また逢う日まで
●43 また逢う日まで
「全艦隊回頭おわり」
「全速前進。電探連動高角砲用意」
「全艦隊連動砲準備よし」
「見えました!距離約三千です。その数……二十!」
草鹿が双眼鏡をのぞきながら叫んだ。
おれの目視でも、翼をぴんと張った、ややずんぐりしたアメリカの艦載機が遠くに見えた。すでに散開して、一部の艦爆は急降下爆撃へと変位しはじめている。
「狙え!」
ギュイーーーーーーン!
電探連動高角砲が、ほぼ同じ方向に砲の向きを変える。まずは方位角、次いで仰角が二秒ほどで定まる。
遠距離での性能を見る必要があった。しかも今回は小回りの利く艦攻や艦爆機あいての、早めの応射が重要だった。
「撃てッ!」
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
翔鶴と重巡、駆逐艦から一斉に電探連動高角砲が放たれる。
やはり群をなした敵には圧倒的な正確さだ。しかも砲弾は近接した距離で自動起爆し、黒煙がババババっと上がる。
先頭の二機が、黒煙から穴だらけの顔を出し、そのまま海面に墜落していく。
初弾で撃ち漏らした数機が、それぞれのコースにばらける。上空に行こうとする機、あるいは旋回する機、海面に降りて魚雷攻撃をしかける機体もある。
ギュイーン!
ドンドンドンドン!
ギュイーン!
ドンドンドンドン!
電探は一番近い敵機に向かって自動で狙いを定め、優先して発射するように設定されていた。いや、この時代はアナログだから、それしかできない、といったほうが正しい。コンピュータが優先順位を計算したりはできないわけで、電探の強く反応する方角を愚直に目標として狙い、発射しているだけなのだ。
そして、その発射のたびに、敵機の至近距離で爆発がおき、機体は砲弾の鉄片で穴だらけにされてしまう。黒煙を吐き、墜落していくか、中にはあきらめてパラシュートで脱出するパイロットもいた。
あっという間に、近い敵はいなくなった。
「電探連動砲撃ち方止め!」
少し様子を見よう。混戦になってしまうと味方を撃ってしまう。こればかりは、機械には判断がつかない。
海面で水平飛行していた敵機が、すいっと魚雷を発射した。
ただし、かなりの遠距離だ。
味方の機がいないために、どうしてもロングレンジ攻撃には無防備になってしまうのだ。その間も、こちらは手動の高角砲で応戦するが、自動機のようには上手くいかない。近接信管は充填しているものの、狙いが甘いため、黒煙は指定の限界距離まで通り過ぎ、後ろの方で爆裂している。
「水雷が来ますっ」
「よし、任せろ!」
おれは送話器をつかむ。
海面の雷跡を見て、コースを予測する。
「面舵」
敵の魚雷は空母の左舷から放たれている。このままでも当たるかどうか疑問だが、念のため鼻先を右に向け、前方にやりすごそう。
ぐうっと船が左に傾く、姿勢の直りを待ち、
「機関停止、よーそろー」
駆動を止めて留まる。いわばカーブを利用した急ブレーキだ。
その間に駆逐艦が旋回して翔鶴を守備する位置に回りこんでくる。
シュシュシュシュ…。
おれたちが見守るなか、雷跡は翔鶴のはるか前方を通りすぎていった。
艦橋のみんなが力を抜く……。
結局、敵の攻撃らしい攻撃はそれだけだった。
残された十四機が反転していく。おれたちの攻撃になんらかの異常を感じたのだろう。その素早い判断に、おれは舌を巻いた。
やがて夕暮れの空に、敵機は消えていった。
「何機墜とした?」
「高角砲とゼロで六機ですね」
「味方の損害は?」
「ありません!」
おお、という声があがる。
「まさに鎧袖一触ですな!」
「敵は尻尾を巻いて逃げ帰りよった。臆病者だ!」
おれは送話器を置き、みんなを鎮めた。
「油断するなよ。今はチートタイムなんだからあたりまえでしょ。そんなことより、周辺海域の警戒をしっかりやって、徐々に艦載機を収納するんだ。それと、敵兵の救助もちゃんとやってやれ」
こちらはマッカーサーである。
