ではなさそうですが」


「なるほどね……」


 おれは朝の景色と太陽を愉しみつつ、戦艦武蔵の威容をながめた。まだ甲板は新しいため、木の色が残っている。錆も汚れもほとんどなく、完璧な新造船だ。前後に見える主砲は圧巻の巨大さで、その爆風と呼ぶ衝撃波を避けるため、あらゆる箇所に爆風盾が設けられている。


 おれはその風景を感慨深くながめ、階段を下りた……。




 こちらはトラック泊地である。


 細萱ほそがや 戊四郎ぼしろうは、このとき第五艦隊の中将として、この地に滞在していた。


 彼は海軍兵学校三十六期、南雲とは奇しくも同期であり、当年とって五十四歳だ。水雷を専門とし、第一航空戦隊司令官などを経て、去年、第五艦隊司令官になった。性格は職人肌で、多少はおっちょこちょいなところもあったが、元来明るい気質で、部下には善く慕われた。


 ところで、第五艦隊といっても、目立った航空戦力はなかった。空母もなく、多摩、木曾といった軽巡洋艦と、商船改造巡洋艦がほんの少しいるだけ、航空隊にいたっては小笠原諸島父島に属している。


 南雲からの急報を受け、トラック泊地が混乱を極めるなか、現在、細萱には重責がのしかかっていた。似合わない気難しい顔をして、つぎつぎにおこる慣れない判断を必死にこなす。トラック泊地の混乱した指揮系統を、なぜか見抜いていた南雲からの進言により、対応はこの地にいる最高指揮官に一任せよとの軍令部から命令があったからだった。


 ようやくひと息ついて、細萱は緑茶をすすった。


 トラック諸島内、夏島の西岸にあるこの工廠の建物が、急遽の司令部になっていた。


「失礼します」


 親徳しんとく門司もんじ中尉が入ってきた。この男は主計、すなわち会計の担当である。騒動には、とかく金がかかるものだが、この非常時には本当の金の動きは必要ないから、人と物の移動による物資の調達が主な用件だった。


「食料などの調達は急遽南洋諸島に依頼しまして……」


 親徳の説明がはじまる。

 細萱はよくわからないから、ほぼ無条件ですべての案件に許可を与える。


 軍令部の作戦はとにかく南雲艦隊の到着まで持ちこたえろ、であった。したがって、周辺の諸島ではできるだけ抵抗せず、通過を許すことになる。それだけに、泊地へは激しい攻撃が予想された。


 つい半月前まで大艦隊が停泊してにぎやかだった内海には、今では航空戦力のない巡洋艦や駆逐艦しかおらず、それらはすでに外洋に逃がした。あとは各島に分散して平置きにされている航空機だが、それらはいつでも飛び立てるように準備を整えていた。


 アメリカ艦隊の狙いが、こんなガラ空きの泊地である以上、作戦目的は艦船ではなく、オイルタンクや工廠設備の破壊であることは目に見えていた。このトラック泊地がラバウル、南洋諸島の補給拠点になっていることを重く見ての基地機能の破壊なのだ。つまり、航空機による爆撃をなんとしても防がねばならない。


