おまえ、生きてたんかい!
●42 おまえ、生きてたんかい!
B25を搭載したアメリカ空母二隻と、おれたちの戦闘は、いよいよ大詰めを迎えていた。
こちらは翔鶴を中心とする空母三隻が万全……とはいえ、艦載機は多くが消耗した。むこうは空母レンジャーが甲板に傷を負い、航空機もほとんど残っていないはずだが、新たな艦隊が電探に確認され、百機ほどの艦載機も確認された。
特筆すべきは、今まで弱いとされてきたF4Fが、サッチウィーヴや単独の空戦回避を取り入れて、圧倒的だったゼロ戦のキルレシオに、やや陰りが見え始めてきたことだ。おれが聞いていたよりも、ずっとアメリカ軍は創造性にあふれていた。
そんな中、おれは翔鶴飛行隊長の嶋崎重和に、敵新艦隊の偵察を命じた……。
嶋崎の新型艦攻機は、海面すれすれの低空を敵艦隊にむけ飛行している。天候はようやく晴れ間が見えてきたが、同時に空は夕暮れへと移ろぎつつあった。
「嶋崎隊長、もうすぐですね」
後席の無線士が海図を見ながら言った。
「おうよ。それにしても、翔鶴は人使い荒いのう。瑞鶴じゃもっとのんびりできたぞ」
嶋崎は瑞鶴から山口の推挙でこの戦闘で翔鶴に異動していた。
「翔鶴はいま、南雲長官が親分ですよ」
無線士が笑って言う。
「あの人は人使いが荒いので有名なんです」
「噂は聞いて……」
嶋崎が黙る。
「……なにか、いましたか?」
水平線のかなたに、警戒機がハエのように飛んでいるのが見えた。
警戒機の飛行範囲は数キロから十キロほどか。ならば、艦隊はおそらく警戒機のまだ数キロ先で、ここからでは空母を確認しようがない。
とはいえ、これ以上はうかつには近づけなかった。
(ぼちぼち、行くしかないの……)
嶋崎は低空を維持し、海面すれすれに飛びながら、大きく弧を描いて敵艦隊を回りこむ進路をとった。そのまま、少しずつ近寄る。
「よし、このまま行けるところまで行こう。見つかったら一気に上昇して敵艦隊を確認、そのまま帰還する」
「柴坂、八田に告ぐ。低空飛行を維持し隊長機に随行せよ。敵に発見され次第、上行し離脱する」
大きく旋回しながら艦隊との距離を少しずつ縮めていく。やがて敵の船影が見えてきた……。
たしかに空母がいる。海に浮かぶ黒く小さなゴミのような敵の艦隊が、はるか遠い波間に見え隠れしているのだ。
そのうち、大きな空母が真ん中にいて、巡洋艦と駆逐艦がその他に三隻いることがわかってきた。そしてその上空には、護衛の戦闘機が十機ほども舞っている。
もう、距離はかなり近づいた。だが、敵機はまだなにも反応がない。いいぞ。あの空母はなんだ? あれは……。
そう思った瞬間、敵艦隊から白い煙がパパパ、とあがる。
「来ましたっ!」
無線士が叫ぶ。
敵の戦闘機がくるりと機首を向け、全速で向かってくる。
「あがれ~~っ!」
このままでは狙い撃ちにされる。嶋崎はぐっと操縦かんを引き上げ、スロットルを全開にした。同時に僚機ゼロ戦が前に進み、嶋崎を護衛しようと展開する。
「戦闘は避けろ!上だ!」
そういって上空を目指す。
「おい、空母を見ろ!」
最高席の機銃手に声をかける。彼は後ろを向いているから、上昇姿勢なら艦隊が確認できるはず。
「どうだ!?」
「み、見えます!」
「なんだ!」
「あれは……エンタープライズです!」
「な、なに?」
周辺に、爆裂した黒煙が十発ほど上がる。
それをかいくぐりながら、嶋崎が新型エンジンを吹かし高高度へと上昇していく。下を見て、嶋崎も自分の目で確認してみる。
大型だが均整のとれた船型、横に張り出た小判型の大きな艦橋。そして板張りの甲板。間違いない。たしかに、あれはエンタープライズだ。
「翔鶴に報告。艦名はエンタープライズ。繰り返す、艦名はエンタープライズ!」
その報告を受け、おれは呆然としていた。
エンタープライズだと?
