反撃しても、いいですか?
●34 反撃しても、いいですか?
三番機は最初の二機よりもかなり南方へ迂回して本土へと到達するコースをとっていた。そのため、もしも高橋機が追いついたとしても、このロバート・M・グレイ中尉を機長とする三番機には、遭遇できなかったかもしれない。
ただ、グレイ中尉もまた、房総半島を東から西へと横断するコースを指示されていた。なぜなら、彼らの空爆は、あくまでも奇襲を前提にしたものであり、その場合、東京湾を警戒艇が埋め尽くす北上のコースよりは、レーダーにもかからない超低空飛行で千葉県の陸上を横ぎる方が、まだ安全だと思われたからだ。
そう、よもや南雲ら帝国軍がこれを予想し、待ちかまえている状態で突入することになろうとは、夢にも思わなかったのである。
「もうすぐ房総半島だなチャールズ、目標にはしっかり誘導してくれよ」
B25の操縦かんを握るグレイが、後ろの無線室で地図をいじくる航空士のチャールズ・オックに言った。
「サイタマケン、カワグチシ、ニホンディーゼル工業……え~と」
少し子供っぽい風体のオックは、地図をのぞきこんで、鉛筆でラインを引きながら、ぶつぶつ言っている。
「おい、大丈夫かよ!」
そう笑ったのは、副操縦士のマンチだ。
オックはあわててとりつくろう。
「だ、大丈夫ですよ。カワグチは東京のすぐ北ですからね、このコースであってます! ちょっと名前が読みにくかっただけです!」
「うん、日本語は読みにくいからな」
グレイが大人っぽくフォローを入れる。この機長もまた、人格者として人望があった。
「そのサイタマを爆撃してから、南下して東京をやるんだっけオック?」
「あ、いえ、そこからアカバネの陸軍造兵廠、武器庫、それから東京です」
「おお、フルコースだな」
と、マンチ。
「いいさ、たっぷりやってやろう。やつらがしかけた戦争だ」
グレイはニヒルに笑った。
しばらく飛行すると、房総半島が見えてきた。
B25はもちろん低空飛行だから、彼らは二番機の惨劇を知るよしもない。だが、海岸から市街地を越え、外房線の線路をまたいで森にさしかかったところで、異変に気がついた。
照明弾、サーチライト、往来する航空機……。
「なんだあれは!」
グレイは速度を落とし、手前で旋回する。
幸い、敵には見つからなかったようだ。
あんなところを突破できるわけがない。
東京へさしかかる周辺の数キロに、まるで航空ショーみたいに飛行機が飛び交っている。
あいつらバカなのか? 今は夜だぞ?
それともここにはよほどたくさんの航空基地があって、お祭りでもやってるってのか?
「どうやら、こっちの攻撃がばれたようですね」
マンチが低いトーンで言う。
「そうなるな……東京湾は危険だろう。だがこっちの森もダメだめだとすると……もっと北はどうだ?」
右の方を指さすグレイを見て、オックが地図を確かめる。
「カスミガウラ?」
「ああ、いったん海岸にもどり、そこから北上し、その湖を横ぎってサイタマに入る」
「でも、あのようすじゃあ海上にも、警戒艇や駆逐艦が出てるんじゃないですか?」
首をかしげる副操縦士の言葉に、グレイがうなずく。
「その通りだ。だから、海に出る手前を北にぬける」
「なるほど! ではこのあたりですかね……アサヒ……カトリ?」
オックが方角を決め、その通りに飛行路を変更する。あまりうろうろしていては発見されてしまうが、この程度なら大丈夫だろう。
グレイは低空飛行のまま、九十九里浜の手前を旋回した……。
ここは帝国海軍、香取航空基地である。
1939年から本格的に建設が始まり、つい先日完成した新進の航空基地だ。千五百メートルほどの長い滑走路が二本、十文字に交差しており、進入路が重ならないため、うまくやれば二機の同時離発着が可能で、あらゆる航空作戦に対応する。東京からも近く、配備された兵員たちの意気は軒昂だった。
