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【完結済】此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第十一章】此彼村・本殿
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不完全な儀式

 穴から黒い霞が噴き出る。その中央から顔に札を何重にも貼られ、手足を血で染め、薄汚れた装束を纏う女が形作られ始めた。老婆は嬉しそうに何かブツブツと経のようなものを唱えている。


 あの女に鏡を見せ、お神酒をかければいい。福爲がお神酒を持っている。


 しかし──、

「福爲、こっちにこい」


 辺見ハヤトが福爲に声をかけた。


「映像とって、帰ろう普通に」

「え……」

「だってお前もうそれしかないだろ」


 辺見ハヤトは諦めさせるように言う。


「このままその編集者と帰れたとするよ。俺も生きて帰ったとする。俺はお前に配慮しないよ。協力してくれなかったんだから。映像公開して、お前は色んな奴見殺しにしたってネットの奴は思うかもしれない。そうしたら就職できんの?」


 辺見ハヤトは問いかける。福爲は答えない。


「俺を殺したとするじゃん。お前さ、サークルの人間全員死んで、お前だけ生き残ったやつになるよ。世間はお前を追うよ。疑うかもしれない。西ヶ住希乃ちゃんの父親みたいにネットであることないこと書かれるわけ。それで生きていけるの? 大学大丈夫?」


 辺見ハヤトは問いかける。福爲は答えない。


「こっちきてさ、映像作ろうよ。絶対数字出る。下手したらこれを原作にした劇場公開だって夢じゃない。このコンテンツ作ったやつって実績があればさ、色んなことできるじゃん。なぁ福爲、どっちが正しいか──」

「うるさい」


 福爲は静かに、呟いた。


「うるさい全部。お前は、いいもう、色々。全部、いい、どうぞご自由に、色々と、疲れる」


 福爲は首を横に振った。


「何言ってんだよ福爲、お前、そっち選んだらどうすんだよ。平野とか堀ユリのことは」

「知らない‼ 橋本は勝手に死んだし、平野は俺を殺そうとしたけど死んでほしいわけじゃなかった‼ 堀井だって助けたかったけど俺だって死にたくなかった‼ 何なんだよお前は、俺の何を知ってるんだよ‼」


 福爲が叫ぶ。


 辺見ハヤトは目を丸くし、一瞬だけ子供がびっくりしてしりもちをついたかのような表情をした後、「じゃあもういいわお前、だる」と冷笑気味に白けた後、スタンド型の燭台を振りかぶり襲い掛かってきた。私は福爲を庇おうと彼の手を引こうとするが──、

 ガンッと辺見ハヤトが何者かに取り押さえられた。


「え、先生、なんで」


 辺見ハヤトを取り押さえたのは漫画家だった。後ろには西ヶ住希乃ちゃんを抱えた山田さんもいて、辺見ハヤトが手を離した燭台を遠くへ蹴る。


「漫画家先生が、儀式での生贄が一人なら、儀式の場に生贄が複数いる状態を起こせば、選別の時間が始まるので、荒破さんが難を逃れる時間稼ぎになるんじゃないかって、村に荒破さんを残したら、自動的に荒破さんが生贄になるんじゃないかっておっしゃって」


 確かにその通りだが……。


「逃がした意味……」

「意味も何もないですよ。荒破さんが死んだら書きづらいです」


 即答され「いや担当じゃないし」と返せば「担当さんとの関係も悪くなりますよッ」と返された。


「いやぁ……」


 私は対論が思いつかず黙る。やがて地響きが怒り、ドッと何かが噴き出る音がした。


 舞台に顔を札で封じられた女が立っている。姿はところどころぼやけていて、女を中心に黒い靄が広がり、辺りを瘴気の様なもので覆いつくしていく。


「みしゃわ様、あれが依り代でございますどうか、この村に、消えぬ呪いを──」


 老婆は言いかけ、止まった。


 瞬時に希乃ちゃんを抱えた山田さんを見る。希乃ちゃんは山田さんの方に顔をうずめるようにして視界を隠されていた。


「なぜ……」


 老婆は信じられないといった様子で自分の胸を見る。


 老婆の胸は、顔を札で覆われた女から放たれた黒い靄に貫かれ、穴をあけていた。


 穴からは黒い血が流れ、老婆の腕は急速に焦げるように色を変えていく。


 神様だから、そもそも人間の都合なんか知らないし、貢物持ってくる分にはいいけど、あれしろこれしろを聞く気があるかどうかも別ということだろうか。


 福爲は老婆が貫かれる様子をじっと見ていた。


「あれどういうことか分かる?」

「手段選ばなくなってるのでは」

「え」

「食べれればなんでもいいみたいな」

「じゃあもう男でもいいってことじゃん」


 言った傍から、黒い靄が触手のように蠢き始め、周囲の祭祀道具を手あたり次第破壊しはじめる。


「あははははははははははははははははは」 

 そして高笑いを行い、こちらに迫ってきた。


「山田さん希乃ちゃんを後ろのほうへ、先生は辺見ハヤト押さえてて」

「福爲‼ お神酒‼」

「やります‼」


 まじか、と言わずに私は頷く。自分がするって言うなんて思わなかった。驚きつつも私はお札を顔に張り付けた女に駆け出す。床には女の触手のようなものからあふれ出てくる黒い血で濡れている。そのまま女の真正面から鏡をかざした。顔を札で覆われた女は獣のような方向を上げ、自らの顔を手で塞ぐようにしてその場で大きく身体を揺らし、もだえ苦しみ始める。


