シナリオライン
辺見ハヤトは舞台の穴にスマホを向けながら、福爲を見た。
福爲は手のひらを握りしめながら、目を逸らしていた。
助けて共々落ちていくほうが絵になるが、それは福爲には無理だったのだろう。
どうせこの男は何も出来ない。こうして動けないのだから。
丁度良かった。お神酒を持っていたのが福爲で。ほかの三人なら面倒になっていただろうが、福爲相手ならば預かっておくとでも言えばこちらにお神酒を渡すだろう。
老婆は怪異寄り存在だろう。老婆がいる時にお神酒について尋ね、お神酒を駄目にされたくない。
「僕らどうしたらいいですか? 殺したりしてないんで、蓋にはなれないと思うんですけど」
「何もしていただかずとも、構いません。輪は出来上がっておりますし、何もございません。儀式が始まった後はきちんと見所にお立ち下されば、こちらからは何も」
「ありがとうございまーす」
辺見ハヤトは礼を言いつつ、カメラを見所に向けた。
「あの、蓋の奥、撮影してもいいですか」
「構いませんが、後悔なさいませんように……私は奉納娘子のお迎えと、無礼者の始末をしてまいりますので」
老婆はすっと扉へ向かう。
辺見ハヤトは老婆とすれ違うようにして、舞台の穴に向かっていく。
完全に死体を映してしまうと、不謹慎と批判される。そのためギリギリを狙い、なにかに留められたふりでもして、後は編集をすればいい。そうして穴に近づき、ふと気づいた。
今は福爲がいて、堀井ユリがいない。それなら福爲に照明係をさせればいい。
堀井ユリがいたときは撮影について責められそうだったので大々的には出来なかったが、今は出来る。
そう思って振り返った次の瞬間──、
そこにいたはずの福爲が、消えていた。
「あの、すいません、そこにいた大学生は」
「お手洗いにと」
老婆は特に動揺もせず言う。
福爲が突然姿を消す──サークルで度々あった。全体集合の日に最初だけいるとか、なにかの片づけをしていて、丁度終わって飲みに行こうかという段階で帰っていたりとか。
いつも通りの、福爲。
「では、これで」
老婆は去ろうとする。
「あの、無礼者の始末って……橋本、生きてるんですか?」
「いいえ?」
老婆はゆっくりと首を横に振る。
「なら、誰を始末に……」
「荒破翼──身捨輪様を侮辱した不届き者でございますから、身捨輪様の目の触れぬうちに、始末を」
計算外に、辺見ハヤトは愕然とする。
お神酒を持つ福爲が消えた。
荒破の元へ向かったのかと想像して、ハッとした。
荒破の持っていた金属バット。
あのバットには札が貼られていた。
札はこの村から出られる、移動の効力を持つ。
福爲は、あのバットで荒破が難を逃れていたことを分かっていて、ずっと機会をうかがっていたのでは。
平野マナは福爲を見捨てた。その後、特に福爲はこちらを敵視する素振りも無いように感じていたから油断していた。
狂う。
このままだと、予定していたシナリオラインがすべて狂ってしまう。
「もしかしたら、福爲が荒破翼のもとに行ってるかもしれません」
辺見ハヤトはゆっくりと老婆に振り返る。
今進行中のシナリオを、正しいシナリオに戻すために。
◇◇◇
福爲は廊下を駆けていた。
橋本ヒロキは死んだ。
平野マナらしき怪異を見た。
堀井ユリが死んだ。
残るは辺見ハヤトと自分。
これまでずっと、福爲は映像研究サークルの人間関係を観察していた。もしサークルの人間を登場人物にして映画を作ったら自分は絶対に主要人物になれないし、低予算でキャスト少なめの映画なら猶更自分は描写されない、そんなことも考えていたけれど、同時に予想していたこともあった。
もし、ミステリーやサスペンス、ゾンビ系のホラーの世界で生き残るとしたら誰が生き残るか。
橋本ヒロキは先に死にそう。案外堀井ユリは生き残りそう。
シミュレーションを繰り返していたけど、必ず扱いに困るのは辺見ハヤトだった。
生き残るとしたら辺見ハヤト。それが一番正しい。多数決をすれば満場一致で辺見ハヤトは生き残る側だ。だからこそ──つまらないかもしれないと福爲は思っていた。
正しさは分かる。物語として整合性は取れている。実際に手を上げる多数決を取るなら福爲は多数側に挙手をする。でも心のうちは違う。
実際のところ辺見ハヤトはどうなのか。
荒破と別れ、福爲は辺見ハヤトの観察に努めた。
辺見ハヤトは周囲を撮影しながら福爲のリュックを気にしていた。
お神酒の位置を探っているのだとすぐに分かった。堀井ユリを撮影していたところから、おそらく自分もお神酒だけを没収され、撮影され殺されるかもしれない。
殺されるまではいかずとも、たとえば橋本ヒロキや平野マナ、堀井ユリが死んだ原因にされる可能性がある。
福爲はいつも、最悪の結末を想像する。生き残り村から出れた場合、この村で死んだ場合の、それぞれの最悪想定を持っている。中でも最悪なのは、この村から脱出できた後、すべての罪を辺見ハヤトにかぶされることだ。辺見ハヤトはスマホカメラで撮影しているが、今は撮れていると思っても、村を出たら何の映像にもなっていない可能性もあるのだ。老婆が殺した、怪異が殺したと色々説明をしても警察はどこまで信じるか分からない。
そうなった時、おそらく辺見ハヤトは福爲のせいにする。
見知った人間は安心だが、リスクを見知っていればそうではない。
福爲は三途の間を出て荒破の姿を探す。
生きているとの確信があった。
荒破は福爲が髪の毛の群れのような怪異に襲われた時、フルスイングで対峙していた。金属バットに札が貼られていたのでそれがギミックだと察したが、札は四分の一ほど焦げていて、辺見ハヤトが鉈を持った男を撃退した時と異なり、全部消費されなかった。フルスイングで撃退できた怪異の大きさと、荒破を飲み込んだ怪異なら、後者のほうが小さい。そして荒破は山田と名乗る公務員や西ヶ住希乃という子供に札を渡したと言っていたので、殺されるまでには至ってない。実際老婆はまだ儀式をしておらず、儀式には人がいると言っていたため、どこかに移動させたのではないか。
それらしい場所を探せば、荒破がいる。
福爲はお神酒をリュックから取り出しながら駆ける。
『あなたは』
しかし、回廊を走ってすぐ、耳元で誰かが囁いた。




