帝都空襲防衛作戦
●31 帝都空襲防衛作戦
「高橋が一機を撃墜しました!」
淵田航空参謀が報告をあげると、艦橋に歓声が沸いた。
「さすがは新型エンジン機ですな!」
山口が嬉しそうに言う。
おれは手を上げて、騒ぎをやめさせる。
「みんな静まれ。全部で何機いるかが問題だ。なにかわからないか」
「伊號潜水艦隊より報告がありました!複数の飛行音を認む!」
通信士がメモを読み上げる。
「どういうことだ?」
草鹿が急いで通信記録を確認する。
「え~と、潜水艦の報告によるとですね、1923(ヒトキュウフタサン)から数分おきに低空飛行の大型機が四機通過し、たったいま、つまり四機目から二十二分後に小型機が通過したとのことです」
なるほどね……。
これは五百キロの海域で待機させた潜水艦隊による音聴情報なのだ。それが大型機四機の通過を認め、その二十二分後に、一機の小型機音を聴いたのだという。
「めもめも……」
ああ、電卓がほしい……。
おれは筆算で計算しながら、必死に頭を働かせた。
最後の小型機は高橋で間違いない。で、そのB25と高橋機の間隔が二十二分ってことは、相手が時速三百キロなら百十キロ前方にいるってことで……。
B25と高橋機の速度差が百キロなら、追いつくのに一時間と少しかかるはず。
そこから空戦をしかければ、もしかするとその一機は撃墜できるかもしれないが、さらに時間のロスが発生するから、次はもう追いつけないだろう。
「おい!二時間以内に本土にB25の空襲がいくぞ!すくなくとも三機、もしかすると四機だ。参謀本部にすぐ無電を打て!」
「はっ!」
B25は巡航速度を守らないと中国の基地にはつけないから、追う方が有利。しかし問題は弾数……。
「高橋機に残り弾数を訊いてくれ」
しばらくして、無電が帰ってくる。
「十秒だそうです」
「ひえー、わかんねえな」
南雲ッちの記憶でも、それが多いのか少ないのか、よくわからない。
「当たれば十分ですがね。空戦は水物ですから」
山口も首をかしげている。
「他の戦闘機はどうしてる?」
「もちろん追っていますよ。こっちは本土のどこにでも降りられますから、燃料がきれるまで飛べます」
「あと一機やっても、残り三機か……」
大丈夫かな、あの人たち。
おれの言ったように、ちゃんとやってんのか?
こちらは東京麹町の海軍省である。
その一室、参謀本部には嶋田海軍大臣、永野軍令部総長、そして太平洋連合艦隊司令長官山本五十六らが、刻一刻と入電してくる南雲艦隊からの報告を分析していた。
いつもはがらんとして、だだっ広いこの本部室にも、今は多くの係員がつめかけ、いそがしく立ち働いている。いわば、B25空襲対策本部だ。もちろん、海軍だけではない。陸軍から派遣された将校もいるし、新宿の陸軍省にも、直接電話がつなげられていた。
若い通信官が、空母翔鶴からの電文を読みあげている。
「敵空母への爆撃は成功せしも、B25数機の離艦を確認。そののち、潜水艦隊の音聴によりて敵爆撃機は五機と判明し、これを追撃にて一機撃墜、残り四機は現在にても追跡中なり」
別のメモをとりあげる。
「南雲司令官よりの追伸」
嶋田、永野、山本らが耳をそばだてている。
「したがって本土には、三ないし四機が超低空飛行にて向かうと思われる。攻撃目標は機数からして東京と横浜の各工廠。かねて準備の通り、対処あるべし」
「かねて、準備の通りにせよ、ですな」
「ふむ、四機なら問題ないでしょう」
山本ら三人は、南雲が出発前に開いた、会議の席を思い出していた……。
「もしも離艦してしまったときのために、本土でも防衛を鉄壁にしておく必要があります」
出発の前、軍令部の応接室で、南雲が言った。まわりでは、嶋田、永野、山本が応接セットのソファに腰を降ろしている。
「それはそうだが、時間、侵入経路、高度、すべてが不明なままでは、対策がむずかしいんじゃないか? それに、これは陸軍さんの仕事だぞ」
そういう山本に、嶋田や永野もうなずいた。
海の戦いは海軍だが、それを超えて本土に侵入されたら、それは陸軍の縄ばりだ。
「もちろんそうですが、この迎撃作戦には連携が重要です。それに、おれにはアメリカ軍の動きが読めます」
「ほう?」
