殺しあいの挽歌
●15 殺しあいの挽歌
艦内では負傷者の手当や、傷ついた船体箇所の応急修理があわただしく行われている。また、墜落した飛行機の遺体の回収や、生存者の救出のため、内火艇を出して、暗い海上の捜索も行われていた。
「な、なんだあれ?!」
懐中電灯を持って海上を捜索していたとつぜん兵士が声をあげた。
アメリカ海軍のF4Fワイルドキャット戦闘機が、機体を真っ二つにされて浮かぶそばに、軍服を着た小さな金髪の少女が浮かんでいた。
「こんなところにおられましたか……」
おちついた草鹿の声が、静かな波の音にまじってきこえた。
おれはふりかえる気にもならず、二十メートル下の、黒々とした海面を見つめ続けた。
ここは艦橋最上部にある対空監視所である。ガラスで囲まれた指令室のさらに上、建物で言えば屋上にあたる場所で、赤城では一番高い場所にある。
鉄の柵が周囲に設置され、そのモノトーンの色彩が、狭い鉄の牢屋にも似ている。ここはいつもは見張りが立っているが、いまはさがらせたので他に誰もいない。月が雲間に隠れ、視界には遠くまで闇がひろがっていた。
「殺しあいってのは悲惨なもんだよな……」
「さきほどの航空戦ですか?」
「……被害はどのくらいあった?」
「敵戦闘機は約二十機、攻撃は主にこの赤城と飛龍、翔鶴の空母三隻にありました。味方の被害は甲板上の戦闘機が被弾し六機破壊され、甲板にも損傷があります。水雷での被害は飛龍を守って駆逐艦『秋雲』がやられました。爆撃での被害はなし。狙いがつけにくい夜間が幸いしたみたいですね。あとは航空戦でゼロが一機……」
「駆逐艦がやられたのか……兵士の被害は?」
「全部で二十六名……駆逐艦の乗組員が大半です。できるだけ救出はしましたが……」
おれは空を仰いだ。ぶ厚い雲がゆっくりと流れていた。
「あのゼロ戦には志垣って兵士が乗ってたんだ。おれ、そいつとは直前に食堂でしゃべったんだよね」
草鹿はおれにちかづき、不思議そうにようすをうかがっている。この時代の鍛え抜かれた軍人からすれば、おれの、はじめての実戦でショックを受けている姿は理解できないようだった。
もちろん、記憶としては南雲忠一本人のものがあり、相応の経験値もある。でも現代人のおれ――霧島健人の方は未経験の素人なんだ。なにより、ついさっきまで笑って話していた若い兵士の衝撃的な最後が、目に焼きついて離れない。
(あの直前まで、志垣機にはなんの損傷もなかった。つまり彼は、自機を激突させて、艦橋に突入しようとした敵機からおれたちを守ったんだ)。
「長官、大丈夫ですか?」
「草鹿……すまん」
「なにがですか?」
「おれはさあ、おまえらの上に立つような、偉い人間じゃないんだ」
「や、やだなあ……なにを言ってるんです。長官はみんなに尊敬されてますよ。もちろん、ぼくだって……」
「おれは弱い人間なんだよ」
「長官くらい偉い方に言われると、逆に一周まわってたいそう立派なご発言に思えます」
「へんななぐさめ方だな」
おれはふっと笑った。
「国は違うけど、同じ人間どうし。相手はゾンビでも宇宙人でもない。その人間どうしが機械使って殺しあうってのは、おそろしい話だよな。それがようやくわかったよ」
「はい……終わらせられるのは、長官のような方だけです」
「……」
雲間から月が顔をのぞかせた。見渡す限りの海原にきれいな白波が立っている。少し風も出てきたようだ。
「ああ、なんとしても、早く終わらせないとな」
午前四時。初実戦のショックから、なんとか立ちなおったおれは、あらためて作戦を練り直し、それを伝えるため、艦橋に集まるよう参謀たちに招集をかけることにした。
みんな、割としょんぼり入室してくる。やっぱりみんなも攻撃されたのがショックだったんだな。一番弱ってるおれがいうのもなんだけど……これはマズイ。
おれはさっき草鹿と話したことを思い出し、なんとか自分に気合を入れた。草鹿の言う通りだ。この戦いを終わらせられるのは、たしかにおれだけなんだ。
もしもこのまま戦争が続けば、日本はミッドウェーで大損害を被り、南太平洋ではなんとか挽回するものの、その後は一直線に物量差がものをいい、悲惨な末路となる。
南太平洋戦争で両国とも一時的に空母がゼロになったあとの一九四三年の一年間で、たった一隻しか空母を新造できなかった日本に対し、アメリカは一年間に十三隻もの空母を就航、さらにレーダー、近接信管、原子爆弾と、戦局を左右する強力な新兵器を次々に投入する。
資源、エネルギー、場所、人、ようするに工業力の差が歴然とし、その結果、日本はぼろぼろになって負けてしまうのだった。
おれがなんとかしなきゃならない。落ちこんでるヒマなんかないんだ。
おれは大股で艦橋に入り、勢いよくみんなの前に立つ。
