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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第三章 覚醒編
102/309

タンクにゴム

●23 タンクにゴム


「ぶわははははは!愉快愉快!」


 浴衣の前をはだけた中島が、大声をあげて笑っていた。


「いやあ、南雲さんがこれほど話せる方だとは、この中島知久平、夢にも思いませなんだ、わっはっは!」


 いや、おれも天下の中島さんが、こんなに酒乱だとは、ぜんぜん思わなかったよ……。


 あのあと、おれはここ、中島知久平の豪華な和室に招待され、酒食をごちそうになっていた。てか、べろんべろんに酔っていた。


 胸毛もあらわにして飲む中島は、とても立憲政友会の大政治家にして、時代を先取した実業家と思えない、気さくで豪快な男だった。どこまでが本気で、どこまでが冗談なのかもわからないような、飛行機の開発話がつぎからつぎへと開陳され、しかもめちゃくちゃ面白かった。


「おい、桃花ももか、もっと中将さんにお酌せんか!」

「あ、いや、おれはもう……のめらい」


 南雲ッちが、酒好きだったのは間違いないが、どうも酔っている状態が好きじゃない霧島健人のおれは、ここのところほとんど、酒を飲んでいない。おかげで、すっかり弱くなってしまっていて、かなり酔いが早い。


「さあさあ、もっと飲んでくださいな」


 さっき裸を見あった親しさからか、薄い浴衣を着崩したこの芸者さんとも、なんとなく打ち解けて、おれはついお猪口ちょこを差しだしてしまう。


「ささ、ぐっとあけて」

 仕方なく、注がれた甘い日本酒をあおる。

「ぷっは~~っ! もうやけくそだ。もっと注げ~!」

 また差しだす。

「わはははは、それでこそ男よ。のう桃!」

「はいな。南雲はんも旦那はんも、今夜はうんと酔ってちょうだい」

「おれは酔ってらいろ!」


「ところで南雲さん、帝国の飛行機はそんなに強いですか」

「ああ強いろ。これまでは無敵。だが、ホントは強いが弱い!」

「強いが弱い?」

 中島がぐうっと身体を寄せてくる。


「ああ弱い。特にゼロがよわい!」


「なんでじゃ! 零式は三菱さんが開発したとはいえ、うちも半分以上を製造しとるんじゃ、弱いはずがなかろう!」


「いんや! 防御がない。ひらひら飛ぶけど、撃たれたらすぐに燃える。燃料タンクが弱いし、座席後部の防護もなっとらん! ……ぺらっぺらなんよ」


「それは軽量構造だからじゃあ!」

 おれは酒をあおり、ふう、と息を吐いた。


「だけど、そこがいいんだよなあ。ひらひら飛んで、敵より速い。速い男は嫌われる……」


「な、なんじゃそりゃあ!」

 おれたちはまた笑い転げた。

 南雲ッち、けっこう下ネタが好きだった。


「速い男は、ゴムつけろ~~」

「わはははははははラテックスですな!」

「いやあだあ!」

 どういう冗談かわかっているのか、桃花も身をよじって顔を染めている。

「燃料タンクもゴムつけろ~~」

「撃たれて、漏らさずですなあ?」

「それだあ~~」


 まだ、富嶽の話はなにひとつ、していない。

 というより、真面目な話は一度もしてないぞ。

 いいのか?

 うーん、まいったな。


「いやあ愉快じゃあ。もっと飲みましょうや南雲さん!」

 とうとう、徳利をがぶ飲みしはじめた。


 ……ま、いっか。


 すでに夜はとっぷりと更けている。

 いつのまにか、おれは気を失っていた。




 ちゅん、ちゅん……。

 庭ですずめが鳴いている。


 目を覚ますと、おれは畳の和室で、布団に寝かされていた。


 あれ、どこだ?! なにがあった?

 そうだ、ここは温泉旅館の衣笠だ。

 ゆうべ、中島知久平に会ったんだっけ。

 それから、どうした?


 言いようのない不安にかられる。

 おれはがばっと起き上が……痛え。


 頭がずきずきする。

 胸がつかえていて、腹がいっぱいだ。

 気分が悪い。


 布団から、やっとの思いで、身をおこした。

 そうか、ここはおれの部屋……。

 ……やっちまった。


 おれは額に手をやり、夕べのことを思いだした。

 さんざっぱら飲みまくって、くだらない冗談を言い合って、夜中まで飲んで、それから……


 やべえ! 覚えてない!


