まさかの大艦隊
●42 まさかの大艦隊
嶋崎はふう、と息を吐いた。
「こりゃ、いいところなしじゃわ!」
二個小隊六機のうち、九七艦攻が一機やられ、どうやら戦闘機も一機墜とされたようだ。
その上、まだ無傷の戦闘機が二機のF4Fと交戦しているのが見えた。
「おい」
後席の無線士に声をかける。
「ありゃあマズイぞ」
そのゼロ戦は、二対一の戦闘に、かなり苦労しているようだった。
相手は二機が交差しながら螺旋に飛んでいる。
ゼロが一機の後方をとろうとすると、つがいの一機にすかさず攻撃されて危うくなるようだ。
無線士もその様子を見て言った。
「柴坂たち三人の誰かですが、やられそうですね。相手は二機がかりでS字に交差戦法。あれをやられると撃たれますよ」
「よし、加勢しよう」
後席に告げる。重い水雷はもうない。
「後席、機銃準備よし。やりましょう」
「諒解です」
スロットルを吹かして上空を目指す。さすがに馬力がある。千八百馬力は出ると言っていた。
(やつらの高落としを真似てみるか……)
これも、アメリカ機の最近の航空戦法だ。旋回能力に劣る彼らはくるくる回る空戦を避け、上空から一撃離脱を繰り返すのだ。
「いいか、上からまっさかさまに突撃して、敵と交差したら機首をあげる。交差の瞬間と、機首をあげて追い越したときに撃て」
「わかりました。……敵が見えりゃ撃ちますよ」
さっきも器用に下方機銃で一機撃ち墜とした機銃手が、たのもしい返事をよこす。
アクセルスロットルをぐっと開ける。
ぐんぐんと高度が上がる。
それにしても、三人が仲良く乗って、しかも高度三千ばかりからの急降下だ。よほど信頼しあわないと、できることではない。
高度計を確認して、嶋崎は降下にうつった。
「行くぞ!」
「は!」
「用意よし!」
下界にまだ空戦をする三機の戦闘機を見すえ、その真っただ中に割り込んでいく。この機に前方機銃はないから、攻撃方法は後方からの機銃のみだ。
交差しながら飛ぶ二機のF4Fの交点を、垂直に切り裂くように降下する。
敵機を通りすぎた。
「今だ!」
ガガガガガガガガ!
ガガガガガガガ!
「上昇するぞ!」
アクセルをふたたび吹かす。フットバーを左に推し、操縦かんは思い切り右に引き上げる。
機首がゆっくり上に向き、こんどは敵機を下から上に突き抜ける。
「撃て!」
ガガガガガガガ!
ガガガガガガガガガ!
敵機からも銃弾が飛んでくる中、お互いが撃ち合い、離れていく。
(どうだ?)
操縦席には後方に視界がないため、旋回しないと見えない。
「命中っ!」
後席の機銃手が叫んでいる。だが墜としたとは言わない。やはりあの機銃じゃ、威力が足らんか……。
「いや、撃墜です!」
「おっ?!」
旋回して確認すると、一機のF4Fが、火を噴いて海上に墜ちようとしているところだった。燃料タンクをやったのだ。
水平飛行にもどす。
「ふう。やっぱり、奇襲が一番じゃな」
「なにいってんすか隊長、腕ですよ!」
そう言って後席の機銃手が空を見上げた時、自機に一機のF4Fが迫っていることに気づいた。組んでた敵二機のうちの、もう片方のやつだ!
「四時に敵っ!」
あっという間に真後ろにつかれる。
後席の機銃手は敵機を狙おうと照準を見る。しかしまるで合わない真後ろだ。慌てて下方の機銃に手をのばすが、そっちでも角度が悪く撃てなかった。死角なのだ。
「撃てません!」
(こりゃ、調子に乗りすぎたか!)
嶋崎が心で舌打ちをしながら、なんとか振り切ろうと操縦かんを必死にあやつる。水平に飛行し、ぐいっと持ち上げ、失速させて前に送ろうとするが、十メートルもある機体はゆっくりしか反応してくれない。
(くっ……いかん!)
ガガガガガガガガガガ
ピュンピュンピュン!
機銃掃射の音とともに、曳光弾が走る。
だが後方からではなかった。
(どこからだ!?)
見あげると、日の丸の翼が頭の上を通った。
「敵機が逃げます!」
「加勢か!?」
混戦した空域を離脱しよう。
まずは上昇だ。高度が六千になるまで我慢したあと、旋回しながら降りる。
「おお!」
やはりゼロ戦隊だ。
味方の空母三隻からの増援が間に合ったのだ。
木の葉のように見える敵艦隊の上空に、三十機ほどの日の丸が飛び回っていた。
「嶋崎隊、各機報告セヨ」
ここは空母翔鶴の艦橋だ。通信士の大高が先攻した嶋崎隊を心配して状況を確認している。敵の爆撃にそなえて急遽飛び立ったとはいえ、たった六機の編隊ではいかにも心配だった。
それぞれの無線士が自機の状況を報告してくる。嶋崎は無事のようだが、二機に返信がなかった。それにどの機も被弾が激しいようだ。
増援隊の約三十機が空母二隻への攻撃をはじめていることも知る。
「嶋崎隊は帰艦せよ」
「諒解。嶋崎隊帰還します」
おれは嶋崎の報告を反芻してみる。敵が思ったよりもしぶといのだ。敵はほとんど空母一隻で、しかも航空機だってかなり数が減っているはずなのに、一気には殲滅できそうにない。オーストラリアやイギリスとの闘いの経験からすると、ちょっと勝手が違ってきている。
もちろん、F6FやP51なら当然だ。それならおれたちだってもっとすごい機体を開発しないといけないし、日本だって資源の調達が順調なら、一歩先を行く開発も行える。
しかし、相手はあのF4Fなのである。
「なあ淵田」
おれは淵田航空参謀に声をかけた。
「はい、なんでしょう」
「ゼロ戦とF4Fとのキルレシオ(敵撃墜比率)って、変化してないか?」
「は? キルレ?」
「こっちが一機で、相手が何機撃墜されたかってことだよ。以前は圧倒的にゼロが有利だったのに、最近はそうでもない。つまり、やつら戦法を工夫してきてると思うんだ。こっちもその対策をしないとな」
「……そうですね」
「嶋崎から緊急入電!」
大高が突然、さけんだ。
山口や草鹿も色めき立つ。
「なんだ?」
「電探に反応あり。ワレ敵大型艦隊の接近を認む」
「なんだって?」
冗談だろ……。
敵の空母艦隊がパナマを出たのは三日前、まだ、どうやったってここに来れるわけがない。
絶対にだ。だが……。
「敵航空機、百機が来ます」
「戻せ~~っ!」
おれは思わず大声を出した。
いつもお読みいただきありがとうございます。いつもは日曜をお休みさせていただいておりますが、今日はなんとなく書いてしまいました。F4Fの戦法はサッチウィーブと呼ばれるあれです。感想やブックマークをありがとうございます。すごく励みになります。




