ミッドウェー作戦われにあり
●13 ミッドウェー作戦われにあり
通信参謀から海軍司令部の指令をうけると、鬼のような詰問ばかりだった。
もちろん、適当に受け流す。
「「「天地神明に誓い最善手と信ず。委細面談」」」
……ま、こんなところでしょ。
目を丸くしてる小野通信参謀の肩をぽんと叩いた。
「勝てば官軍だよ」
さあ、これからが正念場だ。
艦橋では参謀たちが祝杯をあげている。
今日のすべての攻撃が成功して、いやがうえにもテンションは最高潮だ。
艦橋指令室の壁に、おれの部屋にあった海図が貼られる。
おれは日本酒の注がれた湯呑をかかげた。
「よし、次はこのまま南下して空母と決戦だ」
みんなでちょこっとずつついだだけのはずなのに、なぜかしっかり一升瓶を抱え込んでいる航空参謀の源田が、さっそく気炎をあげた。
「望むところですわ!必勝まちがいなしや!」
草鹿や大石、その他の担当参謀たちも、大きくうなずいている。おれはみんなを見回し、続けた。
「よし、それじゃつぎの作戦を説明するぞ」
おれは手に持った湯呑を置き、差し棒を持った。
「みんなも知っての通り、おれたちはまだ敵空母と遭遇していない。もしかすると、彼らはこのまま逃げおおせる気かもしれないな。だが、おれらは明日、敵空母を見つけ出し、決戦を挑むんだ」
「敵さん驚くやろなあ。基地はボロボロ、しかも、今度は奇襲やない。逃げたはずのわれわれが、また戻ってくるんや」
そういう大石の言葉に、みんなが、わはは、と笑った。
「おい、油断すんなよ!」
おれは制した。
「勝って兜の緒をなんとかっていったろ。相手の基地がボロボロなら、こっちの戦闘機だってかなり被弾してるはず。吉岡クン、飛行機の被弾はどのくらいだ?」
「はッ。……三百五十四機中、墜落または不明五十二機、被弾百機、無傷は約二百機ほどですな」
みんなから、これまでの笑顔が嘘のように消え、真剣な顔になる。
「だよな。三百機のうち無傷は二百機だ。しかも、これからおれたちはまだ敵空母二隻と戦わなきゃいけないんだぞ」
参謀たちに不安な影が浮かぶ。
「補給船から燃料は補給したけど、残りは少ないし、弾も爆弾もあとわずかだ。どうやってエンタープライズ、レキシントンという敵空母二隻と戦う?サラトガだってやってくるかもしれないよ」
空母の動向をここまで知っているおれを、本当なら不思議がるところだが、みんなすっかりこの場の空気に飲まれて気づかない。
「だから作戦が必要なんだって。……よし!みんな聞いてくれ!」
持った差し棒で、壁の海図を叩いた。
ああ、教師時代を思い出すなあ……。
この海図には、オアフ島とその西、ミッドウェー島近海が書かれてあった。
「ここがオアフ島で……おれたちは今、ここにいる」
おれはぶっといマジックペンのキャップを外し、オアフの北約五百キロのあたりにバツをつけた。
「そして空母エンタープライズはこのあたり。そしてレキシントンはこのへんにいると思う」
エンタープライズはオアフ島の南西百キロのあたり、そしてレキシントンはちょうどオアフとミッドウェーの中間あたりに印をつける。
「いいか。まず明日はこのエンタープライズを叩く。島の北にいるおれたちの艦隊は、今夜中にオアフの東側から南下して、エンタープライズのさらに東四百キロに展開する」
みんな真剣な面持ちで聞き入っていた。
「敵の索敵能力は高いから、こっちの戦闘機は彼らがここにいることを前提に出撃しないと間に合わない。だから出撃時刻は0600、今日と同じだ」
「!」
全員が声にならない声をあげた。
明日もまた、今日と同じくらいの過激な一日になる。
みんな、そろそろ、おれの人使いの荒さがわかってきたんだろう。
「エンタープライズに戦闘機はそれほど載ってない。なぜなら、奴らの任務はミッドウェーに戦闘機を運ぶこと。つまり、今はほとんど降ろしてしまっているはずだからだ。そしてわれわれは、艦載機がエンタープライズと戦闘しているあいだに別動隊を出し、西から北上してオアフ島北端のオパナに上陸、敵のレーダーを奪おうと思う」
みんなが、え?という顔をした。レーダーという言葉が初耳なのかもしれなかった。
「レーダーってのは電探のことな。この先はこれがないと勝負になんない。現にドイツとイギリスはレーダーでの攻防をもうやってるんだ。アメリカのも優秀だぞ。で、このオアフ島の北端、オパナには敵の電探基地があるから、そこを急襲して敵さんのを奪う」
小野通信参謀が手をあげた。
