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【完結済】此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第十一章】此彼村・本殿
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まだ会えない理由

「荒破さん‼ 荒破さん‼」


 山田さんの声が響く。


 肩をゆすられ目を開けると、私は山田さんと希乃ちゃんと共に木で組まれた格子の壁が続く一室に閉じ込められていた。


「座敷牢ですねここ」

「み、みたいですね」


 山田さんが戸惑いがちに同意してくる。


「どうしたんですか」


 山田さんの反応は、状況ではなく私に戸惑っているみたいだ。


「いや、判断がお早いので……」

「まぁどこであろうと、今しなければいけないことは、ひとつですからねぇ。希乃ちゃんも早くこんなとこ出て、家族のところに帰らないと」


 私は座敷牢の格子の壁との接地部分を、床に転がっていた金属バットでガンガン殴りつけた。


「あ、荒破さん、私やります‼」


 山田さんが立ち上がる。


「山田さんはいざとなった時希乃ちゃんを抱えて逃げてもらうんで、腕は温存で」

「荒破さんだって編集者さんじゃないですか、手は」

「手が大事なのは作家ですよ。私は口さえあれば問題ないです。書くのも、物語を紡ぐのも作家。私は橋か追い風か、どちらにもなれないときは、一人じゃないと思える程度の置物でいいんで。手が無ければ駄目な編集者なんて、必要がない」


 だからこそ、さっさと漫画家を連れ戻さなければ。


 私はバットを振り下ろす。


「っていうか、希乃ちゃんはなんでおうち出ちゃったの? お外暑くなかった?」


 希乃ちゃんが行方不明になったのは夏だ。昔ならまだしも今は夜間のエアコンが必須になりつつあるし、そもそも老婆が生贄欲しさに街に出て人を攫うなら、もっと被害者が出ていてもおかしくない。


 でも、近所の誘拐事件は希乃ちゃん一人。経緯が分からない。


「ママ」


 希乃ちゃんが呟く。


 山田さんが「ママ?」と聞き返した。


「おひがん、ママ来るってみんな言ってたのに、ママいないから、川で待ってたの。ママ泳げないって言ってたし」

「え、じゃあ、ひとりでお外に?」

「うん。パパはお仕事あるから、その間にって。パパ、川に行っちゃダメって言うから」


 子供に川に行くなというのは大人として当然だ。


 つまり、あの老婆は村に近づいてきた西ヶ住希乃ちゃんを、これ幸いにと攫ったということになる。


 あの老婆および怪異は、村から出られないのだろうか。


 だからこそ、私たちを村から出られなくしている?

「どうしてママは会いに来てくれないの」


 希乃ちゃんが呟く。涙のにじむ声だった。


 この年頃なら死はうっすら分かっていても、もう会えないことを完全に理解することはできない。


 大切な人の死を完全に受け入れることは、何歳だろうと難しい。


「そんなふうに希乃ちゃんを泣かせてるから」

「荒破さん‼」


 山田さんが怒る。私は話をつづけた。


「先に死んで、希乃ちゃんを置いていった。だから会いに来れない」


 私はバットを振りながら言う。


「会いに、来れない?」

「うん。希乃ちゃんのこと、いっちばん大事で、大好きなのに、一緒にいれなくなっちゃった。ママは希乃ちゃんが怖いことあった時、絶対守ってあげたかったのに、出来なくなっちゃったこと」


 ネットニュースの記事には、父子家庭とあった。色々憶測が書かれていたが、中にはお母さんが呼んじゃったのかもとあった。


 正気の親なら呼ぶわけがない。


 愚か。


 親が死んだ子供に対して、何も言いたくない。責任を取りたくない。


 でも、そういう言葉より、マシだとは思う。その確信はある。


 私の稚拙な想像のほうが。


「ママは希乃ちゃんと会った時、どうやってお話ししようかな、って思ってるかもしれない。声をかける権利なんてない。もうその手に触れることは出来ない。ならばせめて忘れちゃったほうがいいのかな、ママいないのに慣れちゃうほうが希乃ちゃん幸せになれるんじゃないかなって、ママは思ってるのかも」

「うう。きの、ママに会いたい」

「ママも、会おうとはしてる。希乃ちゃんにちゃんと会いに来たよって言えるように今頑張ってる」

「頑張る?」

「うん。怖い番組に出てくるような悪いおばけがいて、みんなに悪戯しようとするから、押さえてたり」

「おばけ……?」

「うん。軽く物音を立てたり床を鳴らして、なんか忘れ物しちゃってるよーって誰かが困ったりしないように教えたり。暗い道で、怖いどろぼうとかがそばにいるかもしれないから気を付けてって、怖いおばけのふりをしたり。そういうのを他の人にして、希乃ちゃんに会えるように頑張ってる。だから、今は会いに来れない」


 思い切り格子に向かってバットを振り下ろす、ガコ、と嵌める様に固まっていた木枠が外れた。


 さすがに折れるまでは出来なかった。金属バットの札を見ると、真っ黒に焦げている。さっきの老婆の謎髪の毛攻撃でこうなったか、これでなったか分からない。


 私は、希乃ちゃんに近づき、彼女の頭を撫でた。


「ママは色んな人の為に頑張ってるけど、心の中には希乃ちゃんが一番なの。楽しんでいる間も悲しんでいる間も、ママはずっと希乃ちゃんを想う。ずっと希乃ちゃんが泣いたままで、苦手なたべもの残しちゃったり、なにかで一番になれなくても、最後は絶対に迎えに来る」


 ──だから、と続けた。


「今は、ママのこと探さなくていいの。行こうとしなくていい。まだママの準備が出来てないから。だから待っていてあげて」

「いつ終わる?」

「希乃ちゃんがおばあちゃんになって、心臓がもうお休みするよってなったら、ちゃんと迎えに来てくれるから。ママの為に、希乃ちゃんのママのこと、ちゃんと待っててあげて」

「さみしいよ」

「ももしかしたら、どうしてもって、ママがちょっとだけ何かをするかもしれない。それに希乃ちゃんが気付くかは、分からないけど……だから……元気でいて。希乃ちゃんが今、ママのところに自分から行こうとしても、行き違いになっちゃうかもしれない。だから、探しに行くんじゃなくて、待ってて。ママのために」

「うん……」

「じゃあ出よう。パパ寂しいって泣いてるよ」


 泣いてるどころか、あの様子だと何の事情も知らない親が小さい子の通学をためらう感じになっていそうなので、早めに帰ったほうがいいし、希乃ちゃんと共にお父さんは適切な福祉を受けたほうがいい。


「荒破さん……」


 山田さんが私を見ている。


「どうしました」

「いや……言葉のお仕事を、されてる方なんだなぁと思って」

「全然、同期や、編集長とかならまだ、人間っぽい励ましが出来たんじゃないですかね。私は、相手の主張を捻じ曲げたり、ひっくり返すのが本職なので。編集者にも向いてないですからね。適性は、本来別のところにある」

「そうは見えなかったですよ」

「見えないようにしてます、希乃ちゃんのこと、よろしくお願いします。希乃ちゃん行くよ~」


 笑みを浮かべ、私は牢を出る。山田さんは希乃ちゃんを抱えた。



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