ソロモンの謎
●18 ソロモンの謎
そのころ、とある海域……。
小さな哨戒艇が洋上で停止し、緑に覆われた島のようすを窺っていた。
乗船しているのは大日本帝国海軍の若い水兵が二名である。半ズボンにランニング姿で、強い日差しを避けるため帽子だけはしっかりと被っている。
彼らの目的はその島の要塞化がどれだけ進んでいるかと、これにともなう敵の航空機や軍艦の出入りを調べることだ。だから、あまり近づくことはせず、その方法は遠くから双眼鏡で覗くのみ。それでもその島は比較的大きかったから、港や波止場の様子はよく見えたし、前回の調査、すなわち二週間前とは、ほとんどなにも変化がなかった。
「おーい、今日も、なんもねえぞお」
一人の男がそう声をあげると、中からもう一人が顔を出し、少しばかり上等な望遠鏡で同じ島を眺める。揺れる小さな哨戒艇では、普段はあまり役に立たない倍率が十二倍もある代物だ。
「んだね―。帰ろっか」
そういって目に当てた筒を外そうとしたとき、遠くになにかが見えた。
「……いや、待ってくろ」
目を凝らす。
「どうした?」
「ああっ!」
島のかなた、空と海の境界のあたりで、ゆっくりと進む大船団の黒い影が見えた。
「ふ、ふ、船だ!」
「ど、どこだ?」
もうひとりも双眼鏡を目に当てる。
ブ―――――ン!
プロペラ音がした。
驚いて見あげた二人に、アメリカのものだろう。戦闘機が一機、こちらめがけて飛んでくるのが見えたかと思うと、すぐに機銃掃射をかけてきた。
ダダダダダダダダダダ!
バスバスバス!
「うわっ!す、すぐ報告を!」
「わかった」
一人が慌てて船内に入る。
敵機は通りすぎ、旋回してふたたび降下すると、ただ浮かんでいるだけの哨戒艇を狙ってくる。
ブ―――――――――ン
ダダダダダダダダダダダダダ!
バスバスバスバス!
「ぐああああっ!」
戦闘機は、海上をなんども往復する。
そのたに浴びせられる機銃によって、哨戒艇は炎上し、黒い煙を上げ始めた……。
ひりつくような時間が過ぎていく……。
この武蔵に搭載された強力な艦載電探には、いまのところなんの反応もない。ただし、レーダーの探知距離は新型でもせいぜい百キロだから、敵との距離が千キロにもおよぶ今回は、あまりあてに出来ない。
「源田、現在の哨戒機は?」
「全部で八機でんな。ジョンストン方面に扇状索敵を繰り返しとります」
「わかった」
今はおれと草鹿、大石、源田、雀部、坂上の六人だけがこの狭い武蔵の艦橋にいて、指揮を採っていた。あとの参謀たちは通信室とその横の控え室で、各戦隊との連絡を密に行っているはずだ。
「まだ、このまま進みますか?」
「もちろんだ。少しは落ちつけ草鹿」
そう言ったおれが、艦橋内をウロウロとしてしまう。
こういう場合、昔の司令官はイスに座ったりしてどっしり構えたらしいけど、心配性のおれには無理なんだよね。あちこちに移動しては、大和型戦艦の特徴である、高い艦橋からなんとか周囲を見ようとする。
それにしても、ここは天井が低いなあ。
おまけにアーチ型の鉄骨材が天井を何本も支えているので、その分狭くなってより低く感じる。
計器もたくさん自立してるし、真鍮製の伝声管が何十本も床から突き出てて、動くとすぐに足をぶつける。おまけに四角い窓は、たしかに周囲をぐるりと見渡せるんだけど、微妙に低い位置にあって、見通しが良いとは言えない。
落ち着かないまま、腕時計を見る。
朝の十時だ。もし、このままなにもなければ、丸一日ほどで、調査対象の海域に到着するな……。
今回の海洋調査については、大本営が国際社会への宣言という体で、五日前に各国大使館、ならびに国内を含む新聞とラジオのマスコミ各社に電報を送っていた。つまり、これはまちがいなく世界中が注目している事件なのだ。
五日という時間をおいたのは、真珠湾にいるだろう敵の艦隊が、このジョンストン島にやってくるだけの時間を与えるためだ。それだけあれば、ほぼ主力の全艦隊を投入できるはずだし、微妙に間に合わない空母や巡洋艦があっても、それはあとで各個撃破すればいい。
「それにしても静かですね。やつら、本当に来ますかね?」
草鹿が不安そうにつぶやくと、
「ふん、あれだけ言っておいて、来ないわけがないわい」
大石がそう吐き捨てた。
彼がそう言うのも、もっともだった。
黙殺するか、それとも皮肉かあてこすりくらいの大方の予想に反し、ちょうど二十四時間たった四日前、大日本帝国と同じルートで、各国大使館とマスコミに向け発せられたアメリカの正式な回答は、次のようなものだった。
『日本はこれまでも他国の領土に土足で踏み込み、市民を殺害してきた。これほどの挑発と偽善を、アメリカ合衆国とアメリカ国民、そして国際社会は決して許さないであろう』
おれはそれを聞いて、ちょっと首をかしげたものだ。
なぜって、怒るのは当たり前だけど、それがあまりにおれたちの意図に丸乗りしたものだったからだ。偽善も挑発もその通り。でも、あの、陰謀術策に長けたイギリスが後ろ盾でいるアメリカにしては、なんだか素直な反応すぎないか?
というわけで、おれはちょっぴり保険を打っておくことにしたんだよね……。
「ウェーク島の守備隊からはどう?連絡ないか」
「ないですね。いたって平和だそうですよ」
小野通信参謀が無表情で答えた。
「うーむ……」
おれが遊園地の展望台みたいにスタンド式に設置された双眼鏡から、必死で遠方を見ようと四苦八苦していると、小野がなにか連絡を受けて小走りにやってきた。
「長官、入電が……」
「ん、どした?」
「はい……」
小野がメモを読み上げる。
「ナウル島付近で偵察中の哨戒艇から、ワレ、ナウル島北方面ニ大型船団を見ユ。との報告が入りました……」
「ナウル島ってどこだ?」
草鹿が顔を出す。
「南洋です。ソロモン諸島のまだ北北東五百マイルにあります。もともとは占領する予定でしたが、ラバウルを前線とする方針になってとりやめた島です。ただ監視の必要があるので、ラバウルやトラックからはソロモン諸島の哨戒をつねに行ってるんです」
「ソロモン……?」
ずいぶん遠い話だな。
しかし、大型艦船とは気になる。
「電文はそれだけか?」
「はい、報告途中で電文がとぎれたらしく……」
「では船は?」
「行方不明です」
「……おい、海図を出せ!」
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