ロボット砲と近接信管
●41 ロボット砲と近接信管
日本の空母艦隊に向かおうとするB25の編隊と、それを迎撃するゼロ戦隊、さらにそうはさせじと追いすがるF4Fの護衛機が、三つ巴となって、時速三百キロで進んでいく。
八木沼は、敵の戦闘機に狙いを定めることにした。
最初は甲板の破壊により、離艦不能と思われていたB25が飛んでいることに驚いた。だが、本土空襲を阻止した時の戦闘のせいか、護衛機はわずか十機だった。
(F4Fさえやっちまえば、B25はあとはゆっくり料理できる)
無線で状況を報告する。
八木沼は、なるべく早くF4Fを始末しておこうと、雨に濡れる空を見つめた。
僚機が一機のB25を狙っている。エンジンが双発で頑丈なこの爆撃機は、二十ミリ機銃でもなかなか破壊できない。そのためゼロ戦は上空から操縦席に照準を合わせている。
しかしB25の上部機銃座がうるさい。
器用に狙ってくるので、こちらとしてもうっかりしていると撃たれてしまう。ゼロ戦はとにかく撃たれ弱い。
僚機を狙うF4Fが視界に入ってきた。
八木沼は、それに狙いをしぼる。
目の端で敵機を捕らえながら、いったん見えない位置にバンクする。そこから背後につき、徐々に進路と照準を合わせ……。
ガガガガガガ!
ふっと目の前から敵機が消える。どこへ行ったのかはだいたい予想がつく。下だ。戦闘機は下に視界がないのでそっちへ逃げれば見失うことが多い。しかし、追いかければ運動性能の良いゼロ戦がすぐに追いつく。
ガガガガガガガガ!
バシバシバシ!
翼にあたった。
もう一度だ。
ガガガガガガガ!
F4Fはきりきり舞いをして落下していく。
「二機撃墜!」
まだよくわからないが、八木沼が二機目をやっている間に、周囲のF4Fはめっきり数が減っていた。残っているのは、おそらくあと三機ほどか。
高度が下がりすぎたため、機首を持ち上げる。B25編隊は上空を進んでいる。爆撃機はもともとあまり高度をとっていなかったが、そのさらに下に出てしまったようだ。
「……ん?」
八木沼はあることに気がついた。
B25の編隊は、上空への曳光弾はさかんに見えるのに、下方にはまったく撃っていない。機銃らしい影は下部銃座にもあるが、そこに人はいない。
(ははあ……ありゃあインチキじゃ)
無線機を手にとる。
「八木沼隊、敵爆撃機は下から狙え。下に機銃無し。くりかえす。敵爆撃機は下に機銃無し」
無線を聴いた僚機が、下にもぐろうとして機首を下げる。当然それを追うF4F。八木沼は待ってましたとばかりに襲いかかる。
(お前らはわしが相手じゃ)
残りの艦戦を狙う。
だが、一機に機銃を放ったところで、弾が切れてしまった。二十ミリはすでになく、七・七ミリすら残りが少ない。
(これまでじゃな……)
八木沼はゆっくりあたりを旋回する。
眼下では、数が減った敵のF4Fを尻目に、味方の戦闘機はB25の下から攻撃をしかけ、それを嫌ってB25はさらに低空を選んでいる。
ついに一機のB25がエンジンから火を噴き、黒煙をたなびかせて海上へと落下していく。
しかしまだほとんどの爆撃機は健在だ。
僚機は攻撃を続けているが、しかし、急がないとそろそろ翔鶴艦隊が見えてくるころだろう。
(まずいぞ)
と、八木沼は思った。
B25は思ったより頑丈で、まだほとんどが残っている。
やつらは一機で数発の爆弾を積んでいるから、あの編隊なら全部で数十発にもなる。翔鶴など、ひとたまりもない……。
こちらは敵の空母を攻撃するために、新型艦攻機で発進した嶋崎である。
彼らが離艦し、つづいて艦攻と艦戦六機が空に舞ったとき、すでにB25の編隊は目の前に迫っていた。しかもあるべきF4Fの護衛機はなぜか見えない。
しかし嶋崎の目標命令は敵の空母艦隊だった。それに、出発の時から、嶋崎は航空参謀の淵田にしつこいくらい念を押されていた。
―――いいか。絶対にこの艦のそばで空戦はするなよ。味方の弾でやられるほどバカバカしいことはないぞ。
仕方ないので進路を変え、一キロほどの距離を保って敵編隊と交差する。
