おれ氏、襲撃される
●9 おれ氏、襲撃される。
暗い土の道を、大きな体躯の兵士たちが俊敏に駆けていく。
髭面の兵士に、隣の男が聞いた。
「軍曹、殺さなくて良かったので?万一日本軍に通報されると……」
「いや、この島には電話がない。電気だって軍施設の一部だけだ。通報したくても手段がないさ」
「……貧しい村なんですね」
「おれもニューオリンズで似たような生まれだがな……それより作戦通りやるぞ。わかってるな?」
「はい。宿舎には入口が一か所。A班が見張りをやったら、正面から一気に突入、ナグモを殺害して離脱、海岸のボートに走る」
「ああ、今日は潜水艦でステーキ喰って酒だ」
「いいですね」
しかし、通り過ぎようとした木に違和感を感じて、髭面の軍曹が立ちどまる。
「どうしました?」
軍曹は木の上を見あげ、懐中電灯で照らしている。
「くそ!」
ナイフを抜き、木のそばにあるケーブルを探し出して切断した。
「スター配線だ。ここを切っても全体は生きている」
見ると、木の上になにかが設置されている。
「グレッグ、通報手段てやつだ。やつを見てこい。必要なら殺せ」
「イエッサー」
(あーなんだか興奮して眠れないぞ)
風呂あがりにもう一度食堂に行き、こっそりサイダーをもらうと、宿舎の玄関に出た。湿気を嫌うのか、この宿舎は木造の平屋建てだが、一階は高床式に少し持ち上がっている。玄関を出て階段を四つか五つ下ると、ようやく地面になる。
夏にはまだ間があるので、夜は涼しい。
入口には銃を持った見張りの兵士が二人いた。
「あ、中将!なにか?」
「いや、なんでもない。そのまま、そのまま」
「はっ」
恐縮してる。こういう離島にいると、戦争の真っ最中なのが嘘みたいだ。本土には急がないといけないが、あと数日、ここでキャンプでもしたい気分だよ。
おれは玄関の木の階段に腰を降ろし、サイダーをゆっくり飲んだ。
「……いい夜だ」
と、その時……。
『アメリカ人がいま~すっ!気をつけてくださ~い!』
とつぜん、割れたどなり声が辺りに鳴り響いた。
「なな、なんだ?」
なにかの放送みたいだ。拡声器からの声に聞こえる。
『この島に、アメリカ人が来ていま~す! 南雲中将を、狙っています。南雲中将、気をつけてくださ~い!』
「お、おい!」
兵士が銃を身構え警戒する。
「今の、なに?」
「村内放送みたいです」
「放送?」
「ええ、この島には電話も電気もないので、村民連絡の利便に軍が村民との連絡のため施設したものです。いくつかの木の上にスピーカーがあって、繋がってるんです。誰かがそれで放送してるんでしょう」
たちまち、宿舎の各部屋に明かりが灯る。
大声で兵たちが走り、発電機がまわり、ライトが照らされる。
ウ~~~~~~!
サイレンが村中に鳴り響いた。
『南雲中将さん逃げてください!アメリカ人が来ます!』
まだ放送はやまない。
玄関から安村が飛び出てきた。
「ああ!中将こちらでしたか!」
「あれ、なんだろ?」
「とにかくここは危険です!今無線で車を呼びました」
嶋崎や大高も出てきた。
「なんでしょう?」
「わからんが、村の誰かがアメリカ兵の侵入を知らせてるみたいだ。あの声、もしかして、さっきの袋沢じゃないか?」
なにしろ、ついさっきまで一緒にいた人間だ。いくらマイクを通して割れていても、なんとなく覚えがある。
そこへトラックが滑り込んで来た。
数人の兵士が飛び降りて、銃であたりを警戒する。
昼間見た、陸軍少佐が降りてきた。
「中将、危険ですから中に入ってください。敵の位置や兵器がつかめないことには、どこにも行けません。差しあたってここに警戒線を張ります」
安村と打ち合わせている。
木の枠組みが降ろされ、そこに鉄条網をからめだした。
土嚢を宿舎から運び出し、玄関前に積んでいる。へー、普段からこういう準備をちゃんとしてるんだな……。
また車が到着して兵士が降り立ち、こんどは機関銃を設置しはじめる。
「中将!」
おっと、見ている場合じゃなさそうだ。
『南雲中将さん、気をつけて……はぐっ!』
パリパリ……。
遠くでサブマシンガンの音が聞こえる。
あれは日本のものじゃない!
