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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第四章 対米死闘編
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政敵登場

●11 政敵登場


 朝になって、袋沢がようやく目をさました。

 窓の光に、うっすらと、瞼を開く。


「よう……目が覚めたか?」

「……な、南雲中将?」


 ここは摺鉢山のふもとにある軍の診療所だ。


 おれたちは風通しの良い大部屋にいた。他の兵士たちと同様に、狭いが清潔なベッドに寝かされている。おれは自分の手当をしてもらったあと、一晩中この診療所にいた。


「おまえのおかげで助かったよ。ありがとう」


 弱々しく笑った袋沢が、ふっと真顔になる。


「おれのオフクロ……」

 目を閉じた。


「……アメリカにこの島の地図を描いて金をもらっていたんです」

「!」


 衝撃の発言に、思わず周りを見る。

「し―――っ」


 他の兵隊に知られたら、大問題になるだろう。


(なるほど、そういうことか……)


 たぶん、彼の亡くなった母親は、生活に困って、はからずもアメリカの諜報協力者になってしまったんだろう。そして米兵は今回もその実績をあてにして訪ねてきたが、あいにく息子しかいなかったというわけだ。


「よし、それはおれが聞いた。で、そのおれが言っておく。このことは、他の誰にも言うな。命令だ」


 袋沢が目を開く。

「……ですが」

「?」

「ズボンのポケットに……」

「どうした?」


 彼は上半身裸で、添え木とさらしでぐるぐる巻きにされていたが、下半身はまだ昨日のままの、ズボンを履いていた。


「ポケットに二千円入っています。やつらがくれたんです。おれが南雲中将の宿舎の場所を教えたから」


 そこまで言って。ほっとしたようにふたたび目を閉じた。


 おれは彼のようすを見つめた。まだ若いってのに、けっこう苦悩したんだろうな……。


「戦争で敵の武器とかを分捕ることがあるだろ? それを鹵獲ろかくって言うんだ。その金はそれと同じだから気にせず使え。なにか言われたらおれの名前を出していい」


「……しかし」


「いいか袋沢、兄弟の面倒をちゃんと見てやれよ。いいな!」


「……すみません」

 閉じた瞳から、涙がこぼれる。


「おれはあとの処理をすませて今日の夕方には島を出発する。たった二十四時間の滞在だったけど、いろいろあって楽しかったよ」


「ご、ご武運を……この戦争を早く終わらせてください」


「無論だ」

「中将」

「ん?」

「黒い火山灰、集めます」

「おう! がんばれよ」

 袋沢はゆっくりとうなずいた。




 硫黄島の千島飛行場では、十機の戦闘機がプロペラを回していた。


 おれは嶋崎機の後部座席でこの小笠原の司令官たちの見送りを受けていた。夜中にびっくりして父島から到着した連中だ。おれの膝の上には、死亡した兵士の遺品と、おれがそれぞれの肉親にむけて書いた手紙があった。今朝から不自由な右手でなんとか書いたものだ。


 みんなが手を振る中、編隊がつぎつぎに離陸していく。おれたちの機は、最後に空を舞った。いまごろはきっと、袋沢も診療所の窓からおれを見送ってくれているだろう。


 傾きかけた太陽が、日の丸の翼を明るく照らしていた。




「南雲が襲われたか……」


 海軍省にある嶋田の私室では、嶋田海軍大臣と軍令部総長の永野、そして山本五十六の三人が、その詳細な報告を受け、まんじりともせず南雲の到着を待っていた。


 小笠原と硫黄島は本土防衛の玄関口である。そこが急襲されたというニュースは、大本営と軍部に激震を走らせた。


 特に衝撃だったのは、敵の狙いが南雲だったことだ。今や南雲は真珠湾攻撃を一片の悔いもなく大成功に終わらせた、第一航空艦隊司令長官というだけでなく、豪州にラバウルという前線を貼りつけ、イギリスとの講和に道を開き、さらに本土空襲を未然に防いだ天才的軍師でもあった。