永野総長がするどい目になる。
「どのように読めるのだね?」
「はい。まず、B25は超低空飛行でやってくるでしょう」
「なぜわかるんだ」
南雲の自信たっぷりの言葉に、思わず山本が笑う。
「それは史実……ではなくですね、必然ですよ山本長官」
「必然……」
「ええ、そうです。第一に、まず彼らは隠密行動しないといけない。制空は無理で爆撃機だけの編隊だから、こちらの警戒管制にも電探にもかかるわけにはいかない。つまり低空飛行しかない」
「……」
「第二に、B25にはそれほど多くの爆弾が積めません。それでなくても長距離航行だから、重量をできるだけ減らさないといけないからです。そうするとせいぜい爆弾は五発まで。有効な軍事施設をやるには一機がひとつを担当することになる。つまり、低空飛行からの目視爆撃、これしかない」
三人は言われて見ればその通りだと、思う。それに、南雲がこれほど自信たっぷりに言うのなら、きっと今回もそうなるような気がする。
南雲は、人懐こい笑顔になって続けた。
「さらに機数が限られるなら、目標は軍事施設だけです。さすがに民間施設や、畏れ多い宮殿には手をのばしますまい。なんといっても国際社会も注目する、日本本土への初空襲ですからね」
「そうだといいがね……」
一抹の不安を覚えながら、嶋田大臣が髭に手をやった。
もしも宮城になにかあったら、ここにいる全員が切腹ものだ……。
「で、時間は?」
「おそらく夜でしょうな。なにしろ隠密ですから」
「ふうむ」
三人は考え込む。低空飛行、夜間、そのうえ、もしも雨が降ったら、はたしてわれわれは防衛できるのだろうか?
その考えを読んだように、南雲がうなずいた。
「大丈夫ですよ。敵が夜間、しかも低空飛行とわかっていれば、それなりに対抗する手段はあります。まず第一、防空気球が有効。第二、電探は海上だけに集中。第三、警戒機も海上索敵だけに集中し、かつ吊光照明弾で警戒する。……ねえ長官」
とつぜん話をふられて、山本が目を上げる。
「ん、なんだい?」
「……あれって、たしかパラシュートでゆっくり落下するんでしたよね。しかもマグネシウムだから海上でも燃えてくれる。時間も三分四十秒ほど持つのでしたっけ?」
「あんた、くわしいね」
山本はあきれて口をぽかんと開けた。
「いったい、君という人間は、どうしてそういう軍事機密に近い内容を、いつもいつも知ってるんだい?」
「まあまあ」
南雲はわらって続ける。
「おれが言いたいのは、そういう吊光弾があるので、哨戒艇一隻につき二十発も落とせば、一時間は照らせるってことですよ」
「……」
昏い海上を何発もの照明弾が、昼間のように照らしている情景が山本の脳裏に浮かぶ。
嶋田が口を開いた。
「防空気球と言ったね? それならもうやっておるぞ……」
永野総長もうなずく。
「帝都では毎日のように場所を変えて、ワイヤーにつながれた気球を上げている。もちろん敵機の侵入を妨害するためだ。それは君もしっているだろう」
「ええ、もちろん。ですがあれは街の真ん中ですよね」
「もちろん、そうだが」
「おれに腹案があるんです」
南雲は自信たっぷりにうなずいた……。
「陸軍さん」
嶋田大臣が浅見淳という、陸軍の連絡官に声をかけた。
もちろん名前は見知っていたが、嶋田はなぜか、彼のことをいつも陸軍さん、と呼んでいる。
「は! なんでありましょうか」
「大本営に空襲警報を進言してはどうか」
「空襲警報で、ありますか。ご存じのように、さきほど警戒警報は発令しましたが、もう、空襲警報でしょうか?」
空襲警報は敵機の来襲を現に確認した場合、となっており、発令されると、市民は防空壕への退避をしなければならなかった。
「南雲によれば、すくなくとも三機の来襲はまちがいないようだ。そうだとわかっておるなら、空襲も発令したほうがよい」
「わかりました」
浅見が直通電話にむかう。
嶋田は永野、山本と顔を見合わせた。
「……いよいよ、ですな」
いつもお読みいただきありがとうございます。以前、テレビでお婆さんが警戒警報と空襲警報のちがいについてお話をされていました。そのとき防空気球についてもお話されていたような気がします。本土防衛の技術も、いろいろあったのですね。




