いつもどおりの日々
山を出ると同時に、私たちは地元の警察に保護された。西ヶ住希乃ちゃんのこともあって、私は警察署に泊まる……というか「宿も無いので事情聴取今でも大丈夫ですよ」と全面的な捜査協力を申し出て、泊りがけで地元警察に説明した。
病院で見てもらうことになった漫画家と西ヶ住希乃ちゃん、五十代の山田さんの負担軽減を目指したけど、冷静に説明したので逆に疑われた。前職リーガル系というキャリアで納得してもらえるかと思ったけど、さすが警察。「だから冷静なんですね」とはならず、どちらかというと編集長が出版社近くの警察署に話をしていたことで、管轄外の警察署から通報があった行方不明女性と私が一致したことで話が進んだ。
そして調査が済み、私は自宅に帰れることになった。
あっけない終わりだ。山田さんとも福爲とも西ヶ住希乃ちゃんともあのまま会えずじまいである。警察の聴衆もあるし病院もあるし西ヶ住希乃ちゃんはマスコミから逃れる必要があるので、こればかりは仕方がない。
「悪いが仕事復帰までの余裕はないからな」
「ひえー」
週明けの朝方、編集長の労働基準グレーゾーン宣言を受ける。
編集長は此彼村そばの警察署まで車で迎えに来てくれた。同期が来る予定だったらしいが、同期は漫画家を迎えに行けと役割分担が発生したらしい。
「お前、何で寺になんか知り合いがいるんだ」
二階建ての建物なんてほとんどない、高層ビルが空を埋めるような車窓を眺めていると、編集長が問いかけてきた。
「出版業界って部下のプライベート追及ってありなんですか」
「過去にうちで刊行記録のある作家さんがいるだろ、そこに。過去、お前が担当した作家がいるだろう」
「調べたんですか」
「編集長として、編集部の企画はすべて把握している」
「すごいっすね。自分だって担当作あるのに。私生活大丈夫ですか? 破綻してません?」
「内容は各担当に任せる。上の人間は各担当編集と作家の導線に事故が起きていないか、編集者どうしのラインの混線が起きないかだ。お前とは見ている景色が違う」
「わーすごい。そっちのほうが楽しそうっすね。社内政治一番得意なんで」
「一番得意だろうが一番嫌いだろう」
「そんな人間存在するんですかね。一番得意なものが一番嫌いって」
「存在しない人間なんかいない。そして、話を逸らすな。弊社の刊行歴のある著者さんとかかわりのある寺で、お前は札を持たされたんじゃないのか」
「ちゃんと買いましたよ。お金払ってる」
「墓参りを続けているのか。作家さんが死んだのはお前がうちに来て、そこまで経っていない頃だろ」
「まぁ……付き合いですからねぇ。編集長も言ってたじゃないですか。編集者は作品を送り出すと同時に作家とかかわり人を見る仕事だって」
編集長の言葉を引用すると、編集長は黙る。
やがて景色が見慣れた住宅街にうつった。
「お前何でこんなボロアパートに住んでるんだよ」
「侮辱罪だ」
「お前だってこんな場所は無いだろ。うちに勤めててここに住むってギャンブルにハマってるとかでもない限り無いだろ」
「めちゃくちゃ自社に自信あるじゃないですか。私給料下がったんですけど前と比べて三分の一とかですよ。ボーナスに至っては桁違いますからね」
「荒破」
「過干渉なんですよ。親。すぐ引っ越せるようなところがいい。まぁ、治安も悪いというか、最近、強盗ありきになってるんで、それどころじゃない感じですけど」
スマホ此彼村を出た後、着信履歴が編集長と実家からのデッドレース状態だった。編集長に至ってはSMS、社内管理のSNSとすべてによる呼びかけを行っており、私の失踪情報が編集部全域に広がっている。説明の手間が省けたが、他人から見ると手段を択ばない合理主義ってこう見えるんだなと反省した。
「ありがとうございました。色々」
「下の人間の後始末が、上の人間の仕事だからな」
「どうも」
私は車を降り、編集長に会釈をしてから、ボロアパートの階段を上がっていく。
すると一番奥、誰も住んでない空き部屋の前に2人、黒い影が立っていた。
顔がない。でも背格好には見覚えがある。
「海にいたんじゃなかったんですか」
問いかけるとすぐに消えた。
私は自分の右手首を見る。跡があった。多分すぐ消えるだろう。
私は気を取り直して自分の部屋の鍵を開け、中に入る。
なんとなくスコープを覗く。外には誰もいない。こういう時、覗いたら誰かいるのがセオリーなのに。