「実に興味深い話ですが、司令官、そこに飛行場はあるんですか?」
「ないね」
おれはすまして言った。
「だけど、湾はあるんだ。だから、なんとか駆逐艦なら接舷出来る。んで、上陸してレーダーを奪取したら、また駆逐艦に戻る」
「そう簡単にいきますかのう?」
めずらしく、豪胆な大石主席参謀が首をかしげた。
「レーダーってのはどれくらいの重量なんですかの?持ち上げるにしても、はずすにしても、簡単にゃいかんですよ」
「それがなあ、ありがたいことに車載式なんだよ。つまりもともと荷車に乗ってるんだ」
「ほう!」
と、みんなが声をあげた。
この史実はおれが生前丹念に調べ上げていたから間違いない。
「なあるほど!荷車ごと駆逐艦に乗せるってわけだ」
草鹿がうれしそうに言った。
「電探の技術を盗むんでっか?」
源田主席参謀がぽつりと言った。
「ゼロは世界最高の戦闘機でっせ。それ作れた日本人が、電探くらい、つくれまへんのか」
おれは源田を見つめた。
源田は下を向いてしまったが、あきらかに不満のようだった。
「源田、戦いは甘くない。先行されてる技術は真似すべきだ。これはどこの国もやってることなんだぞ。なあに、必要なければ捨てればいいさ。研究するのは技術者の仕事だ。それにな……」
おれは源田を見たまま、言う。
「源田のような武士は、もうこの世界にいなくなった。明治維新のようにな。レーダーがあるかないか、それだけで勝敗が決まる時代なんだよ」
「……わしは……ただの飛行機屋でっさかい」
「ねえ長官、レーダー拿捕して、それからどうするんです?」
草鹿が首をかしげる。
「オパナ別動隊と合流して、ミッドウェーに向かう」
おれはオアフの北端から、ミッドウェーに伸びる一本のラインを引く。
「では、レ、レキシントンはどうするんですか?」
草鹿が驚いて目を剥いた。
「そうあせるなよ。本国の司令部はついでにミッドウェーを空襲しろと言って来たがな、あの島にはそもそも今ろくなやつらがいないんだ。空母から降ろされた戦闘機を合わせても、飛行機はおおくて百機ほど、しかもまだそれだけの飛行機乗りがいるかも怪しい。絶好のチャンスなんだ」
航空機は運搬できても、基地の人員はそう簡単には増やせない。
もしかすると、無血開城できるかもしれない。
「それに、ここには修理工場も、燃料もある。つまり……」
「わ、われわれで占領するんですか!?」
おれはうなずく。
「そうだ。本来陸軍さんの仕事だけど、いないものは仕方ないしょ。んでもって修理と補給を三日ですませ、レキシントンがこのミッドウェーを目指したころ、今度は最新鋭の翔鶴と瑞鶴の空母二隻に戦闘機を積み込み、北へ向かう」
「神出鬼没だ……」
あきれたのか、感心したのか、雀部航海参謀がぽつりと言った。
「もういちど言うぞ。上陸するのは空母二隻と巡洋艦一隻、駆逐艦三隻ほどもあればいい。それに千人ほどの上陸部隊を乗せ、着岸する。残りの艦は日本への航路をとれ。上陸したころレキシントンが来る。そしたら戦闘機をミッドウェーの滑走路から飛ばすんだ。二十機ほどな。敵がそれに気を取られて空中戦をしかけてきたころを見計らって……」
「今度は空母二隻からの大編隊がレキシントンを襲うわけですか」
「それだけじゃない。これには潜水艦隊も使う。今まで温存してきた潜水艦三隻から特殊潜航艇五艇を出し、水雷で一気にカタをつけに行く」
「か、神業じゃないですか!」
「おまえら、神風って信じてるんだろ?神業くらいやってみせろよ」
おれは片目を閉じてみせた。
「その戦闘で被弾したら、ミッドウェーに降ろして応急修理ができる。それから補給船に油を積み込んで……うまくチューブの口金があうかは知らないけどな……また三日以内に島を出て、今度こそ日本へ向かう。小野!」
「はい」
「ミッドウェーに上陸したら大本営にすぐ打電をしてくれ。そこなら艦隊の位置がバレても問題ない。いや、むしろ、その時は二隻の空母はそこにいないんだから好都合ってもんだ。内容はこうだ。日本の暗号は解読されている。注意されたし」
「えええ?!本当ですか!?」
「ああ、残念ながらそうなるんだ。どだい、何年も暗号体形を変えてないおれらのほうがおかしいのさ。大本営をこまらせてやれ」
「ああ、そういうことでしたか」
「さあ、そうとわかればみんな準備だ!たのむぞ!」
「はっ!」
そこまで言って、草鹿がおれをじっと見ていることに気づいた。
もはや宇宙人を見る目をしてやがる(笑)
もしかすると、おれになにか違和感を感じているのかもしれないな……。




