アメリカの本気
●38 アメリカの本気
白い闇が、パナマ湾を覆いつくしている。
内海の静けさを破るように、大きな船の影が二つ、ゆっくりと動き出した。
朝もやの中で見るそれは、まるで巨大なビルが横倒しになったほどの威圧感だった。全長は二百七十メートルを超え、空高く塔のように聳えるのは艦橋か。少し小さめだが、いかにも最新鋭のレーダーがいくつも装備されている。
黒々とした影が、やがてその輪郭を見せ始める。吃水から湾曲して立ち上がった船体は、上部で水平にすっぱりと切れ、あきらかに空母の甲板だ。しかも、二隻は双子のようにそっくりだった。
アメリカ最新鋭の空母二隻と、駆逐艦六隻からなる艦隊が、太平洋にその不気味な姿を現したのだ。
埠頭の海鳥たちが、いっせいに飛びたった……。
「「
四月二十日 月曜日
北緯三十三度三十三分 東経百四十二度二十七分
天候・晴天
波・平
敵空母二隻の補給地点と思しき海域に向かいつつ索敵五編隊にて敵の捜索をすれど手掛かりなし……
」」
航海日誌をチェックしたあと、空母翔鶴の作戦司令室で、おれは航空参謀の淵田から、索敵の報告を受けていた。
「……にしても、レンジャーも補給船も見つからないとはね」
「はい。まるで煙のように消えてしまいました」
「そんなはず、ないんだがなあ」
おれは首をかしげた。
アメリカ艦隊が逃げるのはわかる。彼らは数的にも不利だし、一隻は甲板に大きな傷を負っているから、おれたちとまともにぶつかって勝つ見込みはない。
しかし、ここまで見つからないのは、どういうわけだ。
どこへ雲隠れしたというんだろね……?
いくら太平洋が広くても、夜のうちに煙のように消えるなぞ、ありえない。
きっと、味方の索敵機が見落としているんだ。
「予定通り艦隊はX地点への急行を。索敵機はより精度をあげて繰り返し行ってくれ」
「わかりました」
「やつらの行先、どう思う?」
お茶を飲みながら、おれは草鹿に言う。
「東方面にはいない……となると、北でしょうか?」
「いや、北は千葉、仙台、盛岡、北海道、どこも基地からの索敵機でいっぱいだぞ」
「では南ですか?」
「まあね。おれもそう思うんだけどさ、でも、そうなるとやっかいだよな」
黙って聞いていた山口多聞も、あらためて海図を見てつぶやく。
「小笠原にも連絡しておきますか」
「そうだな、そのほうがいいかも」
「では大高を呼びましょう……」
山口が艦内電話に手をかけたところで、
「失礼します!」
と、噂をすればなんとやら。その通信員が飛びこんできた。
「お、大高くん、ちょうどよかった」
背の高い、髪を丸く刈り込んだ精悍な若者が敬礼する。
この男は大高勇治という元駆逐艦乗りだ。年齢もまだ三十三歳と若く、才気煥発で電波兵器など新しいものへの抵抗感もなかったため、この翔鶴に通信兵としてスカウトしたのだ。
「南雲長官、軍令部から緊急無電です」
「ん?」
あらためて見ると、顔色が悪い。
おれは悪い予感がした。
草鹿らと顔を見合わせる。
「読んでくれ」
「……陸軍パナマ機関より報あり。敵大型新造空母二隻および駆逐艦六隻が太平洋に向け出港せり」
「……え?」
おれは思わず咥えた海軍まんじゅうを落としそうになる。
「おい、今、なんてった?」
「空母二隻がパナマ湾を出た?!」
草鹿も血の気が引いて青ざめている。
しかし、おれはこの中の誰よりも衝撃を受けていた。
なぜなら、1942年4月のこの時点で、アメリカには空母がもう二隻しか残っておらず、それは今俺たちが追っているレンジャーとワスプのはずだったからだ。
「おい、諜報は以前の情報を繰り返しているんじゃないのか? パナマを超えたのは、レンジャーとワスプだろ!」
山口がどなる。
大高はなんと言っていいかわからず、ただうろたえている。
おれはまだ、考えていた。
たしかに史実では、この時点で残るアメリカ空母はあの二隻だけのはずだった。
でも、もしも歴史がおれの転生で変わり、真珠湾とそのあとの攻撃で三隻の太平洋空母艦隊を失っていたとしたら、アメリカは他の兵器生産をあとにまわしてでも、空母の新造に全力をあげるんじゃないか。
もしそうなら、この数か月で、彼らがあらたな空母二隻を完成させていたとしても……。
(……そうか、ぜんぜんありえるよな)
おれは唇を噛んだ。
「大きさは?」
「大型と書いてあります」
「じゃあ護衛空母じゃない……とすると」
おれは生前の知識を総動員して、この事態を推理した。
「……エセックスだ!」
おれの記憶によれば、はじめてのエセックス級空母は、1942年の暮れあたりに就航しているはずで、それだと約八か月も早まったことになる。
「さすがはアメリカですな。しかも二隻同時なら、すぐにでも空母戦に対応できる」
山口が敵もあっぱれ、という顔になる。
たしかにその通りで、二隻あればいざという時に発着を同時に行えるため、運用が圧倒的に有利になるのだ。
だが、おれにはもうひとつ、引っかかることがあった。
「駆逐艦六隻だと言ったか?」
「はい、六隻です」
と、大高。
「おかしいぞ。妙に多い気がする。もちろん不自然ってほどじゃないけど、なにかまだあるかもしれん」
「そうですか? 二隻の空母を円形陣でぐるっと取り囲む気かもしれませんよ。それならどの方向へ風が吹いても、方向転換して航空機の離着陸がやれる……」
「それにしても真珠湾だってあるんだぞ。そこで重巡なんかが増援につけば、もっと大艦隊になる。空母は本当に二隻なのか?」
「……」
どっちにしても、なにか匂う。
「このままじゃまずいぞ。レンジャーとワスプをやったとしても、その直後に大型が二隻くるなら、こっちは弾切れ燃料切れだ。数的優位もくずれる」
「どうしますか。引き返しますか」
「いや……」
おれは考えた。しばらくして、顔を上げる。
「草鹿」
「はい」
「軍令部にこういってくれ。おれたちは先にレンジャーとワスプをやる。しかし十日後にはその二隻がやってきて、大決戦になるから、現在インド洋にいるおれの全艦隊をトラックに集結させてほしいとな」
「おお」
これじゃあまるでミッドウェーだ。
おれはふと思いついてつけ加える。
「それとな、山本長官にはこう別電で言っといてくれ。大和はいらんから、アンタはおとなしく待ってなさい」
「ええええ!」
「ふん、あんなもの、つぶして軽空母十隻にしろ」
いつもお読みいただきありがとうございます。エセックス級は第二次世界大戦のときに二十隻以上も就航された、まさにザ・アメリカ空母ですね。壊された空母の名前を引き継いだりして、ヤンキー魂を感じます(笑) 感想やブックマークありがとうございます。とても励みになっております。