私は鍵が閉まっているか確認して、流し場に向かう。ペタペタペタと自分だけの足音だ。
そういえばあの下肢のない男はどうしたんだろう。私たちを助けてくれたあと、姿が見えないが。
まぁとにかく、お風呂に入りたい。
私は廊下を進み、1LKの部屋へ突き進んでいくと──、
「はぁ~?」
下肢のない男が、腕の力だけで飛び跳ねていた。
その胴体の下には、明らかに「強盗です‼」といった、バールを持った男が倒れている。
窓には、音を立てず窓を割るための手法を施した形跡があった。
ようするに、ドラマとか映画だと真似されないようにぼかして描写するやつ。
つまり、強盗が入ってきて、下肢のない男がこうしてる。
「お前どうやって入ってきたんだよ~」
私は呆れながらもスマホを手に、110番を押す。
危険には警察。それが一番。
■■
此彼村の事件は、予想に反して全国放送およびネットニュースで取り上げられることは無かった。
辺見ハヤトの価値観でなぞらえると、「エンタメのバズ」としては不倫報道に惨敗したのだ。
辺見ハヤトは正しいエンタメ論について語っていたが、話題性だけで勝負となると、元の知名度とセンセーショナルさ勝負で負ける。
ただ、こちらとしては功を奏した。
「そういえば行方不明事件の子見つかったらしいですね、なんとかちゃん」
チェーン店のカフェで打ち合わせをしていると、話の終わり際、担当作家が呟いた。
なんとかちゃん、という名前のうろ覚え感に安堵する。不倫報道が無ければある程度昼間のワイドショー等で取り上げられただろうが、現在のメインは不倫報道。
私は「ああ」と適当に返す。
「荒破さんニュースとか見ないんですか」
「見るけど、情報として仕入れてるだけで、関心は無いからね」
「荒破さんってそういうところドライですよね。なになら興味あるんですか?」
「担当作家と、その話、だから金属バット買ったんじゃん。あれ経費じゃないからね」
即答すると作家は「へへ」と少しこちらを馬鹿にするように笑う。
「なんで笑うの」
「いや、なんか……そういうところストレートっすよねぇ……」
作家は「じゃあこれで」と自分のノートパソコンを閉じ、カフェを後にする。私は作家を見送った後、自分のパソコンを開いた。
此彼村について検索をする。
出てきたのは、拉致監禁事件だ。
私は警察の事情聴取に応じ、すべて正直に話をした。
それは山田さんも同じだ。福爲も多分一緒。漫画家もだ。
その後、警察により此彼村の奥で大規模な捜査が行われた結果、まず村の中央にあった井戸から血痕が見つかり、DNA鑑定の結果、平野マナの血だと分かった。
その後、途川の屋敷の蔵にて橋本ヒロキの死体が発見された。橋本ヒロキの死体からはいくつか指紋が検出されたが、現状警察の持つデータと一致しなかった。橋本ヒロキの死体についていた髪の毛や、争った時に触れたであろう爪の中にあった皮膚物質を分析すると、高齢女性のものであるところまでは分かった。
その後本殿の舞台の穴から、辺見ハヤト、堀井ユリ、平野マナの死体が見つかった。
そもそも三戸志斐は、村の外からやってきた男に鉈で殺された後、埋葬されたはずだが、そのあたりが曖昧になっているらしい。元々、生贄を勝手に攫ってきたりしたことで、自決させるような話になっていて、きちんとした埋葬はされなかった可能性がある。
半分死んでいて、半怨霊化してああなったのか、怨霊がああなっていたのか、分からない。
警察の処理としては、身元不明の老婆が大学生や漫画家、西ヶ住希乃ちゃんを誘拐し、老婆は死んだという結末を前提として、捜査を進めているらしい。
司法としては死んだ人間が誘拐を行うなんて前代未聞だし、それを認めれば悪用される可能性もあるので、濁さなければならないのだろう。
下肢のない男を提示しようか悩んだが、あれは老婆とは無関係に暴れまわっていた感じなのと、殺したか殺してないか聞いたら、殺してないの時にジャンプして意思疎通が取れたので一応家に置いている。寺に連れていっても神社に連れて行っても「払ってもいいけど無害」の結論だったし。
西ヶ住希乃ちゃんは現在、行政や福祉のサポートを受けながら、お父さんと一緒に元の生活に戻るべく、少しずつ進んでいるらしい。
山田さんから会社宛てに、お礼のメールと共に近況報告が届いていた。
漫画家は、普通に締め切りを守って仕事をしている。ただ、編集長から、同期共々危ないところに行くな、行かせるなと怒られたらしい。