「ラバウル、サイパン、グアムからも航空戦力が到着しており、これら兵士の食料、弾薬につきましても、非常用を供出してよろしいでしょうか……」


「無論じゃわ。いつまでかかるかわからんが、腹が減っては戦はできんぞ」


 ちょっとおどけた顔をしてみる。鼻の下の髭が愛嬌になって、笑いを誘う。


「承知いたしました」

「うむ」

「……」


 用が済んだら無駄口を叩かず、帰るのが軍人だ。しかし親徳はなにか言いたそうにうつむいている。


「ん、どうしたね?」


 細萱の問いに、親徳が真顔になる。


「長官」

「なんじゃ?」

「恥ずかしながら、自分の妻はこの地におります」

「ほう?」


 意外も意外。細萱が思わず黙ってしまう。この地に来て以来、なにかと渉外を受け持ってくれたこの男が、妻帯者であることは知らなかった。


「妻子を連れての赴任は違反のはずだが?」

「いえ、小松の芸者であります」

「あ」


 このトラック泊地の夏島に、横須賀の料亭小松の支店があることは、細萱も知っている。その芸者と所帯を持ったということだろうか。


「長官がここにお越しになって、こうしてアメリカ艦隊との決戦になりましたこと、自分は天祐と思っております」


「ふむ」


「今まで、このトラックはいくつかの島と施設に分かれ、誰が命令を出すのかもわからず、常々不安に思うておりました。どうか、どうか……この泊地を、よろしくお願いいたします」


「……わかっとる」

 これ以上ないほどの最敬礼をして、親徳は帰って行った。


 すぐにまた誰かがやってくる。


「失礼します!」

「誰か」

「九条であります」


 まだ子供のような若い声が、空いたままのドアの向こうから、響いてくる。

 たしか、まだ成人式も迎えていない、通信兵のはずだ。


「入れ」

「はっ!」


 九条がキビキビとした動作で入り、敬礼をする。


「南雲艦隊長官より、太平洋艦隊山本五十六司令長官にあてた電文を傍受しました」


「うん、読んでくれ」


「読みます。第一航空艦隊南雲忠一発 太平洋艦隊司令長官山本五十六宛 南雲艦隊ハ二日ノ内ニ戦局ノ大勢ヲ決スルヲ目途シ、敵米ノ攻勢企図ヲ破摧シ速カニ必勝ノ戦略ヲ確立シタルニ依リテ、全艦隊戦力ヲ以て即時ノ米戦ヲ遂行ス」


「……」


 頭をびっと下げ、メモを渡す。

 九条が下がってから、親徳はその文章をあらためて眺めた。


 これは自分あての通信だ。

 細萱は直感的に悟った。


 必勝の作戦はもう立ててある。今日か明日、かならず行って敵を倒すからそれまで頑張れ。南雲はそういっているのだ。


 細萱は両手を後ろにまわし、窓に向かって立った。


「おお!」


 目の前には、美しい南洋の夕焼けが広がっていた。


(運が悪い……と思っていたが、これもなにかのお導きか)

(どうやら、ここがわしの正念場らしい。下手を打ったら、南雲に会わせる顔が無いわい)


 夕暮れ迫る海岸線を窓からながめて、細萱はひとり不敵な笑みを浮かべるのであった……。




 昭和十七年五月十四日午前六時。


 その日、太平洋は雨に煙っていた。空には黒くぶ厚い雲が垂れこめ、重苦しい空気がトラック泊地を覆っている。今日も上空には戦闘機が多く舞い、アメリカ艦隊の襲来に備えていた。低空と上空に隊を分け、南東方面を重点的に哨戒を繰り返す。哨戒機はキャノピーを開けたままだから、飛行士はみんなびしょぬれになっていた。


「見落とすな。もういつ来てもおかしくないぞ」


 細萱は各基地へ檄を飛ばし、さらに砲台や哨戒艇にも無線で頻繁に連絡をとった。もともと職人気質だから、その気になれば緻密な作戦はお手の物だ。まさに寝食を忘れての働きだった。


 すこし雨脚が弱まってきた午前七時、ついに哨戒機から入電があった。


「ワレ、敵艦隊を発見す!」

「来たか!」


 その位置を確認し、海図に描きこませる。思った通りの進路だ。


「よし!」

 細萱は口元を引きしめた。


「戦闘機隊をだせ!」




いつもお読みいただきありがとうございます。 史実とは逆に、動かないラバウルと南洋諸島を見てトラック空襲を先にやることになったアメリカ艦隊です。 ブクマ推奨、ひとことご感想をいただけると、すごくモチベがあがります

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[一言] うおおぉぉぉぉぉぉぉ!! 細萱中将!よろしくお願いします‼
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