やったらやり返された!?
●14 やったらやり返された!
当番が持って来てくれた晩飯は、カツ丼だった。
たぶん炊事係が縁起を担いだか、今日一日の成果をたたえてるんだろう。
そういや、カツ丼は、大正時代からある人気の高級洋食だっけ。クイズ番組で見た気がする。
おれとしちゃ、せっかく海軍にいるんだから、かの有名な海軍カレーが喰いたいところだけど、まさかおれのためだけに作らせるわけにもいかないし、我慢するしかない。
……てかさ、一人で飯を喰ってもうまくないよな。
仕方ないので、とりあえず食べるものは食べてから、みんなが集まる食堂に行ってみることにする。
そこは、戦勝気分に沸き立った将兵たちでごった返していた。
古い木の長椅子だったり、天井が低かったりと、お世辞にもキレイとは言えない場所だけど、それでも若い兵士たちの活気に満ち、ほっとする温かみがあった。
軍服をはだけ、くだらない冗談を大声で言いあっている彼らは、まるでテンションの高い大学のサークルみたいに見えた。
命をかけた戦いの後ってのは、こんなふうになるもんなのかもしれないね……。
「司令官、お疲れさまです!」
見ると、今日の英雄のひとり、板谷飛行士がいた。食事を終え、空の膳を置いて茶を飲んでいる。おれの姿を見て立ち上がり、敬礼をする。
「いいよいいよそのままで。今日は大活躍だったよな」
板谷はぱっと屈託のない笑顔になった。
「いえ、それほどでも。作戦本部の指示通りに動いただけですよ」
おれは笑って、空いているイスに腰をおろした。
きのうは未明の出発命令が気に入らないと話していた彼だが、今ではすっかり、真珠湾攻撃の成功に気をよくしているみたい。
「タンカーの件でも助かったよ、ありがとう。ところで、君はオアフのどこを攻めたんだっけ?」
「第一次攻撃隊の真珠湾制空でした」
「制空……そうか、敵の反撃はどうだった」
「敵機が二十機ほど迎撃にあがりましたが、すぐ墜としました」
「マジか。そりゃすごいな」
素直に感心した。
「自分は飛行機が自分の身体の一部みたいなもんで、飛んでるほうが楽なくらいです」
「あの操縦の難しいゼロ戦が身体の一部てかい?」
「はい。飛んでるときは飛行機の先がひたいに、羽の先が両手の中指の先に、ぴりぴりと感じます」
極度に練度の高まった飛行士は、こうなるもんか。
おれはその超能力みたいな感覚を、ちょっとうらやましく感じた。
となりにいた童顔の飛行兵士が口をはさんでくる。
「敵の高度砲はけっこう正確でありました。榴弾に穴をあけられた機体も多かったんですよ」
その兵士はいがぐり頭だが、よく見ると都会的な顔だちをしていて、いいところのお坊ちゃん、て感じだ。みんながくつろぐなか、その兵士だけはきちっとした飛行服を身に着けている。
「君は?」
「はっ!志垣上等兵であります。ゼロに乗っております」
志垣はおれに最敬礼をする。
食堂にいる兵士たちが、その声に驚いていっせいにこちらを見る。けっこう薄暗いから、おれがわからなかった兵士も多いみたいだ。
「よせってば、無礼講でいいんだよ」
おれは思わず小声になって言う。
「司令官どの、こいつ、国は福島で、裕福な農家の三男坊なんですが、ゼロで故郷に凱旋しやがったんです」
「凱旋?」
「わ、ばか!言うな!」
「くるしゅうない、言いなさい」
「こいつ、ゼロに乗るときいつも羽に太郎の太って書いてやがるんで。それで勝手に飛行ルートはずれて、自分の実家の上を飛んだんですよ」
「それは大胆だな」
「……重営倉くらいました」
全員で大笑いする。
「す、すみません。待機当番なんでもう行きます!」
「ああ、敵の攻撃に備えて出撃待機する係か」
「はい!失礼します!」
敬礼して駆け足で出ていく。きっと、待機命令の中、急いで腹ごしらえしに来たんだろう。
「ところで、負傷兵を見舞いたいんだけどさ、どこにいるかな」
「外科軍医の治療を受けて診療室で静養しております」
板谷飛行士がこたえた。
なるほど。この艦でも外科と内科は分かれてるのか……。まあ千六百人もいれば、そうなるよな。
「で、その軍医さんはどこにいんの?」
「は。地下三の外科診療室のはずです」
よし、早速行ってみるか……。
その診療室は機関区域の手前にあった。
中をのぞくと、丸い眼鏡をかけ、ヒゲを生やした男が、カルテっぽいなにかを見ながら煙草をうまそうにくゆらせている。
