三十ミリ機銃、やれんのか
●28 三十ミリ機銃、やれんのか
夕闇の迫る群青の空を急上昇しながらも、板谷は状況を抜け目なく確認している。
数キロという非常に近い間隔で、二隻の空母が航行しているのは、やはり囮と護衛をかねて、少しでもB25の発艦を助けるためか。周辺の空域を鳥のように舞うF4Fは、むろんB25を搭載した空母の上空を集中して旋回している。
かん高いうなりをあげるエンジン音を聞きながら、高度計を確認する。もうすぐ五千だ。しかしまだまだ順調に吹き上がっていく。板谷はさっきの遭遇戦を思いだした。
相手の戦闘機は、こちらを発見したのち、二機と三機にわかれ、高空からの一射離脱戦法をとってきた。いくたの空戦を経て、ゼロ戦の格闘能力を思い知ったアメリカ軍は、もはや過去のような、宙返りをくりかえす空中戦にはのってこなかった。あれがたぶん、彼らの導きだした、格闘能力の劣るF4Fでわれわれと戦うための戦術なんだ……。
となれば、この機の戦法もそれしかない。
五百キロもの重量が増えたうえ、重い機銃を両翼からぶらさげて旋回能力を削られたこの機の戦法は、高空からの急降下による一射離脱だ。
板谷は右翼にちらりと目をやる。
そのわずかな遭遇戦で受けた相手からの一射で、板谷機の右翼を二発の弾丸が撃ちぬいていた。しかし燃料は漏れていない。あらたに翼の内部タンクに装備されたゴムの被膜のおかげかもしれない。弾丸が抜けた後をぴたりと合わさり、燃料漏れを防ぐという、中島飛行機の工夫なのだ。
さらに言うならば、板谷の放った恐るべき三十粍機銃の一射が、F4F一機の真正面に命中し、見事エンジンを吹き飛ばして空中分解させていた。
(あたれば、ぶっ壊せる!)
回転性能をほぼ犠牲にして獲得した武力は、それに見合うだけの強烈無比な攻撃力だったのだ。
よし、もう、そろそろいいだろう。
ダイブレーキをかけ、操縦かんを倒して頭をさげる。
飛行機がほぼ四十五度の角度で下に向き、視界が下界へと切りかわる。暗くなりはじめた海が広がり、そこにはいくつかの敵艦隊と、あたりを舞う護衛機が見えていた。
高度五千。もはや空母ですら木葉よりも小さい。
エンジンを吹かし、失速しないように気をつけながら、獲物を探す。あたりを舞う敵の航空機は数にしておよそ三十。ほとんどがF4Fだ。板谷機を攻撃しようと旋回しながら上昇してくる。
はるか下の視界のすみに、味方爆撃機の到着を見つけた。
二機の零式戦闘機も無事のようだ。
そして、その後方には、追跡をはじめる二機のF4F……。
よし、あいつをやってろう。
やって、そのまま錐もみをしてB25の甲板に機銃掃射だ。
寡兵を取り巻く多くの敵。もちろん不利には違いないが、板谷ほどの猛者ともなれば、事情は違ってくる。どこを撃っても敵だから、同士討ちの心配もないし、こっちは好き勝手に暴れられる。機銃だって、敵があれだけいれば、どれかにはあたるもんだ。
板谷は急降下しながら、複数の獲物に狙いをさだめた。敵の進行方向と速度を本能的にとらえて、コースを先読みする。その先に空母の甲板をにらんで、もしも離艦するB25がいれば、そいつもこの機銃でぶっ壊す。
駆逐艦からの高角砲撃が雨あられとやってくる。
ふん、んなもの、知ったことか。
F4Fの進路と降下の角度をあわせる。
「いけえええええ!」
板谷は左側面の発射レバーの安全装置をはずし、ぐいっと押しこんだ。
ドガガガガガガガガン!
機体が激しく振動する。一連の発射で少し速度が落ちて失速気味になることを、板谷は試験飛行で覚えていた。
一機のF4Fがバッ!と破片をまき散らす。
そのままフラップを使って右へ横転、そこから方向をたてなおし、空母の甲板へ……。
「うわあ、重い重い重い」
重い重いと口走りながら、それでも必死に操縦かんを引き上げる。ゆっくりと、機体が持ち上がってくる。
「あがれあがれ!」
スロットルを全開にして出力をあげる。水平飛行になる。降下速度もくわわって、ものすごいスピードだ。六百キロはでてるんじゃないか?
