B25三番機の墓穴
●35 B25三番機の墓穴
(反撃だと?)
山鹿は現在滑走路にいる連中の素性を思いだした。
彼らは千葉陸軍防空学校の生徒たちだった。
生徒と言っても、一般の学校とは違う。
陸軍生え抜きの優秀な尉佐官らが、数か月から一年程度の期間で、専門知識や技術を身につけるための、特殊学校だ。
彼らは人手のすくない航空基地のために、この作戦期間中、近所のよしみで派遣されていたのだ。
もともとが勇敢な連中で、しかも防空学校備品の一式戦闘機や、十二・七粍機関砲、十二粍高射砲二門なども持参で来ている。よく考えたら、この期に及んで、逃げ出す連中じゃあなかった!
山鹿はにやりと笑う。
「ナイスだ。やってくれ!」
まもなく、高射砲の発射音が鳴りはじめた。
暗闇の中、十名ほどの生徒たちが、滑走路わきの一式戦闘機へと走る。
非常時に即応できるよう、いつも準備してあるのだ。
だが、敵機はすぐにも迫ってくる。
「くそっ!離陸がまにあわん」
「おい!このまま機関砲だけ撃とう。機体を回せ!」
生徒の一人が一式戦に乗りこむ。
他の生徒があわてて弾丸ベルトをセットする。
操縦席の生徒が、夜空を見あげる
はっきりとは見えないが、うっすらはりつめた雲の白みに、両翼をのばした黒い機影がうかぶ。
双発のプロペラ音もはっきり聞こえている。
残りの生徒たちが、そのB25にあわせるように、機体を回した。
さっきは管制棟を機銃掃射したが、こんどはやや高い進路で近づいてくる。
その姿勢を見て、脳裏にひらめく。
(滑走路を爆撃するつもりだ!)
照準もくそもない。上空への角度が一定なので、勝負は一瞬だ。
地上から敵機を撃つときは、すこし先を 狙え……。
教官の言葉を思い出しつつ、引き金をひく。
ガガガガガガガガ!
相手は高空だから、手ごたえはなかった。
「だめだ。これじゃ埒が明かん!」
滑走路の反対側では、高射砲も火を噴いているが、近すぎて有効な射撃にはならないようだ。
爆撃機がさらに迫る。
ぐいっと機首を上げたかと思うと、どてっぱらに爆弾投下口が見える。
B25は、十字に交差する滑走路の中央部分に爆弾を投下した。
グアアアアアアアアァァァァァンンン!!
並んだ数機の一式戦がその衝撃で浮き上がる。
彼らがいる場所からは三百メートルはゆうに離れているにもかかわらず、強烈な爆風が襲いかかり、砂煙で目が見えなくなる。その直後には雨のように土や石が降りそそぐ。
生徒たちは地に伏せて必死に耐えた。
「くそおおおおおお!」
耳が聞こえない。
目をこすり、無理やり見あげると、爆弾を投下して飛び去るかと思われたB25が、北の空で旋回している。
舞い戻ってくる!