私は大きく伸びをし、コーヒーのお代わりを頼もうとすると「荒破さん」と目の前に誰かが立った。
顔を上げるとそこにいたのは福爲だった。
事件から二週間が経過したが、村で見た時より小ざっぱりした雰囲気をしている。
「なに? なんでいんの?」
「あ~、いや、まぁまぁまぁまぁ」
福爲は薄く笑いながら「ここだいじょうぶですか?」と私の前の空席を差す。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
「なんか食べるの? 私コーヒーよろしく」
そう言って二千円を渡した。「いいですよ買いますよ」と福爲は言うが、「私コーヒー飲む」と、お代わり値引きレシートを渡した。
しばらくして、福爲はオレンジジュースとコーヒーを持ってくる。
「お金」
「いらん。あとでお腹すいたらケーキでも食べればいいじゃん。っていうかここよく来るの?」
このカフェは私がいつも使ってる。福爲もそうなら、今まで何度か会ったことがあるかもしれない。
「いや、初めてっす」
「はぁ」
じゃあ知らない間に会ってたとかはないのか。改稿中変な顔してるところを見られていたら少し嫌だな、と思っていたけどその心配はいらなそうだ。私がホッとしているのと対照的に、福爲はなにか悩むような顔をしていた。
「なに」
「いや……荒破さんが話していた話あるじゃないですか」
「なに? 色んな話したじゃん。どれだ。主語」
「作家さんが、いっぱいいるみたいな。編集部。そこで今日も打ち合わせってあったのでそれで、来てみたり……して」
福爲は子供が悪さした後、許しを求めるようなヘラヘラした顔で私を見上げてきた。
「はぁ?」
「いや、この作家さんかなっていう人いて、あーと思って読んだらその作家さんが担当編集者さん一緒って言ってる作家さんのアカウント見つけて、あとがきに名前のオートマとは真逆の破天荒な、ってあったので荒破さんイニシャルにするとA・Tさんなのであ、と思って」
福爲は話をしているうちに子供がクイズの答え合わせをするような顔で語りだす。つまり福爲は作家のアカウントから今日の打ち合わせがここで行われていることを特定して実際にやってきたということだ。
作家のSNSにはあまり口出ししないようにしていたけど、作家を好きな読者、作家を嫌っている読者、どちらにせよ会いに来る可能性がある投稿をしているのは危ない。
「誰で特定した?」
オートマの話をしていた作家さんに心当たりはあるけど、他にもいるかもしれない。福爲は「スクショありますよ」と見せてきた。
「悪いけど今電話番号言うからメッセージで送って」
さすがにアドレスを口頭で言うのも面倒だし手打ちも面倒だ。私は福爲にしか聞こえないよう電話番号を口頭で伝える。
「アプリとかじゃなくていいんですか?」
「アプリしない。登録もしてないから。面倒なの。編集部で動かしてるアカウントもあるしさ、パスワード覚えるのだけで地獄じゃん」
「へぇえ」
私は福爲と連絡先を交換し終え、コーヒーに口をつける。
「っていうかさ、どうなの、大学きつくない?」
「楽しいですよ」
福爲は他人事のように言う。
「だってサークルの人間死んだら、いわくつきみたいにならない?」
「あー……でも、誰がどのサークルに入ってるか正確に把握してる人間って、あんまりいなくないですか? 荒破さん学部全員のサークル状況分かってました?」
「あぁ」
確かに目立つタイプじゃないと知らないかもしれない。それこそ、激ヤババンドサークルに入ってるとか、サークルクラッシャーとか、飲みサーの王みたいな、そこまでいかないと。
「じゃあ、大学は」
「普通ですね。何にも変わらない」
ふふ、と福爲は笑う。村にいたような、それこそバス停で見たような少し陰鬱とした表情とは別人だ。
その笑顔は自然でありながらも、なにか……怪異とは異なる不気味さが滲む。
案外怖いのは怪異じゃなく生きてる人間なのではと、少し思った。
これにて完結になります。ありがとうございました。
ちなみに新連載を連載中です。
(追記 アホなので予約ミスってましたすみません。2月12日夜からになります!)
ジャンルは和風です。
荒破よりやさぐれてるタイプの自己駒投下型ヒロインです。→「虐げられた果ての溺愛で幸せになるお姉様の物語を義妹の私が全部壊すまで 」シスコン(バケモンのレベル)です。よろしくお願いいたします。




