プランBが凄すぎる
●37 プランBが凄すぎる
「よしわかった。話し方を変えよう。どうもおれって無駄話が好きでね。この時代の軍人にはわかりづらい」
「はあ……」
困った表情をしている二人を尻目に、草鹿と山口はニヤニヤして笑っている。なんだよ、おまえらその余裕……。
「草鹿くん」
「は、はい」
「おれの言いたいことが、わかるよな」
「え、ええ」
草鹿がうなずき、咳ばらいを一つする。
「つまり、こういうことですよね。……できるだけ、ひきつけて敵航空機を撃ち落とす」
「おお、わかってるじゃないか」
「しかし、万一撃ち漏らすと、こっちにも甚大な被害がでますよ。なにかその場合の手はあるんですか」
山口にはめずらしく、慎重な意見だ。
「いいや、ヤマトダマシイで撃ち落とす」
「ご、ご冗談を」
山口が笑う。こいつも成長したもんだよな。
「まあ、冗談だ。山口の言う通り、いくら性能抜群の電波兵器を装備していても、魚雷一本で大損害だからな。そこでだ、今回の作戦はこれでいく」
おれは太平洋の真ん中に、右に長い直角三角形を描いた。
「おれたちはまんまと敵の策略にはまり、敵より北の位置にいる。つまりこの直角三角形の上の頂点がおれたちの場所、直角のところが敵、そして右の先端が目指す地点だ」
「そこにはなにが?」
「おそらく敵の補給船……といいたいところだが、それはまだわからない。しかし敵はこの地点より南に補給船を配置することはないと思うんだ。なぜって、南にいけば硫黄島があるからな」
「……あ」
「おまけに敵は補給できるか燃費が不安だから、それほど全速は出せない。となれば、おれたちが全速でこの地点にむかえば、補給船に遭遇できなくても、どこかで敵を先回りすることになる」
「なあるほど」
「逃げる敵の先を封じる。これが大事なんだ。そうすれば彼らは立ちふさがる敵を叩かざるを得ない。だって逃げても南に硫黄島、北には本土」
「たしかにそうですな。でもそれが必勝法ですか?」
山口、お前いつからそんなに偉くなったんだよ。お父さんうれしいよ……。
「まあ待て。もうひとつある。おれらの進路は、ハワイだ」
おれは直角三角形の右の頂点から、ハワイへの矢印を書いた。
「ど、どうする気ですか!?」
みんなが驚いておれの顔を見つめる。
「どうもしないよ」
「で、でもっ!」
しばらくただ茫然と話を聞いていた阿妻が、顔を青くしておれを見る。おれは新顔二人に、にっこりと笑ってやった。
「どうもせず、ただハワイ方面に後退するのさ。そうすれば艦隊どうしは距離をたもったまま駆逐艦の魚雷にも、艦砲射撃にもさらされない。そのうえで、航空決戦をいどみ、撃ち落とす。戦闘で消耗した艦攻などは硫黄島で補給すれば、物量作戦でおれたちの勝ちだ」
おれは三角形の南二百キロ、硫黄島に丸をつけた。
そのころ、ハワイにある太平洋艦隊司令室では、空母を離艦したB25が、どうやら全滅したのではないか、という悲観的な判断をしつつあった。
なぜなら東京湾近海には常に諜報活動をしている米潜水艦がいて、日本本土のようすや上空を通過する航空機、付近の海域を通過する船舶などの情報を本土に送り続けているのだが、それによれば、本土まで達することができたB25はどうやら二機。そこから中国大陸にたどりついた機もなく、また日本海近海への不時着情報もない。
つまり、その二機は撃墜されてしまった可能性が高いわけで、空襲が成功した可能性は限りなく低いと考えざるを得なかった。
また、その分析はすぐにニミッツからワシントンにも伝えられ、また、現場海域から撤退中の空母ワスプの作戦司令長官マッカーサーにも伝えられることになった……。
朝になった。
今は四月の下旬だから、午前六時にはもうすっかり晴れて、海のうねりが美しい。風は強く、その証拠に、甲板でいそがしく整備をする兵士たちはみな、ズボンの裾をはげしくはためかせていた。
司令室から海を見下ろすマッカーサーは表情を変えず、すでに次の作戦の点検に余念がない。
「ハルゼーは予定通りかな? マクルリー」
「はい。予定通り出航したと聞いております」
「それは結構だ。リーブ君」
「はい」と、艦長のリーヴが答える。
「この艦の燃料はどのくらい持つかね?」
リーヴは時計を見、軽く計算をするそぶりを見せた。この優秀な艦長の頭脳には、いつも艦隊の残り燃料が頭に入っているに違いない、とマッカーサー副官のジョン・D・マクルリーは思った。
「十五ノットで航行すれば、四千マイル……なんとかハワイまでは補給せずに帰れますが、おそらく日本軍がゆるさないでしょう」
「こちらも彼らの追撃を単に許すつもりはない。全速なら、どのくらい走れるかね」
「その半分……二千マイルですね」
「ならば予定通りだ。このままでよい。補給船も作戦通りだな?」
「はい。ご指示の場所に待たせてあります」
「新造船団は?」
「すでにパナマを通過しました」
マッカーサーが満足そうにうなずく。
「あと十日間がわれわれのプランBだ。目いっぱい引きつけ、そして、こんどこそ、ナグモを叩き潰してやる。やつの神通力と運も、どうやらこれまでだな」
マッカーサーは自分に言い聞かせるように、言った。
そして、あの日、ニミッツとやった作戦会議のようすを思いだしていた。
「プランB……ですか?」
ニミッツがマッカーサーの言葉に首をかしげる。
「空襲に失敗したら、引き上げるしかないと思いますが」
「いや、さっきも言ったように、ナグモは非常に変わった男だった。私も真珠湾以降の海戦をつぶさに調べたが、あまりにも先が読めすぎている。この作戦にしても必ず成功するとは限らない。しかしヤツも人間だ。万一この作戦を阻止するようなことがあれば、かならず慢心するはず」
「なるほど」
「そこで、先ほどの潜水艦隊の話だ」
「ほう……」
ニミッツは身体をのりだした。
さっきはニミッツの得意な、潜水艦隊構想に賛成をしてもらったところだ。
なんだ、この人なかなか話せるじゃないか。
「ドーリットルが失敗するときは、すでにナグモ艦隊がこちらの空母に気づいて攻撃しているということだ。だからプランBは、ナグモを追撃におびき寄せて、一気に殲滅する」
「ほう、それで潜水艦隊ですか? しかし、うまくいきますかね。潜水艦攻撃は隠密行動が要諦で、艦隊決戦には向かないですよ」
「ではアレならどうだ?」
「え? ……あ、あれですか?」
ニミッツが窓の外を見る。
「たしかにありますが……出航はあと二週間はかかります」
「かまわん。それに、まだある」
「?」
「今から私がワシントンに駆けあって、間に合わせるものがあるのだ」
いつもお読みいただきありがとうございます。ここまで全部を読んでいただいている方はそうおられないと思うのですが、第一章のあたりでのちょっとした伏線を回収したいと思います。感想、ブクマ、大変励みになっております。ありがとうございます。