あれはたしか去年、真珠湾のあとで、沈没させたはず。オアフからミッドウェーへ航空機を輸送したあと、おれたちの艦隊に夜襲をかけてきた空母エンタープライズ。しかしその後、索敵が功を奏して発見し、淵田らが集中攻撃した末、何発もの水雷をぶち込んで、沈めてやったのではなかったか……。
おれは唸った。
いまさら後悔してもしかたがないが、どうやら、史実でもビッグEと呼ばれ、不死鳥のように何度も修理されて蘇った名空母は、この世界でも沈んでいなかったようだ。
「ちょっと待ってください!」
淵田が血相を変えた。
「エンプラは、私自身が攻撃しました。舵を破壊されて浮かぶことしかできなかったあいつに、十発以上も魚雷を命中させたんですよ」
聞いていた草鹿がなだめるように言う。
「淵田、沈みそうと、沈みましたは違うよ」
「た、たしかにそうですが……」
「エンタープライズなら、よもや嶋崎が見間違えることはない」
山口多聞も腕組みをして淵田を睨む。
おれは淵田の肩を叩いた。
「現にいるんだから、信じるしかない。でもすんだことは仕方ないさ。だいたい、あいつらの曳航と修繕能力は異常なんだよ。気にするな」
「す、すみません」
飛行隊長として現地でエンタープライズに攻撃した淵田は、最後まで確認しなかった責任を感じているんだろう。しかし、舵を失い、何発もの魚雷や爆弾にやられて大破した空母が、よもや生き残っているとは、あの時は誰も思わなかった。南雲ッちとしてのおれも、実戦には経験不足だったし、油断していた。
「電探に機影。五時の方向、距離五千!」
とつぜん、大高の声が艦橋に響いた。
そうだ。今は戦闘中なのだ。反省や後悔をしている暇はないんだ。
おれはすぐさま後方の窓に向かう。双眼鏡ではまだなにも見えない。総員が配置につく。
「よし、連動高角砲用意だ。面舵全速、砲を敵機に向けろ。弾はまだあるか?」
草鹿が用意してあった紙を見る。
「翔鶴は四基合計で百三十一発です」
「弾倉はありったけを左舷の砲にまわせ。駆逐艦隊は?」
「重巡羽黒に二基、駆逐艦三日月、夕風にはそれぞれ一基あり、残り弾数三百以上」
「よし」
それだけあれば、充分迎え撃てる。
実を言うと、あまり新兵器を見せつけたくはないが、いずれアメリカだって連動高角砲やVT信管を配備してくることはわかってるんだ。ここで出し惜しみしたって仕方がない。
新兵器なんて、初見は新兵器だがすぐに対抗策がとられる。チートなのは今だけなんだから、この際、やってしまおう。
おれは参謀たちを見た。
「淵田、艦載機の収容はストップだ。味方戦闘機は距離をとって艦隊上空で待機してくれ」
「はい」
「草鹿。敵機はおそらくSBDドーントレスか、TBDデヴァステイター、それにF4Fだ。高角砲が撃ち漏らしたやつは至近距離で残らず墜とせ」
「わかりました」
「多聞ちゃん」
「はい」
「鳳翔、瑞鳳艦隊にも連絡して警戒させてくれ。あっちにも敵機がいくかもしれん。今のうちに、各艦の戦闘機は帰そう」
「わかりました」
「よし、ならば七面鳥撃ちだ」
おれは回頭する翔鶴とその護衛艦隊を見ながら、敵機の襲来に備えた。まもなく、やってくる。
ひどいサブタイトルですみません。七面鳥撃ち、の異名はみなさんもご存じの通り、史実でアメリカ軍が、VT信管によって撃墜される日本機にむかって言ったセリフです。 感想やブクマにはいつも元気づけられております。ありがとうございます。