管制塔は敵襲をさけるためにそれほど高くはないが、八角形の木造二階建てだ。
高さで言えば、空母の艦橋と同じくらいはあった。
その二階に管制官の山鹿少佐がいた。
彼はこの春に横須賀海軍航空隊の司令部から、この香取の管制へと転属を命ぜられ、赴任したばかりだった。
(それにしても、今回は特殊な任務だ)
山鹿は時計をにらみながら、そう思った。
なんでも、航空機を使用した本土への攻撃があるらしく、千葉県周辺のすべての航空基地を使った、緻密な訓練と準備が何日にもわたって行われ、数日前からは本格的な警戒飛行が行われている。
それぞれの基地の航空機が、まるで巡礼するように、行き来をくりかえしているのだ。
やがて、時計が決められた時刻をさした。
山鹿は電話を取りあげ、呼び鈴を押す。
滑走路で待つ兵士がそれに出る。
「松明をともせ!」
「はっ」
滑走路に目をやると、兵士が出てきて、手を上げて合図を出した。
すると、滑走路にずらりと並んだ兵士がたちが、防風ランプから火を転じ、滑走路に点々と置かれた松明を灯しはじめた。同時にアーク灯が炊かれ、滑走路があざやかに浮かび上がる。
山鹿は耳をすませた。
南西の空から飛行機の音がしてきたのだ。次の編隊もまた、ここで一度降り、十五分ののちにまた離陸する手はずだった。
夜目にも明るく照らされた十字の滑走路を見て、山鹿は満足そうにうなづく。
突然、地上に大きな十字架がうかびあがった。
「オーマイガ!」
B25三番機のグレイ機長は、一瞬なにかわからなかった。
なんだあれは?
滑走路だ!……てことは、ここは飛行場か?
「気をつけろ!」
「な、なんでしょう?」
「まさか、降りろと?」
「冗談だろ」
乗員もそれぞれに首をのばして眼下の滑走路を見ている。
グレイは操縦かんを握ったまま、どうすべきか迷った。
あれが軍事施設なら、爆撃すべきだ。しかし民間のものなら爆弾が惜しい。今回は軍事施設が目標なのだ。
もう少し近づけば、あの隅に並んでいる飛行機が、軍用か判断がつくかもしれない。それに、どのみち、いますぐ爆撃は無理だ。もう一度旋回してやり直す必要がある。
(よし、まずは機銃掃射で威嚇してやろう。低空ではなにもできまい)
「一度旋回して攻撃する。総員配置につけ。アデン、爆弾投下も用意しろ!」
「イエッサー!」
爆撃手が下に降りていく。
グレイは建物やそれらしいものを探した。
できるだけ、高角砲を狙いたい。
あれが軍事基地なら、砲撃も覚悟しなければいけないからだ。
機銃のレバーに手をかける。
「いくぞ!」
山鹿は目を凝らした。
「まてよ……?」
味方の編隊にしてはまだ時間がある。
しかも、よく見れば、たった一機だ。
それも、双発の大型機……。
(双発の大型機!?)
山鹿が目を見開いた。
もちろん、かねてからの作戦説明でB25の機影は熟知している。
「て、敵機来襲~っ!」
そう叫んだとき、すでにB25は高度を下げ、こちらへの攻撃態勢に入っていた。
味方の着陸態勢とは、あきらかに異なる進路で、旋回しながら接近してくる。
「ふ、伏せろ!」
ガガガガガガガガガ!
「通信兵、本部へ連絡しろ!」
通信員がいそいで司令部に連絡をする。
『こちら香取飛行場、B25一機に攻撃さる!』
ガガガガガガガガガ!
バシバシバシバシ!
機銃掃射に、木造の建物は紙のようなものだ。
銃弾は壁や屋根を貫通して床を抜いた。
必死の思いで電話を掴む。
呼び鈴を押す。
滑走路の兵士もさぞ驚いているだろう。しかし、退避を命ずるのは自分の役目であり、責任なのだ。
「は、はい!」
滑走路の通話機に兵士が出た。
山鹿が叫ぶ。
「敵襲!退避せよ」
「いえ、反撃します」
「なに?」
香取飛行場やそれぞれの基地にも武勇伝があって、ここは夜襲機月光の基地だったこともあるようです。太平洋戦争のおもしろい話って、意外に末期に多いのですね 感想・ブックマーク ありがとうございます。ぼくの好物です。。。




