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【完結済】此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第十一章】此彼村・本殿
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神の冒涜

 扉を叩いていたのは平野マナだった。思い切りタックルをしてから、廊下に出ると、老婆がいた。平野マナは体勢をよろめかせながらも、関節をねじりながらこちらに駆けてくる。私は老婆に向かって走り出す。ひとまとめだ。これで。


 二人とも私に引き付ける。


 しかし──、

 怪異と化した平野マナは鋸を構え老婆に切りかかろうとした。


 老婆の背後に蠢く何かが平野マナを捕らえ、黒い靄の中に飲み込んだ。


 咀嚼音に、木の枝が折れるような音が混ざる。平野マナの骨が砕け、食べられていく音だと理解した。


「愚かな娘が、せっかくの来訪者をこんなにしてしまって。依り代になれたかもしれないというのに」


 老婆は呆れたようにつぶやいた。。


 老婆の注意を引き付け、ここで引き止め時間稼ぎをする。ここから逃げた先で福爲たちとかち合わせ、老婆を連れてきてしまうことも避けたい。私はバットを握りしめながら老婆にいう。


「なんで自分が生贄にならなかったんですか?」


 ふらふら揺らめくようにしていた老婆がピタリと動きを止めた。


 山田さんから三戸志斐について聞き、その後、手記を確認し、疑問だった。


「死ぬ前、生贄を勝手に集めて殺してるのがバレて捕まった後、殺されたんですよね? そもそもそんな生贄勝手に集める前に自分が生贄になれば良かったじゃないですか。地位とか名誉とか欲しかったんですよね? 貴方の手記読みましたよ」


 老婆は返事をしない。


「よそ者追いかけまわしてかけずり回る誘拐犯の分際で、村の代表者気取り。途川のこと恩知らずって言ってましたけどご自身は恥知らずじゃないですか?」


 馬鹿にしたような言い方になっていると自分でも分かる。人を傷つけるために最適化された話し方。


「貴方がしたいのは信仰じゃなく虚像に縋りついた自分大好き自己プロデュース自己保身でしょ」


 三戸志斐の日記は、結局自分のことしか書いてない。儀式のことを書きながら結局自分。筆跡も体裁も時代を感じさせたが、内容は大学生が就職活動で行う自己演出セルフプロデュース以下。


 私はすごい、私は正しい、私は私にしかできないことをしている、そればかり。


「最後の最後まで、貴方は娘を見てなかった。自分しか見ずに勝手に村を仕切って、よそ者に殺された」


 編集者をしていると色んな親を見る。小さい頃から本が好きで、子供を育てている間、中々自分の時間が作れない中、漫画や本で助けられてきたと話す作家さんとか、いっぱい。


 生んでも愛せない人間もいる。周りの親と違うと考える人間もいる。そうした中で育てている親もいるだろう。


 でもこの女は違う親以前の問題だ。


 子供以前に、目の前の人間を人間として見てない。


「何が身捨輪様に失礼が無いようにだ。あなたが一番身捨輪を見てない、身捨輪様を通じて自分を尊ぶ。どちらが神の侮辱か、身捨輪様がいるのなら一度聞いてみたいところですよ」

「アアアアアアアアアアア」


 老婆が引き裂くような悲鳴をあげ、こちらに突進してきた。


 同時に、キンッと強い耳鳴りが起きる。


「いつまで続けるおつもりですか──お母様」


 どこからか、声が響く。


 声は自分のもの。それどころかきちんと口も動いていた。


 でも、違う。憐憫が滲むその話し方は、私は意図してない。


 誰かが、勝手に私の口を使って喋っている。


「……あ?」


 自分でもよく分からない。今、何で私はお母様なんて言ったのか?

 この婆から生まれた覚えなんてない。

『勝手なことをして、お詫びします』

 私の疑問に答えるように柔い声が耳元で響く。どこからした声だ?

 前を見ると、老婆は眼前に迫っている。


「……っ」


 咄嗟に金属バットで身体を庇おうとすれば、パッとテレビのチャンネルを切り替えるみたいに景色が変わった。破れ障子に囲まれた部屋だ。


「は?」


 痛んだ畳には、メモが落ちている。


『生贄さえいなければ』


 三戸志斐ではないだろうなと思うが、筆跡は似ている。


 この村の中で生贄がいることを望まない人間がいた、ということだろうか。


 生贄を欲する三戸志斐の背にあった髪の化け物は、平野マナを喰った。


 平野マナは鋸で私を殺そうとした。鉈を持った男も私を追い、下肢のない男も私を追った。


 橋本ヒロキの死に方は分からないが、生贄を捕らえようとしている存在と人を殺そうとしている存在がいるという仮説が、正しかったとして。


 人を殺そうとしている側がしたいのは、人殺しそのものではなく、生贄にならないよう殺している。


 生贄がなくなると、儀式は出来ない。


「儀式を、防ぐために、殺す」


 生贄になった三戸志斐の娘が、儀式を防ぐために生贄を殺そうとしている。


 三戸志斐の日記を見るに、生贄になる前に行動していたようには見えない。水面下で行動していた可能性もあるが、三戸志斐の目を逃れて儀式を阻止しようとして失敗し、結果生贄になったのなら、三戸志斐の日記はもっと荒れているだろう。途川への恨み言もあったし、最終的に他人に読ませる前提の日記でもなさそうだった。


 三戸志斐の娘が、生贄になる直前、儀式の最中、もしくは死んでから、儀式を阻止しようと殺し始めた。


 儀式で一体、なにが。


 ガチャンッ

 背後で物音が響いた。咄嗟にバットを構えるが、そこにあったのは大きくて丸い鏡だった。



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