蓋
「儀式は、この本殿の中央にございます、三途の間にて行われます」
辺見ハヤトは老婆に案内されながら、本殿の廊下を進んでいた。
薄暗い廊下は、老婆、堀井ユリ、辺見ハヤト、福爲と並び、福爲の背後には老婆が連れ立っていた毛髪の束のような何かが蠢いている。
そのなにかはおよそ天井に届きそうなほどの身の丈で、注視してもごわごわと蠢いていることしか分からない。荒破たちを飲み込んだあと、老婆はまるで何事もなかったかのようにこうして辺見ハヤトたち一行を誘導していた。
福爲を間に挟みながらも、怪異は視界の隅で蠢く。特に堀井ユリのまわりが顕著だ。
誰一人逃がさないという無言の主張を感じるが、辺見ハヤトにとっては好都合だった。
公務員と西ヶ住希乃を連れてきたが、堀井ユリは反対を示していたし、あのままいけば撮影を邪魔されかねない。この撮影を完遂しなければ、何者にもなれず自分たちは終わってしまうというのに。
せっかくのロケ地、ワイファイが繋がらず台本の確認も出来ない時点で、今回の企画は敗戦処理も同然だった。その後、橋本ヒロキ、平野マナが死んだ。死人を出したサークルなんて、その時点で誤魔化しきれないフィルターがかかる。何を作ったところで「そういえばあそこ夏に死んだんだよね」と、作品とは無関係な話題が付随する。ならば最初からそこを利用し、作品に還元して数字を伸ばし、全員の将来に繋がり、物語を届けていけばいい。
堀井ユリもこのままだと殺人犯だが、ネットで幾分かバズれば情状酌量の余地は出るし、話題性目当て、もしくは更生させたいと願うような人間が手を伸ばすだろう。
しかし誰にも見られなければ誰の記憶にも残らない。手を伸ばす人間なんか現れないのに、なんでか堀井ユリは西ヶ住希乃を連れてきたことを気にしていた。
「荒破って編集者となんかクリエイティブな話した?」
辺見ハヤトは福爲に声をかける。
福爲は荒破と行動しているようだった。荒破はビジネス視点が強いようだが、福爲はきちんと話を聞いてきたのだろか。自分ならもう少し発展した話が出来ただろうと思う。先ほど、荒破に撮影のリスクについて言われたが、もう少し時間があって、企画や状況を伝えていたらきっと肯定を得られていたはずだった。そうしたらきっと、荒破もあんな怪異に飲み込まれ終わることも無かっただろう。
勿体ない。自分と行動していれば荒破は助かっただろうに。
そして荒破が生きていれば、人脈として将来なにか出来たかもしれない。
荒破と二人で行動しているのが、自分だったら。
確かめるように、辺見ハヤトは再度「なんかなかった?」と福爲に問う。
「別に、普通に、ただ、逃げてただけっていうか」
「はー勿体な、せっかく大手の編集者と話せるんだからさ、話せば良かったのに」
「いやぁ」
福爲はどうでも良さそうな返事をした。平野マナが稀に福爲に突っかかることがあったが、いつもこの調子だった。橋本ヒロキが雑に扱っても同様で、いまいち自我が無い。
「こちらが、三途の間でございます」
老婆は大扉を開けた。そこは辺見ハヤトが本殿を訪れてすぐ、老婆を見つけた大広間だった。
広間の中央には、階段で登れる舞台のようなものがあり、その中央には大きな穴が開いている。
そして部屋の天井にも同じような大きな穴。
穴を囲うように、神社で見るような半紙を折って作られた紙垂が無数に吊り下げられ、穴のまわりには荒破の持っている札とは異なる無数の札が貼りつけられていた。初めて来たときは暗くて見えなかったが、今は部屋を囲うように行灯が並んでいるため、良く見える。
「天井の穴は、身捨輪様が降臨される──の道でございます。そして舞台の穴は、命の源、此彼川に続きます。その川の果てに、彼岸あり。奉納娘子はその身をこの穴に投げ、身捨輪様の依り代となり、身捨輪様は永遠に美しく、衰えることなく──この村の象徴となり続けるのですよ」
老婆は恍惚とした笑みを浮かべた。
ドッと地鳴りと共に、舞台穴から黒い靄が噴き出る。
その黒い靄に引きずり込まれるようにして、それまで辺見ハヤトたちのまわりを囲っていた怪異が黒い靄に吸収されていく。
「身捨輪さま、身捨輪さま、どうかこの村に──果てぬ災いを、呪いを」
黒い靄は老婆の呪詛に応えるようにして、舞台の前に降り注ぐ。
やがて黒い靄の中から、女のようなものが現れた。
顔はおびただしい量の札が貼り付けられ、赤黒く滲んでいる。黒装束のようなものを纏っているが、真っ黒な人骨の腕や髪の毛が絡み、血濡れの手足を引きずるようにぎこちなく動かす。
しかしすぐに力尽きたように顔を覆い消えた。
「足りないのですよ。依り代の効力が、光届かぬ場所──あるいは夜でなければ、こうしてお目にかかれないほどに、お力を失われてしまわれた」
「私、生贄になんて」
堀井ユリが首をぶんぶん横に振った。絵になると、辺見ハヤトは口角を上げながら堀井ユリをカメラに収めていく。
「依り代でございます。それに貴女は煙草を嗜まれるのでしょう。身捨輪様は健やかなる子を産めるような女でなければなりません。神の子をこの手に授けてくださるような、そんな依り代を」
老婆は笑う。
「ゆえに、堀井ユリ様には蓋になっていただきます」
「ふ、蓋?」
「身捨輪様はこの村の、取るに足らない凡庸な命を頂いてまいりました。神となり、力を得るために。するとどうでしょう、何者でもないような存在は、怨嗟や呪詛となり果て、身捨輪様のお身体を蝕んでいる。その怨嗟や呪詛をこの穴に捨てておりましたところ、もう、いっぱいいっぱいで……」
ずる、と穴から黒い毛髪が飛び出てきた。それらは意志を持つようにして、堀井ユリの足に巻き付く。
「い、いや……っ」
「ありがとうございます。この村に、ようこそおいでくださいました。貴女を心から歓迎いたします。人を殺した人間を屠るならば、きっと恨み辛みを抱えた人間の気も晴れるでしょう」
ずる、ずると堀井ユリは引きずられていく。
「助けて、いや、やだよ、やだーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ」
堀井ユリは絶叫と共に舞台の穴に引きずり込まれていった。ドン、と鈍い音が響く。