 おれは冷や汗がどっと吹きだすのを感じた。これはまずいぞ、あの中島知久平の前で、おれはとんでもない失態を演じたんではなかろうか。いろんなことを頼む絶好のチャンスだったはずなのに……。


「あら、起きてらして?」


 襖がさっと開いて、あの女……たしか桃花ももかとか言ったっけ? 若い芸者さんが顔をのぞかせた。


「南雲っち、大丈夫?」

「な、なんだよ、その……南雲っちって……」


 頭が、ようやくはっきりしてくる。もちろん二日酔いの痛みはそのままだ。


「あら、南雲っちがそう呼んでくれって、言ったのよ?」

「おれが?」

「そう南雲っちが」

「……」


 おれはうんざりした。きっと、もっととんでもない醜態を、さんざん中島知久平の前で露呈したんだろうな。


「中島さんは?」


「先に発たれましたよ。南雲っちによろしく、とおっしゃって」

「あちゃあ!」


「ねえ、夕べ、どうやってここまで帰ってきたか、ご存じ?」


 桃花がからかうような笑顔で、おれのそばに腰を降ろし、にじり寄ってくる。


「どうやってって?」

「ほら、旦那はんの部屋から、ここまで」

「そりゃあ……歩いて、だろ?」


 おれは額の手を降ろして、桃花を見る。もうちゃんと仕事着を着て、化粧もすませているようだ。


 庭の鳥の声に混じって、時計の針の音が、カッチカッチと二日酔いの頭にやたらと響く。見ると、もう十一時を過ぎていた。


「いかん、早く行かないと……」

 動こうとして、おれはふたたび、額をおさえた。

「あいたたた」

「ほらほら、無理しないほうがよくてよ」

「うーむ……」

 そうも言ってられない。顔をごしごしを手のひらで擦った。

 少しは目が覚めてくる。


「……で、どうやって、戻ったって?」

「なにが?」

「ほら、ゆうべの話」

「ああ、それなら……」


 桃花が立ち上がり、あちこちの襖をあけ放ちだした。明るい日差しが部屋を照らし、目を傷めそうになる。


「中島の旦那はんが、おぶって運んでくだすったそうよ」

「なん……だと?」


 おれの脳裏に、べろべろになって気を失ったおれを、自分もふらふらになりながら、懸命に運んでいる中島氏の映像が浮かぶ。


「意外に重いね、と言ってらしたわ。やっぱり軍人は鍛えているな、ですって」

「……」


 最悪だ。せっかくいいタイミングで遭遇して、打ち解けることもできたのに、肝心の富嶽の話をなにひとつせず、泥酔して馬鹿話をしまくったあげく、中島知久平におぶって運んでもらい、そのまま眠ってしまったらしい。


「あ、そうそう」

「?」

「旦那はんが、南雲っちが起きたら伝えてくれ、とおっしゃってたわ」

「え?」


「引き受けた、ですって」


「なにを?」

「知らないわ」

「ええ?!」

「だって、わたしは夕べ途中で失礼したもの」

「でもさっき、中島さんがおぶったとか」

「朝、聞いたのよ」

「そ、そうなのか」

「そうよ」

「で、なにを引き受けてくれたの?」

「だから知らない。南雲っち、お金の話でもしたんじゃないの?」


 もう泣きそう……。


 おれ、いったい、なにを頼んだの? この疑問をどうすりゃいいの? まさか電話とかで聞くのか?あの、おれってなにを頼んだんでしょうかって?


「最悪だあああ……」




 勢いよく流れる水道の水に歯ブラシを濡らし、蛇口をしめる。

 半分しか開かない目で鏡を見ながら、歯を磨き始めた。

 また桃花がやってきた。


「南雲っち、電話!」

「どこから?」


 おれは歯ブラシをくわえたまま、鏡ごしに尋ねる。


「山本さんてひと。緊急ですってよ」

「マジか!」


 いっぺんに目が覚めた。

 おれは慌てて口を注ぐ。よくここがわかったもんだ。


 部屋に直接はつながらないらしく、洗面を出て、廊下を帳場へと走る。


 カウンターの上に、はずされた黒い電話機の受話器があった。


 手ぬぐいで顔を拭きながら、おれはそれを取りあげ、耳にあてる。


「もしもし」

「おお、南雲くんか? 山本だ!」

「どうかされました?」

「すぐ海軍省に来てほしい。敵が動き出した!」

「ま」


「まじだ。パナマ運河の諜報から短波通信があった。アメリカの空母が運河を通過するそうだ」


「わかりました。すぐ帰ります」

 なんか、悪い予感がするな……。

 いや、敵が動いたんだから、悪いに決まってる。




いつもお読みいただきありがとうございます。この中島知久平氏は明治末期から日米開戦を予測して航空機の研究開発をしていたという傑物です。反面、人情味もあり明るく闊達な人柄だったらしく、南雲とのシーンをついこんな風にしてしまいました。(そのうち天罰が下りそうです)

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― 新着の感想 ―
[一言] 100話達成おめでとうございます。
[気になる点] どうせ、B36の話をするはずがB52に化けてたってあたりかな。
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