「あ、これは南雲司令長官!」
おれを見て、慌てて煙草を消し、立ち上がろうとする。
「いや、そのままそのまま。むしろ急に来てごめんなさい」
おれは部屋の隅にあったイスを自分の前に引き寄せる。その男と向かいあうように腰をかけた。
「これはまずいところを見られましたな」
「え、なんで?べつにまずくはないっしょ」
「めんもくない……兵隊たちの治療が終わって、いまひといき入れさせてもらっておりました」
「あー、今日は軍医さんも、大変だったよね」
「いえいえ。命がけで戦った兵士たちに比べたらなんでもありません。……この十二月から軍医拝命し赤城に乗っとります田垣と申します」
田垣となのった男は軽く頭を下げ、おれに柔和な笑顔を向けた。してみると、南雲ッちが彼とまともに話すのはこれが最初らしい。おれの記憶をたどっても、この先生と話した映像は出てこなかった。
「ケガ人はこれからもいっぱい出そうだし、田垣先生、よろしくね」
「これからも?……今日の攻撃は大成功と伺っておりますが……」
「いや、まあそうだけど……まだ攻撃は続くからさ」
そういって、おれはちょっとだけ真剣な顔になる。田垣もはっとしたようで、
「これは……出すぎたことを申しました。こちらこそよろしくお願いいたします」
と、頭を下げた。
田垣先生、なんとなくいい人っぽいな。軍人や軍医には見えないくらいだ。
「ところでセンセ、軍の任務ははじめて?」
「あ、いえ」
頭を掻いてる。
「実は……前にも満州で従軍しとりましたが、師団長との折り合いが悪く、一年ほどで内地に返されましてな……」
おいおい、けっこうあぶないこと、さらっと言うんだなこの人。
それと、さすがは軍医さんか。南雲っちのおれを見ても、それほどびびってない。
「ところで長官、どこか具合でも?」
「いや、その、今日の兵士たちの負傷がちょっと気にかかってさ……。ケガ人、多かった?」
田垣はおれの目をみつめた。
「負傷者は全部で四十名ほどでしたかな。残念ながら助からんものもおりましたが、やれることはやって、今は安静にさせております。それにしても……近ごろの若い兵士は命を粗末にしすぎる」
「へえ。やっぱ、そう思いますか」
「ええ。どうも死ぬ覚悟がすぎる若い兵士は、自分から危ない橋を渡ってしまうきらいがある気がしてなりませんな。飛行兵士の話を訊くと、今朝などは全員が落下傘をつけずに搭乗したそうで……」
田垣氏、なかなかおしゃべりのようだ。おれもうなずく。
「だよね。実際、ものすごい訓練して、練度のあがった兵隊の命を、そんなに安っぽく考えられちゃ困る。死ぬ覚悟もほどほどにしろというか、そんな覚悟しなくてもいいような、勝つ戦いをしたいですよ」
「おお!これはおそれ入りました」
田垣は丸い頬をなでながら、眼鏡の奥で目を細めた。
「センセイ!そろそろお食事お持ちしましょうか…あら?」
とつぜん、黄色い声が響く。
振り返ると、そこには看護婦姿の女性がひとり。この時代の女性にしては背が高く、ちょっとぽっちゃりしている。
「あ!こ、これは司令官!たいへん失礼しましたわ!」
びっくりした! 赤城にも看護婦さんが乗ってたんだ。
「お、お話中、すみませんでしたわ!」
へえ、やっぱ男所帯に女性がいると、華になるもんだね。急に医務室が明るくなった感じがするよ。
「あ、いや、ぜんぜん気にしなくていいよ。……看護婦さん、君の名前は?」
「は、はい……比奈かずこと申します」
白衣はちょっと古いデザインだし、スカート丈もうんと長いけど、戦争のさなかの空母で見かければ、刺激的な感じがする。スタイルだって豊満といえなくもない。
「司令官は負傷兵のようすを訊きに来られたのだよ」
「まあ……なんてお優しい」
褒められて、おれはちょっと赤くなった。優しいなんて、言われたのははじめてだ。
「男ばかりの空母で、看護婦さんなんて大変だよね」
「いいえ、ちっとも大変じゃありませんわ。男の方は命をかけておられるんですもの。わたくしだって、いえ、わたくは女だからこそできることで、お国のために役立ちたいのですわ」
たてまえではあるけれど、この時代の正義を真剣に生きる女性に、ちょっと感動してしまう。
「比奈さん……だっけ?君も大変だろうけど、兵士たちのお母さん、いや失礼、お姉さんと思って世話を頼むね」
「は、はい」
その時……。
ダガガガガガガガガガガガガガガ!