 今、海軍に南雲がいなくなったとしたら、どれほどの混乱が生じるか、予想がつかない。これは南雲に頼りすぎている海軍の現状を浮き彫りにすることになった。


「お上からも南雲への見舞いが届いたよ」


 嶋田大臣が口を開く。もちろん異例中の異例だ。

 大本営もまた、南雲のいない海軍を畏れているのだ。


「やはり、BI作戦を嘘から出た誠にすべきです」

 山本が持論を展開する。


 もともと、南雲を呼んだのはそのためだった。


「BI作戦の噂を流し、敵をミッドウェーに釘づけにしたあと、敵新型空母艦隊を殲滅、その直後にミッドウェーを本当にやってはどうか、という君の献策だね」


 永野が山本を見る。


「そうです。新たな空母を叩いて、そのままミッドウェーを占領してしまえば、もうアメリカは手も足も出なくなる。そしてわれわれは一年後、ハワイを手にすることになります」


「しかし……艦隊決戦の直後というのが問題だ。海戦をすれば、わが方の艦船も傷を負う。戦争に百対ゼロはありえまい」


「ですから、そこは南洋の第四艦隊か、フィリピンと蘭印をまわっている四航戦と、南雲艦隊の一部を入れ替えるんです」


「それについては、南雲の意見を聞こうとなったではないか」


 彼らも知らず知らずのうちに、南雲を頼りにしている自分に気がつく。正確に言えば、南雲艦隊の艦載機の優秀さと、南雲の機略縦横な軍略に、すっかり慣れてしまっているのだ。


 だが、今回の騒動はそのことにあらためて気づかされた。今回、もしも南雲を失っていたとしたら、いったいわが海軍は井上、あるいは草鹿や阿部や中原で作戦を遂行できるだろうか。


「そういえば……」

 嶋田があごに手をやる。

「陸軍の杉山元すぎやま げん陸軍参謀総長が、南雲を船から降ろすよう東条にせまったらしい」


「なんですと?」

 あとの二人が身を乗り出す。

「どうしてですか?」


「例の原子爆弾だ。あれをやるなら陸軍に扱わせろ。南雲が専横の手を伸ばすなら内地の勤務にして缶詰にすべし、ということらしい」


「ふーむ……」


「たしかに一理はあるね。そもそも原爆にしても、長距離爆撃機の富嶽にしても、海軍の技術研究所や工廠を動かして開発をやらせているのは南雲だが、もしも彼の言う威力が本当で、戦争の終結の切り札になるものなら、南雲や海軍の一存でどうこうすべきものじゃない」


 と、永野総長。

 山本もうなずく。


「それはそうですよ。それこそ太平洋で実験などと悠長なことを言っておらず、大本営の管理下におき、一刻も早くワシントンでもニューヨークでも、敵国に落としてしまうべきでしょう」


「ま、極論はともかく……」

 と、嶋田が苦笑まじりに言った。


「杉山さんが南雲の更迭へと動いたのは見過ごせない。これはもうはっきりと南雲、ひいては海軍の独走に釘をさす動きだ」


「南雲の独断を許していたのはわれわれだが、彼一人に頼る危険を、今回の硫黄島襲撃ははからずも露呈しましたな」


 永野はゆっくり茶を飲み、ほっと息を継いだ。


「南雲以外にも責任を負わせ、早急に経験を積ませる必要があるやもしれません」


「うーむ」

 三人が考え込んだところへ、ノックの音がした。


「入れ」

「失礼します」

 副官が入ってくる。


「南雲中将が着かれました」



いつもお読みいただきありがとうございます。とかく、うまくいきすぎると出る杭は叩かれるわけですが、とうとう陸軍を敵に回してしまいそうです。さて、次回直接対決……ある? ブクマ推奨します。感想やご指摘は大好物です。

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[一言] 南雲さん色んな意味で大人気!
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