「さっきの攻撃は空母エンタープライズからのものに違いない。犠牲者を追悼したいが反撃が先だ。今は予定通り、敵空母の攻撃に集中しよう!いいな!」
「わかりました!」
「異議ありません!」
みんなが背筋を伸ばす。
「で、問題はエンタープライズがどこにいるかだが……」
みんなは固唾をのんでおれに注目している。
やっぱ、こういう思考停止におちいる逆境や緊急の時こそ、リーダーはがんばらないといけないんだなあ。
腹にぐっと力をいれる。
「前にも言ったように、真珠湾第一攻撃をおこなったとき、敵空母エンタープライズはミッドウェーもしくはウェーク島に航空機を移動させた帰りだったと思われる。だとすると、島から見て南西方面のどこかにいて、今日の夕方には真珠湾近辺まで帰着していたはずなんだ。さて、今はどこにいるだろうか?」
みんなを見回す。誰もが真剣に遠く島のむこうの空母を思い浮かべていた。
「燃料はもうないはずじゃのう」
大石がつぶやくように言う。
「そうなんだ。燃料がないとなれば、いずれは真珠湾にもどるしかない。おそらく、真珠湾の南西方向五十海里四方のどこかにいるのではないか、と思う」
オアフ島の地図を計器机にひろげる。
島の南端が複雑に湾の形にへこんでいて、そこが真珠湾だ。おれはそこを右上の角とした、大きな四角形を地図に描いた。
「この四角の一辺が五十海里。一海里は千八百五十二メートルだから、約百キロ四方だよな。オアフが縦横六十キロくらいなんだから、これはけして狭い領域じゃない」
四角く描いた中を、さらに縦三、横三の九等分にする。
「偵察隊を九隊にわけ、それぞれが三十キロ四方を索敵するには艦上偵察機が十往復しなければならず、そのために要する時間はえ~と、約一時間半だ」
「え? 索敵は艦隊を中心に一機が扇状二十三度づつが常識でっせ。」
源田がぎょっとしたようにおれを見つめた。
「それに、いまは月が出てまっけど、雲がかかったら下は真っ黒で見えまへんやろ」
「扇状索敵じゃ間に合わないんだ。定速飛行と時間から自機の位置を把握できないか?」
「そ、そら、やってやれないことはありまへんけど……」
源田は不安そうに首をかしげている。
おれには史実から敵空母艦隊の位置がある程度わかっていた。この場所を索敵するには、普通のやり方じゃ無駄が多すぎるし、時間もない。
「やってくれ。それに、夜ももうすぐ明けるさ。発進は0500にしよう。ただし安全のために甲板に松明を焚いてやれ。明るくしても大丈夫だ。もう敵は来ない」
「自分ももう来ないと思います」
草鹿が言った。おれはためいきをつきながら、
「空母六隻のわが航空部隊連合に対して、飛行機をおろしたばかりの空母一隻では、あれが精いっぱいだよな。いや、むしろ敵ながらよくやったと思うよ」
と、つぶやくように言った。
「敵にも意地があったってことですね」
「そうだよ草鹿、だから油断は禁物ってことだよな」
自分に言い聞かせるように言った。
「ところで現在、わが機動艦隊は敵の電探をさけるため、位置をオアフの北部から北東へと変えている。この距離だと真珠湾には飛行機で三十分かかる。だから索敵に一時間半かかるなら、終了時間は二時間後の0700」
「そこまでやっても見つからなければ、作戦は練り直しになる。もし敵が見つかれば、すぐに攻撃にうつる。出撃は徹甲爆撃機八機、水雷十五機、ゼロ戦三十機だ」
おれの脳裏に、夕べのゼロ戦のあざやかな戦いぶりがよみがえる。圧倒的な能力と技術の差だった。あれを見れば、敵はしばらくゼロとのまともな戦いには応じない気がするほどだった。
同時に志垣の衝撃的な死も浮かぶ。考えてはいけない、弔いの時まで記憶から外せ、と無理やり切りかえた。
「いいか。ゼロが先に出て、敵空母のまわりを旋回させろ。敵の戦闘機をおびき出して叩くんだ。それから水雷と徹甲爆撃機だ」
「わかりました!」
「それから不知火って駆逐艦あったよな」
「十八駆逐隊におりますね」
草鹿が答える。
「かっこいい名前だから憶えてたんだ。それに上陸用の戦闘員百名を積んで出撃させてくれ。ただし目的は敵基地の攻撃にあらず。いいか。ひそかに、静かに、オパナの移動式レーダーを奪取するのみだ」
「諒解!」
あらかじめ説明してあったので、準備は整えているはずだ。
指示を終え、指令室を出ようとするおれに、草鹿が耳打ちした。
「長官、ひとつお耳に入れたいことが。実は……敵の捕虜を捕まえました」
「え?」
「今回襲撃の敵の戦闘機に乗っていた乗員のようです。それが……」
「どうした?」
草鹿のようすがおかしい。なにか言いよどんでいる。
「それが……なんというか……女の子なんです」
「なんだと……?」




