とつぜん最新鋭
●16 とつぜん最新鋭
昭和十七年五月一日、大日本帝国陸軍は、イギリスとの停戦を受け、ビルマ(現ミャンマー)の東部マンダレーで進軍を停止、西海岸マキャブのイギリス軍と睨みあう格好になった。
また、同様にインド洋での対英戦もなくなり、そのためディエゴ・ガルシア島にいた第一航空艦隊主力部隊は、ひそかに出航し、トラック泊地へと入港を果たした。
一方、オーストラリア戦線では、ラバウルを前線として基地の強化のみに務めたため、史実にあるMO作戦は開始されなかった。ポートモレスビーやソロモン諸島にも攻撃はせず、結果、珊瑚海海戦はおこらなかった。
アメリカはというと、硫黄島襲撃以降、このところの動きはなかった。おれたちの流した偽のミッドウェー情報が功を奏し、ハワイからミッドウェーの対空要塞化に邁進しつつも、日本から千島、樺太、アリューシャン列島の北部ラインを警戒して、真珠湾から離れられないのだと予想した。
つまり、はからずも太平洋の日付変更線あたりを境にして、かたや、アメリカ合衆国はミッドウェーとハワイ、こちら大日本帝国はウェークとトラックという、互いの前線基地で膠着する理想の形となったのである。
多数の艦攻機がウェーク島沖の海上を飛びかっている。
おれは波に揺れる空母翔鶴の甲板にいた。
演習の仮想敵として輪形陣の中心にいる翔鶴からは、こちらを狙って飛来する九七艦攻隊が、まるで敵機のように思えた。
「なんか、アメリカになった気分だな……」
笑いながら、草鹿に話しかける。
「あいつらが敵なら、逃げ出したくなりますよ」
「違いない。あの動き、凄いもんな」
彼らの連携飛行は、おれが出かける前とはかなり違っていた。
輪形陣を模した翔鶴艦隊にめがけて艦攻が複数機、ほぼ同時に上空を占位し、いったんそれぞれの駆逐艦雷撃にそなえて水平飛行に移るのだが、なんと水雷投下動作の直前、こちらの艦隊の進行方向とは逆回りに移動して、隣の駆逐艦を狙うのだ。まるでアクロバットを見ているようだった。
「どうしてああなった?」
「おーい、淵田」
草鹿が甲板上に持ち出した机と無線機で、攻撃隊長とやりとりしている淵田航空参謀を呼んだ。風に吹かれて、淵田の腰の手ぬぐいが、バサバサとはためいている。
「なんですか?」
淵田がいったん指導を部下に任せ、おれたちの傍にやってきた。
「なぜ雷撃の直前に隣りに狙いを変更するのか、という中将のご質問だ」
「はい。攻撃を躱してたらああなったんですわ」
「というと?」
「えーと、では、あれへ」
淵田は艦橋の壁に貼りつけた黒板に向かった。
チョークで簡単に図を描いてみせる。
まず輪形陣をあらわす円を描き、円周のところどころに駆逐艦を三角でマークする。そこへ外から攻撃機の動きを線で表現した。
「この場合、輪形陣をとる敵艦隊は常に全速前進しているので、駆逐艦の向こうに空母を射線に捉えようとすると、どうしても一瞬方向を修正せんといかんわけです。ところが、その動作は駆逐艦の真正面でふらふらする動きになって、駆逐艦から撃たれやすいんですわ。で、それならと……」
しゅーっと、飛行機の動きをあらわす矢印を横にすべらせる。
「こんな感じで、進行方向とは逆回りに隣りへ移動すれば、狙いにくくなって、しかもやってみたら駆逐艦と駆逐艦の間隔が空母を視認するにもよかったんですな」
「でも、隣がいない場合だってあるだろ?そのときは?」
「その場合は空母を狙います」
そう言って、輪形陣の中心を叩いた。
「あ、なるほど」
おれは合点がいった。それにしても、こんなアクロバティックな動きをやれるなんて、大したもんだ。
「どっちにしても雷撃は一発勝負ですわ。二発は抱きまへん。せやから、あの動きに敵は惑わされるでしょうな」
「やるねえ」
おれは淵田の頭を撫でてやりたい気分だった。
「ところで、急降下爆撃のほうはどうだ。高空から急降下に移る瞬間、山なりに機首を下げるときに高角砲に狙われる件だけど……」
「ああ、宙返りで躱すことにしました」
「はい?」
おれは耳を疑った。
「いや、だって爆弾つんでるんだぞ?二百五十か?」
「艦爆はそうですけど……」
「なら九七艦攻は?」
「八百キロ徹甲爆弾ですな」
……マジか。
そんな重い爆弾を抱えて、宙返りしたら失速する気がするぞ。
「そんなことできるのかよ」
「それを含めて練習してるんですわ」
「おまえ、鬼だな……」
淵田はにっこりと笑った。
「長官ご教導のたまものですな」
横で草鹿がクスクスと笑っていた。
艦橋に帰って、草鹿、そして山口をまじえ、参謀たちと戦略を練る。
すでに夕方をすぎ、兵士たちはそれぞれの母艦に引き上げている。おれたちは帰港する順番待ちの間、時間を有効に使おうとしていた。夕食は当然、陸の上でやるつもりだ。
「さて、これからどうやって、やつらをおびき出すかだが」
「そうですな」
と、山口多聞。
「おめおめ待ってるとまた空母が増えないとも限らん。それにラバウルも心配ですぞ。実はあそこから攻められるとボロが出る」
「自分も山口さんに賛成です」
と、草鹿。
「たしかに主力艦隊はトラック泊地にいますから、大きな航空戦力がありますが、もしもアメリカの主力艦隊が南から攻めてきたら、こちらの動きにくさもあって実は困りますね」
「まあね……」
おれはうなずいた。
「実は、イギリスとの停戦がものすごくありがたいんだよね」
「ほう?」
淵田が不思議そうな顔をしている。
「考えても見てくれ。アメリカ領のフィリピンは風前の灯だ。そのうえイギリスと停戦になったから、日本はまったく西を気にしなくていいことになった。……おかげで、新型艦攻の天山と、疾風の合計三十機を、本来は本土防衛に必要な第四航空戦隊に、持って来てもらえることになった」
「なんですと?いま、四航戦と言いました?」
「そうだよ」
一瞬きょとんとした淵田が、ぷっと吹き出した。
「そりゃあよろしいな。小型空母の龍驤や、九六式戦闘機しか持ってなかった祥鳳は、がぜん最新鋭の航空戦隊になったわけでんな」
みんながおかしそうに笑う。
「話をもどすぞ。敵をどうおびき出すか、だ」
おれは海図をポケットから取り出し、机にひろげた。
いつもお読みいただきありがとうございます。ようやく太平洋に帰ってきました。いよいよ一大海戦のはじまりです。 ブクマ推奨 ご感想、ご指摘をよろしくお願いします。