空母の正面から叩いてやる!
敵の空母では、あらたなB25が離艦しようと、甲板を走りだした。
「させるかああああああああ」
ドガドガガ、ドガガガガガガ!
バシバシバシッ!
衝撃とともに、二筋の着弾痕が甲板を走り、B25を撃ちぬく。
そのまま空母をたてに駆け抜け、待機する何機かにも命中させた。
板谷は必死に操縦かんを引き起こす。
ようやく空域を抜けて旋回をしたとき、三機の味方爆撃機のうちの一機が、F4Fに撃墜されるのを見る。重い爆撃機に何機もの戦闘機がまとわりつくこの状況は、やはり無理だったか。
板谷がそう瞑目しかけた時、北の方角から味方の二編隊が飛来するのが見えた。すぐさま敵戦艦の高角砲がその方向へ弾幕を張る。
(ようやく、かよ……)
やはり、空中戦において数の威力はあきらかだ。二編隊、十二機の飛行機が戦闘にくわわったことで、さらに乱戦になり、敵の空母は手薄になる。
板谷はもういちどの上昇ラインをとる。
弾はもう、あまり残っていないはずだ。次の攻撃が最後だろう。七・七ミリでは甲板に傷をつけるくらいにしかならない。
そのとき、九時の方向から味方の爆撃機が上昇していくのが見える。そのあとをつけるF4Fが数機。
板谷は左に切りながら、スロットルを押しこんだ。エンジンが物凄い音を立てて吹き上がる。
(なんだ、やれば出来るんじゃないか!)
その敵数機のど真ん中を目指して、つっこんでいく。
ドガガガガガガガガガガ!
バシバシ!
あっという間に二機がこっぱみじんになる。あとの敵機は宙返りをして逃げる。いかんせん、こっちは小回りがきかないから、そのまま、まっすぐ抜けるしかない。
だが、そのおかげで九九式艦爆がB25を積んだ空母を目指して突進をしはじめる。まだやや高度は足らないが、機体を左右に振って空母からの攻撃を躱し、速度をあげていく。
板谷は旋回してそのようすを見ようとする。ああ、だが後ろからついてくるF4Fがしつこい。さっき宙返りした奴だ。
仕方なく左に一回転。出力を落とし、今度は右に一回転。
まだついてくる。ままよ!宙返りだ!
板谷はスロットルを押しこんで操縦かんを引く。機首がぐいい、と持ち上がっていく。撃たれる恐怖を歯をくいしばって耐える。試作機じゃ、こいつの回転半径はあきらかにでかく、しかも遅かった。
しかし、速度があがり、ぐんぐん機体がまわっていく。
……なんだこりゃ、動けるじゃないか。
もしかして、エンジンが温まると、こいつは性能があがるのか?
とうとう二回転した時、F4Fのうしろをとってしまった。
よしっ!目の前に、絶好の敵。
……あ。
発射レバーに手をのばした時、残りの弾数を示す計器が赤くなっているのに気がついた。こいつは残りが五発くらいになると、赤く塗られた鉄片があらわれる仕組みだった。
撃つしかない。
ドガガガ!
バシ!
見事にF4Fの尾翼が吹き飛んだ。
「あは、あはっ」
語彙の少ない板谷には、この驚きを的確に表現する言葉はなかった。ただ、笑うしかなかったのである。
そしてきりきり舞いで墜ちていくF4Fを目で追う先では……。
ド――――――――ン!
なんと、空母が火柱と黒煙をあげていた。
爆風で一機のB25が甲板を横滑りし、海へと落下するのが見えた。あれでは離艦どころではあるまい。
北の方角からは、つぎつぎに攻撃機が到着してくる。
板谷は満足そうにうなずき、昏い夕暮れの空を見上げた。
いつもお読みいただきありがとうございます。「ええい!」とか「ままよ!」とか、古臭くてかっこいいセリフをいつか使ってみたいと思ってたんですが、やっと使えました。変ですか?ごめんなさい。




