朝まで生でだらだら
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ご注意
本作品は史実をベースにしておりますが
あくまでもフィクションであり
登場する人物、組織、国家はすべて
実像と関係ありません。
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●1 朝まで生でだらだら
かつて、防空艦という名称があった。
おれが霧島健人という名の一人の青年だったころ、オヤジの影響で太平洋戦争のヲタクになって、その中でいろいろ、世界の艦艇と、その歴史を調べていたときに覚えた名称だ。
昔――といっても、1910年とか、それくらいの話なんだが――軍艦は対艦船の戦いがメインで、対空兵器はほとんど持っていなかったらしい。
それが1903年にライト兄弟が飛行機を発明してから、戦闘機と空からの攻撃手段が、猛烈な勢いで進化していき、第一次世界大戦が終わったころには、それらに対抗する兵装を艦艇に配備する必要が出てきた。
その結果、それが防空艦という概念に発展していったというわけだ。
当初の武器は、口径のでかい機関銃や、仰角をあげて空にも撃てるようにした対空砲だったようだ。それが高角砲を搭載するようになり、軍艦の魚雷発射装置を外してまで、対空兵器を充実させたりして、とうとう太平洋戦争が始まるころには、まずはイギリス、ついで日本とアメリカが、非常に防空能力の高い軍艦を持つようになった。
ところが、この名称はだんだんと廃れることになる。
なぜなら、おれたちがやった真珠湾攻撃以降、もう海上の戦闘には優秀な艦載機による攻防がごく普通になり、全ての艦艇が防空艦とよぶにふさわしい能力を持つようになったからだ。
防空能力のない軍艦がなくなったせいで、この言葉が逆に意味をなさなくなったってわけだ……。
「アトランタ?」
大会議室の最前列にすわっている草鹿が、首をかしげる。
「うん、軽巡のね。たぶん、あそこにいたと思うんだよね」
おれが言った。
「だから空母攻撃にてこずったのさ」
「ほう」
ここはウェーク島だ。かつてはアメリカの基地で、去年末、おれたちがやった闘いの結果、今は日本が占領し、太平洋の主要な基地要塞と補給拠点にしている。日本名を大鳥島という。
帝国海軍の太平洋停泊地としてはトラック諸島が有名だが、今回の対アメリカ戦を考えた場合、あまりにも南洋で遠すぎる。特に今みたいに、真珠湾からいつ大艦隊がでてくるかわからない状況では、もう一歩敵に近いこのウェークのほうがいい。というわけで、おれはここにしっかり前線を築くことにした。
はじめは簡単な滑走路と小屋のような基地しかなかったウェーク島も、今ではけっこう立派な工廠が作られ、木造だが体育館なみの大きさを誇る司令部が建設されている。もともとそれほど大きくない環礁にしては、上出来だ。本土との定期便も豊富で、重油発電もあった。
おれたちは今、その体育館の二階にある、大きな会議室にいた。
(それにしても、明るくなったよな……)
おれは室内を見回した。
実はと言うと、海軍省や横須賀工廠みたいに、この時代の内装はとかく重々しくて、暗い感じのものばかりだった。
で、それが嫌だったおれは、大工に無理を言って海に向かって窓をいっぱい作り、壁も天井も真っ白に塗って、会議机だけはかっこよく黒、さらに床はお座敷みたいに渋い畳を敷いて、靴を脱いであがれるようにしてもらったのだ。
いやあ、おかげで快適だよ。明るい蛍光灯だって点いている。
それに、特筆すべきは、この部屋、禁煙なんだな。
ま、当然のようにものすごい反対を受けたけどね。中にはそれなら会議には出ない、みたいな小児的な抵抗にもあったんだけど、煙草休憩を認めることで、なんとか禁煙にこぎつけた。
「というかさ、今日の会議のテーマわかってる? はい山口くん」
「え? 空母戦の防空戦略について、でしょう?」
「しぇいかい!」
そう、こんな軽い調子でやっているけど、それはあくまでもみんなの脳みそを軽やかにしてもらうためで、テーマはその実、とっても重要なものなのだ。
ただの社会科の中学教師だったおれ――すなわち二十五歳の霧島健人が、生徒の自殺騒動に巻き込まれて頓死してしまい、その後真珠湾攻撃に臨む空母赤城にいる南雲忠一に転生してから、ずっと気になっていたことの一つは、アメリカの非常に強烈な防空能力を持つ、巡洋艦アトランタや、フレッチャーだった。
この前の戦いを見るかぎり、アメリカの防空能力はやっぱり相当なもんだった。もう一対一の空戦で残ったほうが一方的に相手艦隊への攻撃を敢行するような、そんな単純なものじゃあなくなってきてるんじゃなかろうか。
そこで、おれは今日このウェーク島の大会議室で、現在いる南雲艦隊の中堅以上の兵員約百名をあつめ、研究会を開くことにしたのだった。席はでっかい教室方式だ。
「アメリカのやり方はとにかく物量、次に組織的だ。これに対抗するためには、おれたちは精度と各個撃破……だからまあ、神風特攻隊なんてのが有効だったわけだが……」
「?」
「おっと、聞き流してくれ。おれはそういう特殊攻撃には興味がない。それならおれがここにいる意味がないからな。とにかく、今回おれたちが持った新兵器はレーダー連動の高角砲、まあ言ってみれば精度の向上で、これは今後もやっていくべきだと思う。でも組織運用の方はどうだろう。空母対空母の戦いにおいては、もっと帝国海軍流の、しっかりした戦略がいるように思うんだ。ここまではいいかな?」
「組織運用ってなんです?」
「言ってみれば艦隊陣形とチームワークかな。空母があって、それを護る巡洋艦や駆逐艦があるだろ? たとえば、これからアメリカは一隻の空母に対して、五インチ連装高角砲八基、四十ミリボフォース連装機銃十八基、二十ミリ機銃十六基を持った超防空巡洋艦や駆逐艦が、二十隻あまりでぐるっと取り囲み、おれたちに向かっていっせいに弾幕を張るようなそんな戦法をとってくるんだ。もちろん、おれたちがやった連動高角砲と近接信管だって、すぐ配備されてくる」
そう言っておいて、おれは息を継いだ。
「要するにその弾幕を飛び越えて、空母に近づくのにはどうすればいいかってこと。逆に、こちらの陣形と戦法はどうするんだって話だ。そういう組織運用をテーマに議論したいんだ」
……お、みんな、真剣に聞いてるな?
「じゃあ、ここからは無礼講だ。階級の上下に関係なく、誰でもいつでも話していい。名づけて、朝まで生海軍!はい、スタート!」
敵は円形陣に高角砲と機関砲のハリネズミ。はたして南雲ッちに、打開策はあるんでしょうか・・・? 不定期更新検討中 ブクマ推奨いたします




