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太平洋戦争の南雲忠一に転生!  作者: TAI-ZEN
第三章 覚醒編
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衣笠湯けむり岩場の湯

●23 衣笠湯けむり岩場の湯


 ちゃぷん!


 もうもうとした湯けむりの中、おれは天然温泉の岩風呂に、ゆっくりと身体を沈めた。


(はああ、やっぱ日本人はこれだよなあ……)


 疲れがとれる気がするね。


 水で絞った薄い布切れを額に乗せて、ひさしぶりにぼおっとする。薄いこの時代の手ぬぐいは携帯には便利だが、どうにも吸水性が悪くてなじめない。


 横須賀海軍工廠での用件を夕刻にすませたおれは、航空技術廠の連中に頼んで、この宿をとってもらった。同じ横須賀に衣笠温泉というのがあると聞いて、ふと温泉に興味がわいたからだった。


 それにしても、ここんとこ、忙しいなあ……。


 戦局は今のところ膠着状態だから、それほどひっ迫はしていないはずだが、なんといっても、おれには生前の世界線の記憶があるから、アメリカの底力を知っている。いい機会だから、自分の計画に抜かりがないか、温かい湯の力を借りて、検証してみることにしよう。


 真珠湾は成功した。太平洋にいた米空母はエンタープライズ、レキシントン、サラトガ、そして草鹿がホーネット、セイロンでヨークタウンと、五隻を撃沈させた。これで、おれが知るこの時点で就航しているアメリカの空母七隻のうち、残っているのは、もう大西洋にいる二隻だけ。でも、アメリカには護衛空母とかいう小型艦などもあわせて、これから続々就航してくるはずだから、気は全く抜けない。


(にしても、真珠湾のタンクを破壊しておいたのは、大きかったな……)


 四百五十万バレルという、膨大な重油を貯蔵したタンクを破壊できたのは、アメリカの太平洋艦隊への打撃という点では計り知れないものがあった。あれで、アメリカ艦隊の太平洋地域での活動には制限がかかったはず。いったん沈んだ戦艦たちを救出修理するはずの、工廠も破壊しまくったから、復旧は史実ほど迅速にはいかなかったろう。とはいえ、そのおまじないもそろそろ切れてくるかも知れない。あれから、すでに四か月になる。


 アメリカを出し抜いたあと、おれは電波兵器の推進をするため、カニンガム報告書を提出するとともに帰国、海軍技術研究所を訪れ、電波兵器の技術革新を推進した。その後、再度出撃してオーストラリアを叩き、前線を拡大しないようにラバウルを前線基地と決め、レーダーを配備、さらなる基地整備を指示しておいた。


 そして、次なる一手としてイギリスに矛先を向けたおれは、セイロンのコロンボと、トリンコマリーを空爆したのち、無敵と謳われたイギリス空母、インドミタブルとフォーミダブルを沈め、ディエゴ・ガルシアをインド洋の前線基地として確保、敵のアッズ環礁への備えと、通商破壊を目的に、空母赤城、蒼龍、飛龍、戦艦比叡などを配備。おかげでこの一連の戦闘で、ヨーロッパ戦線への補給路と、通商路が断たれることをおそれたイギリスは、大日本帝国に停戦と和議をもちかけることになり、現在交渉が続いている。


 で、いよいよ、ふたたびアメリカである。


 おれの計画じゃ、イギリスとの講和がなったあとは、三国同盟を破棄しアメリカとも講和、最終的にはドイツへの宣戦布告を行って、めでたく戦勝国として終結するはずだった。


 しかし、そもそもこの戦争の原因である中国の利権問題や、フィリピンの占領問題など、日本につごうのいい現状維持でアメリカが納得するはずもなく、彼らをその気にさせるには、今以上に大きな原動力が必要だろう。


 というわけで、そういう認識で一致したおれとジョシーは、原子爆弾の開発とアメリカ国内への啓蒙を目指して、現在はそれぞれの役割を果たそうと動いているわけだ。


 ……ふう、のぼせそう、いろいろと。


 おれは湯からあがり、ごつごつした冷えた岩肌を背中で愉しみながら、洗い場にすわって全身の力を抜いた。


(原爆だけなら、まだマシなんだがなあ。富嶽って未知の技術の塊じゃん、大丈夫かなあ……。やっぱ、中島知久平さんに電話くらいはしておくべきかなあ。いや、でもなあ、この時代の大物って、絶対そういう手抜きを、自分をないがしろにしおって、とかって言いだすんだよ、うざいよなあ。とはいえ、これ以上面談者増やすのって、めちゃくちゃ、めんどくさいなあ)


 いっそ、メールとかがあったら、いいのにな……。

 メール?

