氏ねハゲ
●12 氏ねハゲ
嶋田海軍大臣の部屋では、例の三人が待っていた。
「失礼します」
「おお!」
「大変だったね」
「体は大丈夫か?」
嶋田、永野、山本の三氏が応接セットから立ち上がっておれを迎えてくれる。
「すみません、こんな遅くまで待たせて」
「まま、坐りたまえ」
一礼すると、空いているソファに腰を降ろす。
テーブルに茶が置かれたのを見て、山本長官が口を開いた。
「それにしても、離島の警戒網を見直さないといかんな。トラックといい、ここのところ穴を突かれることが多い」
「捕虜の聞き取りが終わったら、警備強化の提言を出しますよ……それより、おれを呼び戻したのはなぜですか? ミッドウェーの陽動に関してですか?」
「う、うん、それもあるが……」
「南雲くん、聞いてくれるかね?」
永野総長がやさし気な声を出す。この人、こういう時って狸なんだよなあ……。
「……と、いうわけで、君にはそろそろ大将への道を歩んでほしいんだ。後進の育成も大事だし、いつまでも現場じゃ危険すぎる。ホラ、原子爆弾にしても、片手間でやれるもんじゃないと思うがね」
しばらく、おれは黙って彼らの話をきいていた。彼ら自身もまだ結論には達していないらしく、ところどころ話し合いながら結論を出している。その内容を要約すると、こういうことらしい。
1.ミッドウェーの陽動は問題ない。てか、もうやっている
2.山本さんは本当にミッドウェーをやってしまいたい
3.今度の海戦が終わったら、南雲は地上勤務に就け
4.ミッドウェーを攻略するなら他の司令官をあてる
5.原爆は陸軍と共同開発しろ
「あのう、陸軍と共同ってのがよくわかんないんですが……」
「それはだね……」
永野総長があいかわらずの優しい口調で言う。
「このままだと原子爆弾の開発が大本営、ひいては陸軍の管理下におかれそうなんだよ。発案者の君が加わるのは当然の話だし、そうなれば、海軍も蚊帳の外にならずに済むだろう」
「あ―――」
想像してた以上に、なんだか、つまんない話だ。
おれとしちゃ、原子爆弾がどっちの手柄になっても別に気にしないし、結果的にアメリカと講和して日本が三国同盟を破棄してくれたら、それでジョシーとの約束も果たせる。
ただ、ジョシーはいまごろアメリカ国内で活動をしているはずで、その効果を最大限にするためにも、約束の核実験の期日、すなわち今年の九月十一日と、その場所、ビキニ環礁でやることだけは守りたいよな。
「じゃあこうしましょうか。まずは敵空母艦隊との決戦をやります。これを成功理に導かないと、講和に響く。それからならいったん船を降りてもいい。ただし、ミッドウェー占領には反対です」
「な、なぜだ?!ミッドウェーをやれればハワイにも手が届くんだぞ」
山本氏が目を剥いた。
「山もっつぁん、後詰めがないからですよ」
「後詰め?」
「前線てのは国境の城みたいなもんです。常に攻められる運命にあるけど、背後の補給地点である城があるからやれるんです。つまり、後詰め」
「……」
「相手にはハワイがあるから補給は万全、対してこちらはミッドウェーを占領しても武器も人員も海上輸送だし、後詰めがない。日本はしょせん本土からしか補給できないんですよ?」
「それは艦隊が護衛して補給船でだな」
「南洋海域の資源船にすら、敵の通商破壊があるって聞いてますよ?」
「ぐぬぬ……」
「つまり、ミッドウェーを前線にできないんです。前線はそこで膠着状態を作るのが戦略的な勝利であって、どこまでも占領していこうとすると、兵站が伸び切って基地や兵士を飢えさせることになる。ラバウルは今も毎日のように出動して敵襲と戦っていますが、それはトラックがあるから、やれるんです」
「しかし、ハワイがある限り、太平洋はわが手には入らん」
「むしろ太平洋があるから、日本は護られているのです。これがアメリカと地続きだったら、どうしますか?二十倍もの工業力と資源、人間、土地。いまごろ本土は焼け野原ですよ?」
「なんてこと言うんだ!!」
「原子爆弾と富嶽、それがあればミッドウェーなんていりません」
ああ、普段わりとうまくやっているつもりなのに、なんだか今日のおれには険がある。やっぱ疲れてんのかな……。
「まあまあ」
永野総長が助け舟を出してくれた。
「そこまでにしようじゃないか。南雲君は負傷もしているし、疲れてもいる。たしかにミッドウェーをやるには、時期尚早という意見もある。どうだろう、山本くんも、一度よく考えては」
「……わかりました。君はいつ帰るんだ?」
山本長官が少し表情を和らげたので、おれも笑顔になった。
「明後日にしようと思っています。明日いっぱいは色々と見てまわり……」
急に廊下の方が騒がしくなった。
「ちょ、ちょ……」
「入れて……く……れんか」
「いえ……ですが……」
おれたちは顔を見合わせる。
部屋の隅で執務していた若手の副官が立ち上がる。
「見てまいりましょう」
ドアに近づき、そっと隙間を開けると同時に、ハゲた軍人が入室してきた。
「あんたに話があるとよー」
え?……だれ?
なんとなく茫洋として、太った人物が入室してきた。身長は百七十センチそこそこ、永野さんに体形などは似ているが、それよりもさらに頼りなさそうな顔をしてる。あ、こいつとは以前あったことがあるぞ、そうだ、御前会議だ!
「杉山さん、どうしたんです?」
永野総長が言うのを聞いて、思いだした。
そうそう、この人は陸軍参謀長の杉山元だ。
歳は南雲ッちよりはかなり上っぽいから、頭は下げておこう。
「おひさしぶりです。話……って、なんですか?」
海軍の三人も、あからさまにイヤな顔をしているな。
なにか、予兆でもあったに違いない。
「南雲は海軍の人間ですぞ。話があるなら、こっちにしてもらわんと困る!」
睨みつける嶋田にまあまあみたいに言いながら、副官が持ってくるイスに座ろうとする。おれが自分のソファを勧めると、そっちにすわってしまったので、おれは仕方なくその安物の椅子に腰を掛けた。
「いやいや、こげん遅か時間に申し訳なかばってん。おまはんらにも聞いてほしかよ」
「……」
「おれはいいですよ」
三人の顔色を見る。仕方ないな、という顔をしている。
「うん、君ん言う原子爆弾じゃが、ありゃつまらん。なしてなら日本ちゅう国ばだめにする。うちゃ賛成できん」
おいおいおいおいおい!
誰かこのハゲつまみ出せ!
いつもお読みいただきありがとうございます。なんか濃そうなキャラですが、敵か味方か。それにしてもひどいサブタイですみません。ブックマーク推奨、ご感想も、あなたのひとことで、元気倍増です。