天井の方で、雷が連続して発生したような轟音が鳴りひびいた。
(なっ!なんだ?!)
おれは思わず上を見あげる。
ガン!ガン!ガン!
ぐいっと船が傾くのを感じる。操縦士が舵をきったようだ。あきらかな異常事態だった。
「敵機襲来~~~~~~~~っ!!!」
「夜襲!総員配置につけ!」
兵士の声が聞こえる。
「敵だぞおおおお!」
兵士たちが走るあわただしい足音が響き、艦内はたちまち喧噪に包まれた。
(まさか!相手空母からの奇襲がえしか?!)
おれは血の気が引いた。
「おっと、ではまたのちほど」
慌てるとまずい。ここはあえて落ち着いてみせないと。
おれがゆっくり立ち上がると、田垣も察して立ち上がり、机につかまりながら、
「ご武運を」
と、頭を下げた。
おれは挨拶もそこそこに、廊下にでて艦橋へといそぐ。艦が大きくローリングする。
ガガガガガガガガガ!
また機関砲の音が鳴りひびいた。迷路のような艦内を上へと急いで登る。内心はがくがくしながらも、できるだけすました顔で、廊下を歩く。
廊下をまがり、艦橋の司令室に入ると、みんなが軍服のボタンをとめながら空を見上げている。窓の外は暗く、慣れない目ではなにも見えなかった。
草鹿の姿もあったのでおれは、
「敵の数と位置!」
と、短く言った。
「敵機です。数は三十機ほど」
「場所は?」
「上です!」
「なにっ!」
窓に近づいて必死に目を凝らす。轟音が響き、月明かりのなか、飛行機らしき影がキラリと浮かぶ。
(あれが敵機か!)
その飛行機は腹の下に小さいなにかを抱えているように思えた。そいつは上空からけたたましい音を立てて突撃してくる。甲高い風切音が、耳をつんざく。
ヒュ―――――――――ッ!
ドーーーーーーーーーーーーーーーン!
ぐばあああああああ!
すぐ近くの海で爆撃による激しい水柱があがる。おれは思わず肩をすくめ、揺れに備えて机につかまる。
「艦載機発艦準備!」
「雷撃ならもたんぞ。灯火消せ!全速旋回!」
参謀たちがてきぱきと命令をくだしている。おれはどうしていいかわからず、ただ見ているしかない。おろおろしている内心をすかされないように、歯を食いしばっているのが精いっぱいだった。
ドンドンドンドン!
艦橋の窓から、赤城に装備された機関砲が空にむかって撃ち出されるのが見える。敵機のプロペラ音が、近づいては遠ざかるのを繰り返す。
夜の闇の中、複数の敵艦載機があたりを舞っているようだ。爆弾をつかってしまったさっきの爆撃機が、今度は反転してこの艦橋めがけて機銃を乱射してくる。
バリバリバリバリバリ
ガガガガガガガガガ!
バシッ!
艦橋の天井は分厚い鉄の壁だが、一発が壁の薄い部分を突き破って室内を走り、離れた計器の角を飛ばして床を抜いた。
かすかな月灯りの中、はるか遠くから一機の敵雷撃機が水平飛行で近づいてくるのが見えた。腹の下にぶらさげていた黒い魚雷を、ポン、という感じで切り離した。海面に水柱が上がり、機はそのまま大きく上にあがっていく。
「雷撃~~~!」
魚雷が発射されたんだ!
「よけるぞ!面舵」
「左舷機関全速!」
伝令管に水兵が艦長の指令を叫ぶ。
船にぐうっと遠心力がかかって、旋回していく。ぐぎ~っと船体のきしむ音が、重い地響きのように聞こえる。
「よけたか?!」
「来るぞ!衝撃にそなえよ」
思わず身を縮めて床に伏せる。なにかが水中を走り抜けていく気配がする。
(くそっ!きっとエンタープライズの艦載機だ!第三次攻撃をやっているあいだの航空索敵か、オアフのレーダーで発見されたんだ)
頭を下げながらおれは唇を噛んだ。考えてみれば当然だった。こっちの動きはむこうにも見えている。敵にだって意地があり、猛然と夜襲を決断しても不思議じゃあない。
真珠湾の成功に思わず我を忘れた歴史上の人たちのように、おれもまた、油断をして同じ轍を踏んでしまった。まさか月明かりで夜襲とは……。見あげる艦橋の窓からは、黄色い半月が不気味に輝いている。
海上の離れた場所から、上空に向けて放たれる砲弾の軌跡が見える。あれは巡洋艦からの高角砲か。
赤城にまた敵機が襲いかかってくる。艦橋の上を通り過ぎた敵戦闘機が、急速旋回すると、機銃を発射しながら、再びむかってくる。
ダダダダダダダダダ!