のろのろと、誰かが立ち上がる。
「ちくしょう! おい、あれを外そう」
数名の生徒が、別の一式戦から機関砲を外しはじめた。
二人がかりで地面に降ろす。
鉄蓋をあけ、弾丸ベルトを上から入れ、蓋を閉じる。
「おいおい、大丈夫か!」
「うるさい! おまえら、そっちを持て」
「バカ、持てるかよ」
「おい、胴はもつな。銃身を持て」
「火傷するぞ」
「服を巻け!」
三十キロもある機関砲だから簡単には持ち上げることはできない。
地面に置いた状態から銃身を持ち上げ、銃の下に一人が自分の身体をいれて、手動操縦棹を数人がかりで支える。発射ワイヤーは別の手だ。
「よし狙え!」
こちらはB25の機内である。
爆弾を投下して、すでに滑走路は破壊した。
機銃掃射でいくつかの建物もやったし、何機かの飛行機も破壊できたはず。
もう次へと駒をすすめてもよかった。そもそもの目標である軍事施設はここじゃない。
だが……。
「おい!オック!しっかりしろ!……オック!」
後ろで副操縦士のマンチが席を離れて、航空士のオックを介抱していた。爆弾を投下するために滑走路を横ぎった時、下からの射撃で一発の弾丸がB25の胴体に命中し、それがオックの右肺を抉ったのだ。
「マンチ、オックはどうだ?」
グレイの問いかけに、マンチは一拍おいて答える。
「よくありません」
グレイの気が変わった。
「もういちど旋回だ。……ジャップを痛い目にあわせてやる!」
もはや人格者ではない、むき出しのアメリカ軍人が牙を見せていた。
やつらの場所はわかっているんだ。
十字の形の滑走路の、南東の空地に戦闘機がいくつか置かれてあった。
爆撃のための態勢に入る一瞬、そのあたりから曳光弾がこちらに飛ぶのが見えた。
オックは、運悪くそれが当たってしまった。
滑走を挟んで南西空地からの高角砲も邪魔だ。
だから、あの中間あたりにもう一発爆弾を落とせば、両方のやつらを葬ることが出来る。
「爆撃を用意しろ!」
一式戦に乗りこんだ生徒は、ふり向いて北の空を睨んだ。
旋回したB25が、ふたたびこちらに向かってくる。
(狙いはきっと、俺たちだ!)
彼らは本能的にそれを悟った。
今の爆弾に直撃されたら、まちがいなく死ぬ。
六階建てのビルを吹き飛ばす威力があると、防空学校で習ったばかりの五百ポンド爆弾だ。
早く撃たないと……。
一式戦はいま、敵に後ろを向いている。
「おい、早くこいつをまわせ!」
みんなで一式戦を回し、ふたたび狙いをつけようとするが、今度はあきらかに高度があわない。B25は着陸した航空機の仰角よりも、はるかに上を飛来してくる。
「くそ!だめだ。俺もはずす」
機関砲を外そうとするが、ラッチが固まってうまくいかない。
仕方なく操縦席から飛び降り、はずした機関砲で攻撃しようとする一団にくわわる。
ドンドンドンドン!
滑走路反対側の高射砲も、北へと向きを変えて撃ち始めた。
全員で機関砲の狙いをつける。
「撃てえええええええええええ!」
ガガガガ、ガガガ、ガガガガガ、ガガガガガ!
ベルトがものすごい勢いで走り、十二・七粍の弾丸が発射されていく。
激しい振動と硝煙の煙、そして吹き上がる熱。
生徒たちは必死で銃身を抑える。
狙いはむちゃくちゃだが、相手はでかい飛行機だ。
当たってもおかしくない。
ガガガガ、ガガガガガ……!
「ああああああああああ!」
下でささえる生徒が大声をあげる。振動と重量が肋骨にひびき、痛みが全身を走る。
B25の腹に、夜目にも不気味な投下口がふたたび見える。
「あああああああああ!」
「あたれええええええ!」
「うおおおおおおおお!」
高射砲が火を噴く。
ドンドンド……。
ドカ――――――ン!
前方上空で爆発がおこり、数秒してぐあっと熱い爆風と鉄の破片が地上を襲う。
一瞬、なにがおこったのかわからない。
脳裏に、一瞬前の映像がよみがえり、フラシュバックする。
せまりくる巨大な敵爆撃機。
高射砲の発射音。
矢のような曳光と、爆発……。
そうか、高射砲が直撃したんだ!
バガシャアアアアアアアアン!
彼らがそれをようやく理解したとき、B25三番機は操縦席を破壊され、さっき自分たちが開けた大穴に、自ら落下したのだった。
更新、お待たせいたしました。お待たせしすぎたかもしれません。本文中、「ナイスだ」という山鹿のセリフは、とある戦争記録からひっぱってみました。現代的な表現ですが、ちゃんと当時からあったんですね。ナイスですね~。(村西監督リスペクト調) ◆感想とブクマ モチベください