B25はかなり低空を飛行しているようだ。味方のゼロ戦隊がまとわりつくように攻撃をしているが、大型のためになかなか撃墜できないのだろう。迷ったすえ、嶋崎は無線士を振りかえる。
「爆撃機はやらんでよいか訊いてくれ」
「はっ!」
無線士がすぐに送話機を取りあげる。
「こちら嶋崎、敵爆撃機を攻撃の要ありや?」
しばらくして母艦から返信がある。
「……無用。新型高角砲に任せ、艦攻隊は敵空母にむかえ」
「諒解した。嶋崎隊は敵空母に向かう」
命令はあくまでも敵空母の撃沈みたいだ。
キャノピーを開ける。冷たい空気が頬にあたり、雨でゴーグルが濡れる。顔を出して海上に目を凝らし、敵編隊を見る。
B25の操縦席の兵士も、こちらを見ていた……。
おれは空母翔鶴の艦橋から、双眼鏡で上空を監視していた。
やはり八木沼からの報告通り、敵機はB25の編隊のようだ。してみると、敵空母の甲板は修理されたのか……。
アメリカの修繕能力にあらためて舌を巻く。あいつら、専門チームつくって、甲板に鉄板ならべたりするからなあ。きっと今回も応急処置したんだろう。
「おい、そろそろ味方の艦戦を退避させろ」
「わかりました」
大高が無線士に指示を出す。
「直掩隊は新型高角砲に備え、退避せよ」
おれは操舵のマイクを取りあげた。
「面舵いっぱい。電探連動高角砲用意」
空母の向きを敵と直角になるよう調整する。敵に水雷はなく、爆撃投下しかない。しかし空母は甲板面が広いから、敵と同じ方向を向いていると、それだけ爆撃される確率が高くなる。
すでに敵の方向に合わせて回頭していたが、微調整が必要だった。
掩護の駆逐艦隊も走りながら方向を合わせている。
「電探高角砲、狙え!」
ギュイ―――ン!
空母の右舷船体に設置された高角砲四門が、電探によって自動で方向を変え、迎角を合わせる。その様子は艦橋からもはっきりと見えた。
「駆逐隊、高角砲準備よし」
B25の編隊が迫ってくる。低空飛行から高度をあげ、前後左右に散開して爆撃の態勢になる。セロ機隊はすでに退避していた。
「距離二千!」
……もう少しだ。もう少し引きつけよう。
「千五百!」
あ、ずいぶんバラけたぞ。ちょっとやばいかも……。
「……千!」
「撃ぇぇぇっ!」
ギュイーン!ギュ、ギュ!
複数の電探連動高角砲が、同時に砲身を振る。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
空母翔鶴と駆逐艦隊から一斉に高角砲が火を噴く。なじみのある発射音より連弾がかなり速い。四発撃つと、すぐに方位と迎角を変え、次の目標を狙う。
ギュイーン!ギュ、ギュ!
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
バシャバシャバシャ!
目にも正確な黒煙がB25の付近で爆裂し、爆撃機の機体を無数の鉄片が貫通する。
(よしッ!)
おれが転生して、開発命題だったもののひとつ、伊藤技術大佐苦心の近接信管が、ついにその威力を発揮した。
見るかぎり極めて正確な射撃と爆発だ。相手が大型機体のせいかもしれない。三機があっという間に失速して落下する。高角砲の射撃はまだやまない。
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
ドンドンドンドン!
もちろん実戦でこれが使用されるのを見るのは初めてだ。艦橋にいるみんなも、目を見開いてそのロボットのような動作を見ていた。
なんといっても、今までは人間が指揮して目標を定め、手でハンドルを回して砲を回していたのだ。産業用ロボットを知っているおれはともかく、見たことがない草鹿や山口たちは、奇妙な怪物を見るような目をしていた。
それにしても自動で相手を射撃するマシン。しかもその弾は相手の付近で勝手に爆発する。こんなものを相手に、おれのご先祖は戦ってたのか……。
淵田が叫んだ。
「爆撃機が来ますっ!」
いつもお読みいただきありがとうございます。史実よりは少しだけ早いタイミングで、高角砲の技術革新が大日本帝国海軍でおこりました。感想やブックマークがすごく励みになっております。