「放送マイクの場所は?」
「もう行かせています」
「よし、おれは中にいる。なにかあれば報告してくれ」
「はっ!」
なにがあろうと、ジタバタしても仕方がない。相手がどこにいるかもわからないなら、どこにいたって同じことだ。
突然の放送を受けて、村中が驚いた。
電気が無いので、全ての家には松明の用意がしてあった。松の木をくくって、先端にボロ布と松脂を塗りつけたものだが、マッチ一本ですぐに火がつき、三十分は煌々と辺りを照らす。村人はそれをバケツに入れて村道に出した。
いま、上空からこの硫黄島を見たとしたら、北部の地域がなにかの祭りのように、ぽつぽつと照らされていくのがわかるだろう。もともと最大幅でも四キロしかない小さな島だ。軍軍の施設が中央から南部に広がり、アメリカ兵たちは北の村から自然に南部へ追い立てられていった。
「くそ、これじゃ襲っているのか逃げているのかわからん」
軍曹が双眼鏡を外す。
南雲の宿泊している施設は見つけたが、何十人もの兵士が警戒していて、とても近寄ることが出来ない。車両もどんどん到着して、さながら臨時の要塞のようになっている。
事前に集合場所と決めた付近の山のふもとから、宿舎を見下ろす。
「突撃しますか?」
あとから追いついたグレッグが傍に来て訊いた。
「ここからはまだ三百メートルはある。もう少し近づいたら手榴弾を投げ、混乱に乗じて突入する……やつは?」
「あの男、やってくれましたね。撃ち殺しましたが、間に合いませんでした」
「俺の責任だ。すまん……」
「軍曹に責任は似合いません」
グレッグを見ると、ニッと笑っている。
「こちらには十分な武装もあれば兵隊もいる。前線さえ確保できれば……」
後ろを振り返ると、たのもしい男たちが控えていた。
「ゆっくり降りよう。グレッグ、君は裏へまわれ、行くぞ!」
おれたちははからずも一階の食堂に陣取り、机でバリケードを作って土嚢で周辺に防護壁を築いた。ただし、土嚢はとても数が足りそうにない。せいぜいが五十センチほどの高さで二メートル四方がいいところだ。同時に窓にはシーツが釘で打たれ、見えなくなる。近よって隙間から覗くと、味方の車両が十台あまりで取り囲み、防護壁になりつつあった。歩兵銃をもつ兵士は百人以上いるように見えた。
その間も、オートバイが走り回り、各所と連絡をとっている。おそらく屋根の上にも兵士が登っているのだろう。どたどたと、大きな音が屋根から聞こえている。
「ものものしいな……」
安村が玄関から戻ってきた。
「放送小屋を見に行っていた兵士から報告がありました、放送していたのはやはり袋沢のようです。銃撃されていましたがおそらく命に別状は……」
言いかけた時、機関銃の音がしだした。
バリバリ!
タタタ、タタタタタタ!
「来たぞおおおおお!」
「包囲されてるぞっ」
タタタタ、タタタ!
ド――――ン!
窓の外に火柱が発つ。
なにかが爆発したらしい。
「お、おれにも銃をよこせ!」
嶋崎に声をかける。大高も長い歩兵銃を持って土嚢に構えている。その中で一人椅子に座って丸腰なのはおれひとりだった。
「長官、撃てるんですか?」
「いや、無理」
「座っててくださいっ!」
「あ、はい」
バシバシバシ――ッ!
木造の壁を銃弾が貫通する。
思わず土嚢の影に頭を低くして、ちびりそうになる。
「くそ~~~~っ」
まずい、なんだかぶち切れそうだ。
頼むから南雲ッち、大人しくしててくれ……。
「〇△×△×〇、〇△×△×〇〇△×△×〇!!」
誰かがなにかを叫んでいる。
ガガガガガガガガガガガ!
玄関に据えられた機関砲の音だ。
ドーン!
ドーン!
パンパンパンパン!
無数の発射音がする。
「後方敵襲っ!約百!」
ひゃ、ひゃくだとう?!
ヒューンド―――ン!ド―――ン!
照明弾で周辺が昼のように明るくなる。
「撃て撃てっ!」
がしゃん!
窓からなにかが放り込まれた。
ごろごろごろ……。
手榴弾だ!
「やべっ!」
「伏せろ!」
見ると大高が身を乗り出している。
必死でかばい、なんとか頭を下げさせようと……。
ドカ―――――――ン!!
轟音、白い煙、そしてざあっという雨のような音。
頭をかばった右手首と、左のこめかみに鉄の破片が激突した。
耳が聞こえなくなる。
おれは、そのまま意識を失ってしまった……。
いつもお読みいただきありがとうございます。建物に籠って外から攻められる気分はどんなのだろう、と思って書きました。音だけしかないので、とても怖い気がします。 ブクマ推奨です。ご感想、ご指摘も大歓迎です。