 おれは身体をおこした。


 そうだ、誰かに手紙書いてもらおうっと……。


 いまさら三歳も年上のオッサンに逢いに行って説得するのはめんどくさい。だいたい、おれが知ってるあの人の顔や経歴見たって、なんかうざそうな奴だったもんな。そうだ、そうしよう。感動的な巻紙に毛筆の手紙でも添えて、『面談は失礼かと存じまして』とかなんとか言って使者をたてれば……。


 ガラガラガラ……。

 おんや?

 誰かが入ってきたぞ?


 ……?

 湯けむりのむこうに、細くて白い影が浮かぶ。

 ……女?!


 まさか、ここって混浴か?


「あんでえ?誰か、先客おられますで旦那さまあ!」


 前をあの薄い手ぬぐいで、言いわけていどに押さえた女が、細い身体をくねらせながら、岩風呂の洗い場へと入ってきた。


 長い髪を上でぞんざいに括り、内股でよちよちと歩いてくる。


 ……って、入ってくるんかよ!

 おれは慌てて身体を隠す。


「おお!これはこれは、失礼しますよ」

 後からでかい男が入って来た。

 なんだよ、芸者さんとお旦那衆か?


「すまんね君、ちょっと浸からせてくれたまえ」

「あ、どもども」


 おれは二人が岩風呂へと行きやすいように足をひっこめた。

 おれのまえを、裸の男女が通り過ぎる。


 いくら湯けむりがあると言っても、目の前だから、裸はいやでも目に入る。女の年齢は二十代前半か、おっぱいもまあまあ立派だし、お腹は隠れてて見えないが、お尻だって垂れていない。


 なにより嬌声が若々しかった。男の方は、もう初老、でっぷりと太って巨魁、太い猪首、頭は五分に刈り、良くは見えないが、あれは鼻の下の短い髭かな、頭が大き、鼻低く、これは、まるで、まるで、まる……。


 どぼーん!


「きゃああああ!」

「わははは!もっと、こっちへ寄らんか」

 二人が湯に入るのを、おれは唖然と見ていた。


「な、中島知久平!」


「……ん?」

 じっとこっちを見る。


 やっぱり間違いない!


 この人こそ、中島飛行機の創業者にして元海軍機関大尉、当時海にしか興味のなかった海軍本部に大航空部隊の設立を進言して、聞き入れられないとわかれば決然と辞め、飛行機製造の会社を興したという群馬県伝説の怪物、そして富士重工業から現在のスバル自動車の開祖、中島知久平その人じゃないか!


(ひえええええええ!)

 おれはびびりまくった。


 たったいま、会うのが嫌だから手紙でごまかそうとしていた相手が、まさかこんな所にやってくるとは、夢にも思わなかった。


「お? もしや、南雲さんかな?」

「え、あ、はい」

「おおお!」


 ざばあああああ!

 巨体を揺らしてあがってくる。


 おいおい、ふりち……。


「あら、どなたですう?」

 女が自分も半分だけ立ち上がる。前、前!


「南雲さんだよ。今をときめく、あの南雲海軍中将さんだ。この人が今の戦局をつくり、お国の雄飛に貢献されたんだよ」


 おれは下から見上げているわけにもいかず、立ち上がった。


「ども、南雲です」


 南雲ッちの記憶をたどるが、以前に会った気配はない。

 衣笠湯けむり岩場の湯。全裸で向かいあう男が二人。


 こうやって見ると、中島知久平は背こそ南雲ッちと同じくらいだったが、肩幅が異常にひろく、おまけにでっぷり太っていて、まるで相撲取りのようだった。なにより頭のでかさが只者ではない。


 おれは仕方なくかっこをつけて笑ってみる。

「ふっふっふ、これはとんだ場所で、はじめましてですね中島知久平さん」


「むふふふふふ。初対面とは、思えませんなあ」

 中島も奇妙にあわせてくる。


「え~と、旦那はんがた、あたいはどうしましょ?」

 女が身体をくねらせながら、ひとり困った顔をしていた。




いつもお読みいただきありがとうございます。というわけで、中島知久平の登場です。これでもまだ開戦から4か月なんですね。そういえば、ぼくの連載もいつにまにか100回を超えまして今回が101回目です。こんな拙作をお読みくださっているみなさまには、心から感謝申し上げております。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 実は実家が横須賀の衣笠なので、衣笠温泉にも入った事ありますが、あそこは鰻屋の地下を掘った温泉なので、岩湯は無いんですよね。岩湯があるのは近くの佐野温泉だけど、あれは平成になってからの温…
[一言] ヘッジホッグはまだですかね?
[一言] 遅れましたが、100話おめでとうございます! これからも頑張ってください! 応援しています!
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