漫画家
「山田さんと別れてからの話をするんですけど、大丈夫ですか?」
「あ、はい」
「私は漫画家に会えておりません。多分ここにいます。三戸志斐らしき人間の日記を民家で発見、身を捨てるほうの身捨輪様に祟られろと、神との関係をほのめかす内容がありました。誘拐事件に関しての反省は見られず、大学生五名のうち、先ほど場にいなかった二名は死亡、うち女性が鉈を持って襲い掛かってきた事案が発生、同女性は身体の損壊具合から死亡している可能性が高いですが、こちらへの攻撃意志は強く殺意が見られましたのでご警戒ください。なお私はさっきまで、私と一緒に来た男子大学生の福爲と散策しており、今私が話をした情報は、彼と共に行動したうえで得た情報になります」
「はい。しょ、承知しました」
「で、現在の時間は21時、編集長が18時までに私から連絡がない場合地元の警察が動くはずなので、老婆から逃れつつ、朝……までしのぐことを考えます」
「はい」
「同時に、希乃ちゃんは川を目指してこの村に来ました。近隣で誘拐事件が多発してない状況を見るに、怪異はこの村から離れて活動できない。活動できるなら生贄乱獲全国ツアーになってるので」
「全国ツアー」
山田さんが複雑そうに復唱する。「すみません、不謹慎でした」と私はすぐに訂正した。
「おそらく、村のどこかを中心にワイファイルーターみたいに怪異パワーが強いところと弱いところ、全く効かないところがあり、ワイファイルーターのようにそこの本尊を潰せば、電波妨害といいますか、怪異が無くなる可能性は、無きにしも非ずというのが、現在の見立てです。ただ、どこかは分からない。希乃ちゃん分かる? お絵描きうまうまお姉ちゃんと会ったところ」
「ここと似てる」
私は山田さんと顔を見合わせた。
「本殿? で人間が逃げられない場所って、一か所なのかもしれないですね」
刑務所に囚人を集めるように、出しちゃいけない存在は一か所に集めるほうが効率がいい。逃げられないと高をくくられているのかもしれない。
福爲を襲ってた髪の毛を札付きバットでどうにかできたけど、対抗手段があるという認識がないのならば、相手は──人間の心を読む、予測するまでは出来ない。
「そして、ガンガン音を立てても、何も襲ってこないということは、周囲に怪異の存在は無い。ここのフロアを出たら、怪異がいるのかもしれないですね。生贄が怪異に恐怖してゲンナリっていうのも、本末転倒でしょうから」
周囲は、長い廊下が続いている。そして牢が並んでいた。ただ木枠が金属バットで殴れたところをみるに、元々本殿にあったというより、元々別の場所だったのを座敷牢に改築した気がする。祭祀をするような場所の地下に普通、牢は作らない。神社仏閣の地下に刑務所作る計画なんてうちだしたら大批判だ。
「山田さん、一応希乃ちゃんの耳をふさいでおいてください」
「は、はい」
私は大きく息を吸う。そして思い切り、漫画家のデビュー作のタイトルを大声で読み上げた。
ガンガンガンガンガンガンガンガン‼
「遠くの牢にいますね」
「いるんですか⁉ 漫画家さんが」
「完全にそうですね。パニックになってるじゃないですか。怪異ならもう少し、冷静だと思います」
「そんなことあります⁉」
山田さんは焦っている。私は金属バットを構えながら進んでいくと、最奥の牢に若い女の姿があった。
「どうも、はじめまして、守本出版の荒破です。先生、迎えに来ましたよ」
「どちら様ですか……」
漫画家は声を震わせた。山田さんが「え」と私に振り向く。
「担当作家じゃないんで、あの、担当咲間ですよね、咲間ギックリ腰で山に入れなくて代打でーす」
私は外側に取り付けられた金具を金属バットで破壊した。どうやらお札は黒焦げでも効果はあったらしい。金属バットに貼った札は砂のようにこぼれ消えていった。
「希乃ちゃんがここ教えてくれたんで」
そう言うと、希乃ちゃんは漫画家に「お姉ちゃん」と呼ぶ。漫画家も「希乃ちゃん」と少し安堵した様子だ。
「えっと、色々話をしたいことはあるんだけど、とりあえず最初に色々整理すると、この村はやばい村、老婆は危険、現在死人出てる。そしてこちらの男性は、公務員の山田さんです。区役所勤務で、この村に調査に来たところ、色々巻き込まれ中、これは由緒正しい神社のお神酒です。持ってて」
私は漫画家を連れ出しながらお神酒を渡した。
「山田さんお札持ってますよね」
「あ、はい、ちゃんと持ってます」
つまり、今、お札を山田さんと希乃ちゃん、お神酒を福爲と漫画家が持っているということだ。
辺見ハヤトと堀井ユリの分がないので、やっぱり怪異の本体をどうにかしなければいけない。
「っていうか……先生は、あれなんですか、この村とどんなご関係が」
私はおそるおそる漫画家に訊ねる。
まず前提としてこの村はヤバいが日本国内の土地ではあるので、不法侵入が適用される。
「あの、母親の遠縁が、この村の偉い人だったみたいで。漫画家になるっていうのでほぼ、勘当っていうか縁切られてるんで、あれですけど……」
「それって、途川さん?」
山田さんの質問に、「そんな感じです。川がつく苗字なんで、うち」と漫画家が続けた。
「川がつく苗字は、この辺りだと途川さんだけなので、途川さんですね」
山田さんは途川を三回繰り出しながら納得している。
「編集部に送付した地図はおうちで?」
「はい。処分予定だったものを、創作の資料になるかなと思って、高校くらいの頃から持っていて」
「なるほど。村の人間は村で死んだだけじゃなく、上京で生き残りもあり……」
そして三戸志斐、三戸家の人間からすれば、途川の血筋のほうが良かったのだろう。
三戸志斐は、恩知らずみたいなことを日記に書いていたし。
「この村、煙草吸うなとかあったけどさ、それ知ってる?」
「あ……親、煙草吸うなって、なんか、結婚して子供生む前提で話してたんで、そういうのかもしれないです」
「なるほど、じゃあ夜に出歩くなみたいなのは何か言われたことある?」
「いや、めちゃくちゃ塾行かされてたんで」
漫画家は露骨に嫌そうな顔をした。
「あぁ……っていうか希乃ちゃんってどうやって逃がしたの」
牢屋は希乃ちゃんが出入りできるサイズではなかった。漫画家の手助けでなんとか脱出したと考えていたが、造り的にそうは思えない。
「この子だけでもなんとか逃がさなきゃと思ってたら……なんか……」
説明の途中で、漫画家はボンヤリし始める。
「すみません、覚えてなくて、ずっと、暗い中にいたので」
「全然、とりあえずここから出て、編集部で締め切り調整してもらおう。アシスタントさんも心配してるよ。編集部に連絡くれてさ。ペンタブの前に戻ろ」
「はい……」
そう言って、私は先陣を切りながら出口を目指す。