予想していたように、南雲艦隊にはなにか特別な新兵器が搭載されているようだった。
彼はさきほどの、飛行士からの無線連絡を思いだしていた。
『ありえない。ありえない。高角砲が異常に正確です。まっすぐ飛んできて、至近距離で爆裂します。なにか、なにか恐ろしいことが……うわあああっ!』
すぐに戦闘機隊への帰還を命じたが、このことはワシントンにも報告せねばなるまい。
「いずれにしても……」と、ハルゼーの声が無線機のレシーバーから聞こえてくる。
「これで勝負はおあずけですな閣下。われわれは作戦を立て直さねばならない。ですが、エセックス級空母と五百機の航空機があれば、なにもかもが逆転するはず」
「ひとつわかったことがある」
「……なんですかな?」
ハルゼーがしわがれ声をちょっと低くする。
「やつらは本土への攻撃を異常に恐れている」
「ふむ、B25の攻撃はまことに残念……」
「だからこそだ」
「……」
「やつらは我々への反撃は後回しにしてB25だけを追った。日本は島国だ。首都は過密しており、エンペラーの存在もある」
マッカーサーの脳裏に、東京の街に焼夷弾がふりそそぎ、民衆が逃げまどう映像が浮かぶ。
そうなるはずだったのだ。
「ふむ」
「私には彼らの怯えが手にとるようにわかる。伸びすぎた戦線、オーストラリア、フィリピン、インド洋という弱点、南洋にしかない資源、そして本土空襲への恐れ。……この戦争は我々の勝ちだ。そう思わんかねハルゼー提督」
「ふっふっふ。もちろんですとも閣下」
「とはいえ、今われわれにできるのは、帰ることのみ……真珠湾にな」
無線を置く。
夕闇せまる空をながめ、次の海戦には、自分が来ることはあるまい、と思った。
残念だが、この作戦で決着をつけることはできなかった。
だが、きっとまたチャンスはある。
ダグラス・マッカーサーは、あの日本の不思議な男、南雲忠一にむかって、ひそかにつぶやくのであった。
「また、いつか会おう……」
陽は沈み、オレンジから紫色へと空が変化していく。
翔鶴艦隊周辺の海域では、大発動艇と水上機が行き交い、負傷者の収容に全力をあげていた。捕虜は武装解除の上、駆逐艦に分送して手当を行うのだ。
「これからどうするんですか長官?」
艦橋で草鹿が言った。
「どうって?」
「エンタープライズへの追撃はしますか? 追いかければ艦隊決戦に持ち込むことも可能ですよ」
「本土を空襲してきた敵を、このまま返すわけにはいきますまい」
山口も草鹿に同調するようにかぶせてくる。
おれは笑った。
「いや、もう弾ないし」
「戦闘機も、ありません」
淵田がしょんぼりして言う。
草鹿と山口がなにか言いかけるのを、まあまあ、となだめる。
「おまえら、ちょっと外に出よう」
おれたち四人は、艦橋から外に出て、屋上の防空指揮所に登った。見張員たちが恐縮して驚いている。
「すまんね、ちょっと邪魔するよ」
潮の匂いがして、広い海が一望できる。
海上では、カッターで水兵達が残留物を回収したり、遭難した敵兵を回収したり、大忙しで働いていた。
「見ろよ。とにかくおれたちは勝ち、敵は撤退した。本土はおおむね無事だったし、おれたちも消耗した。そろそろ引き上げようじゃないか」
「は、はあ」
山口がまだ少し不満そうな顔をしている。
「心配するな山口、またすぐに戦争だよ」
「……」
「はあ~っ!」
見ると、草鹿が背をのばしている。どうやらあきらめたらしい。
「なんど来たって、またやっつけてやりますよ。ねえ長官!」
「ああ、頼りにしてるぜ」
「こんどこそ、エンプラはワシがやります!」
淵田がこぶしを握る。
「うん、まかせた」
山口はもう笑って、遠くを見つめていた。
ふいに風が強く吹き、軍旗がはためく。
白い海鳥が、どこかの巣へと、帰っていくのが見えた。
いつもお読みいただきありがとうございます。ドーリットルから始まった太平洋の戦いはいったん終了です。感想やブックマークをありがとうございました。とっても励みになっております。