「福爲‼」

「はい‼」


 福爲は顔を札で覆われた女めがけ、お神酒を投げつけた。ガシャン、と器が砕け、女にお神酒がかかる。その瞬間、女が青い炎に包まれた。


「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア‼」


 女は悶え苦しみ、そのまま自ら身を投げるように舞台の穴へと落ちていく。


 思わず希乃ちゃんのほうを見ると、山田さんが希乃ちゃんの耳を押さえているのが遠目に見えた。同時に異変に気付く。漫画家が驚いた顔をしてこちらを見ていて、辺見ハヤトの姿がない。


「荒破さん‼」


 福爲が叫ぶ。


 すぐそばに辺見ハヤトがいた。彼はスマホカメラを手にこちらに迫ってきたかと思えば、傍に転がっていた祭祀道具をこちらの顔に突き付ける。


「お前がみしゃわさまになれええええええええええええええええええ」


 私はとっさに鏡を目の前に構えた。辺見ハヤトの動きが不自然に止まる。


「堀ユリ」

「は?」


 私は堀ユリじゃない。辺見ハヤトはこの状況に陥り追い詰められ気が狂ったのか。しかし辺見ハヤトの目がおかしい。鏡を見て、自分の肩を何度も何度も何度も払う。まるで誰かに肩を掴まれているみたいに。


「やめろ、俺は悪く無かっただろ、俺は何もしてないだろ、俺なにか悪いことした? 考えてみてよ。俺何もしてないじゃん。ヒロキも平野もお前も自分のせいだろ、自己責任じゃん、お前らさ──」


 辺見ハヤトは誰かに背中から押されるみたいにして、穴に向かっていく。助けようとするが立ち上がれない。床についた私の手を、炭のような色をした華奢な手が押さえている。


 その手に押さえられているうちに、辺見ハヤトはひとりでに穴に向かって落ちていった。


 あっけに取られていると、ドッと穴から黒い水が噴き出していく。


「これやばい奴ですよ‼ 儀式のときに起きて、大変なことになったやつです」


 福爲が叫ぶ。


「逃げろ‼」


 私は福爲に言い返すみたいに叫んだ。私は手を押さえられていて動けない。しかし、どん、と背中を押され、動けるようになった。


 手は押さえつけられてない。


「は?」


 まるで辺見ハヤトを助けようとしたときだけ押さえた、みたいな。


 混乱していると福爲が「荒破さん‼」と私を呼ぶ。


「わかったわかった」


 私は福爲と出口へと向かう。 

 しかし、黒い靄の速度のほうが圧倒的に早い。このまま逃げてもどうにもならない。


 鏡が使えないか。


 希乃ちゃんと山田さんは札がある。


 福爲は──漫画家とお神酒を半分こ。


 私が黒い靄をこの鏡で引き受ければ、多分、どうにかなる。


「山田さん‼ 希乃ちゃんありがとうございます。そのまま引き続きよろしくお願いいたします」

「ハイッ」


 山田さんが希乃ちゃんを抱える。


「福爲、先生をよろしく」

「え、あ、はいっ」


 私は振り返り、みんなを背に隠すようにして鏡を構えた。


「荒破さん‼」


 心配するように福爲が私を呼ぶ。


 瘴気がこちらに迫ってくる。


 すべてを覚悟し、鏡を握りしめたその時──下肢のない男が私たちを庇うように立ちはだかった。


「てめえもこっちで生存者押さえてろバァカ‼」


 私は思い切り下肢の無い男の襟首を掴むと、希乃ちゃんを庇う山田さん、福爲の前に引きずり入れる。そして私は全員を庇うようにして手を広げた。


「荒破さん」

「黙れ‼」


 私は迫りくる怪異に備える。


 ぐらぐらと地面が揺れ続け、辺り一帯人間の悲鳴や絶叫が響く。


 そのままドン、と車に轢かれるみたいな衝撃を受け、痛みのないまま浮遊感に襲われた。


 リン、と神楽鈴の音が響く。


 死ぬんだろうなと思う。


 どうか皆が助かりますように。


 あと、私の担当してる本、売れますようにと付け足す。


 次に考えられることはもうなかった。




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