ガンガンガン!
甲板から艦橋に着弾して部屋全体に弾着音が鳴り響いた。
「二時の方角に敵機~っ!」
そこには水平飛行でこちらに向かってくる黒い影。やはり胴体に魚雷をぶら下げている。
「雷撃~っ!」
「取舵。機関右舷前進」
落ち着いた声がした。ふりかえると、赤城艦長の長谷川だ。艦橋に根が生えたように立ち、周囲を睥睨している。肝のすわった人物なのだろう。
他の者も気がつけば、落ち着きを取りもどしつつあり、それぞれが持ち分を守っている。
飛んでくる機銃弾をものともせず、状況を把握しようと身をのりだし、報告し、それを受けたものは伝令管に向けて大声を発している。
「迎撃隊が発艦します!」
吉岡航空参謀が叫んだ。
「艦を安定させろ。全速前進!……時間を稼げ!」
おれも歯を食いしばって恐怖に耐えた。がんばれ南雲ッち!
兵士と一緒に艦橋から下を見る。兵士がプロペラ起動ハンドルを回し、エンジンが吹き上がる。
船は横と縦のうねりを複雑にくりかえしている。その暗い中を味方のゼロ戦が発艦しようとしていた。敵からの攻撃をさけるため、あらゆる灯火を一切まとわず、月あかりだけがたよりの、まさに見当発進だった。
「おい、あれで、見えるのか?」
「大丈夫です!」
艦橋内の灯りも今は消されている。おかげで外の様子はぼんやりと見える。
「三時に雷跡~!」
「取舵!」
長谷川の声と同時に船の底から巨大なエンジンのうなり声が聞こえ、ふたたび大きな遠心力がぐうっとかかって旋回していく。その場にいるみんなが、魚雷の命中にそなえてなにかに掴まった。
しゅしゅしゅ……。
不気味なスクリュー音が高速で近づき、船のそばを通過していく気配がした。
「かわしたか!」
「成功です!」
「よし!急いで船を安定させろ!すぐに艦載機が飛ぶぞ」
船がやっとの思いで水平にもどると、待ちかねた零式戦闘機が爆音をあげて発艦していく。
ようやく敵機との空中戦が始まった。
曳光弾の光跡が交差する。他の空母からも何機かのゼロ戦が飛び立ったらしい。
艦からの攻撃は機銃が中心だ。高角砲は同士討ちのおそれがあるんだろう。高角砲の大きな音はいまは鳴りを潜めている。
「おお、墜ちたぞ」
「グラマンだ」
「あの動きは零だな」
参謀たちは闇に包まれる艦橋の窓から、空中戦を見ては感嘆の声をあげている。
ゼロ戦の機動力は圧倒的だった。旋回能力にすぐれ、小回りが利くため、敵に後ろをとられてもひと回りして振りはらい、すぐに好位置を取り返すようだ。夜目が効くにつれ、だんだん敵味方の区別がついてくる。
友軍機は飛行士の練度も高いみたいだ。暗闇をものともせず、曳光弾のわずかな光で敵をとらえ、二十粍機銃でつぎつぎに撃墜していく。
敵の戦闘機が被弾して海中に落ちていくたび、歓声があがった。
「あ!あれは!」
数機の友軍機の中に、羽に大きく「太」と描かれた機体があった。さっき食堂で会った志垣太郎の戦闘機だ。
と、そのとき……。
敵の一機が赤城の艦橋に向けて、ぐいっと機首をまわした。あきらかに異常な行動だ。もしかすると機体か自らに被弾して、やけくその自爆攻撃に出る気かもしれない。
そう思った刹那、そのまま、こちらにすごいスピードで急接近してくる。
「うわっ!」
おれが思わず右手で顔を守ろうとしたとき、横合いからゼロ戦があらわれ、その敵機に激突した。
ドカアアアァァァァァァァン!
一瞬、「太」と描かれた主翼がちぎれるのが目に入る。
「志垣ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
窓にのりだし機体の行方を追うが、バラバラに分解した二機は、あっと言う間に海へと消えて行った。
おれはあまりの衝撃に、呆然とたちつくすのだった……。




