恨み
私は下肢のない男を追い廊下を駆けていた。
福爲は少し不満げな顔で私の後を追っている。
廊下の造りは、寺や武家屋敷の廊下に似ている。時代モノの漫画に出てきそうだが、障子も花窓も無い為、空気の通りが感じられない。照明は無く、6メートルおきくらいに設置された燭台でなんとか視界が確保できているが、横から下肢のない男が出てきても正直見えない。
「荒破さんあれ……」
福爲が立ち止まった。何かと思えば二手に分かれた廊下の右側に光が見えた。おそらくスマートフォンの光だ。最悪老婆。最高の場合、漫画家か堀井ユリ。しかし私の想像とはよそに、よく見ると辺見ハヤトだった。何かにカメラを向けている。
生きていたのかと走って近づき──すぐに金属バットを握る力を強めた。
廊下では山田さんと希乃ちゃん、堀井ユリが下肢のない男と対峙していた。
下肢のない男はじりじりと三人に近づいており、三人は壁に身を寄せ、動けずにいる。
辺見ハヤトは助けもせず、その様子をカメラに収めていた。
「どけ」
私は辺見ハヤトの肩を掴み、廊下のはじにどかす。
「荒破さん」
福爲が小声で私を制止してくるけど無視した。
「おいカス、なに子供狙ってんだ」
私は床に這う下肢のない男の肩を掴んだ。
金属バットでぶん殴ってやろうかと悩んだけど、そういう気にもなれなかった。
「おい。お前生贄とか関係ないよな? 儀式恨んでる側だよな? なら私でもいいよな? 私から逃げておいて何? 無防備な人間三人選んでんのかお前は」
暴力は嫌いだ。言葉の使えない獣のすることだから。
でも子供が襲われているのに助けない大人はもっと嫌いだし、子供を選んで襲う人間はもう、嫌いとかの範囲ではない。
「お前、今、自分のこといじめてたやつと何も変わらないの分かってるか」
私は這いつくばる男の肩を掴み仰向けにさせた。
瞳も鼻も口もない。
真っ白な顔に大きな刃物でつけられた傷がある。
「武器のない襲いやすい奴狙ってんだろ。最初はお前、私のこと追いかけてたもんな。バット持ってるって思ったら今度は無抵抗の三人か、なぁ」
「……」
抵抗の力が強まった。
耳は機能しているらしい。私の煽りに対して完全に反応している。そして不本意なのだろう。
それなら最初から襲わなければ良かったんだ。
「……は」
私は軽く笑う。
何にも楽しくないけど、そうでもしないと感情の発散が出来ない。
「無限にいんの。お前みたいに何の意味もなく傷つけられて死ぬ人間なんか。もう嫌だ全部めちゃくちゃにしたいって、誰も助けてくれなかったって、でも耐えてんだよ。加害者でもない無関係の相手を選んだ時点で、自分が一番憎い奴らと同じになるって。ずーっと痛みに耐えながら、何にもしてないのに何かされた人間として、何でこんな目に遭わなきゃいけなかったんだろうって耐えてんだよ。お前と違って。何にも関係ない奴は狙わない」
静かに告げれば下肢のない男はもがき始めた。
「小屋の日記読んだよ。お前が死ぬほど理不尽な目にあったのは知ってる。それは本当に理不尽で、お前は何一つ悪くなかった。ただただお前は一方的に被害者にされた。人間の形したバケモンに。今それと同じことしてんのわかってんのかボケカスコラ」
私はそのまま這いつくばる男を踏みつけ、リュックからお神酒を取り出す。
「好きなほう選べ。子供選んで狙う変質者のバケモンとしてこのままお神酒ぶっかけられて終わるか、別の終わりを探すか」
「……」
下肢のない男の抵抗が弱まった。やがて男は動かなくなる。
私はしばらく男の顔を見つめたあと、手をどけた。
「勿体ないだろ、腕の力でどこでも行けるのに、自分のキライなやつの真似して過ごしてんの」
どうか自由であれ。
心の底から祈る。
でも祈りながら暴行しておいて優しくするの完全にホストが客にやるやつみたいだなと心の中でセルフツッコミが発生した。
担当してる来月刊の漫画がホストモノなのですごい過る。
編集者をしていると日常の行動に担当作の過りが発生する。
私がボンヤリしている間に下肢のない男はものすごい勢いでその場を去っていった。
「はー疲れた」
漫画家のこともあるし出来ればお神酒を使いたくないし、何より希乃ちゃんの前で金属バットを使って人間っぽいものをボコ殴りにしたくないので、説得一択だったから本当に良かった。
「あ、あ、荒破さん大丈夫ですか」
希乃ちゃんを抱えた山田さんがこちらに近づいてくる。
「あー……、おかげさまで、山田さんこそ大丈夫でしたか?」
「あ、はいなんとか……ぶ、無事です」
「でも、なんでここに」
「それは、彼が荒破さんがこちらにいると教えてくださって、それと雨が降ってて、どうにも……」
山田さんは辺見ハヤトを差す。
どうやらまだ撮影していたようで、カメラをこちらに向けていた。
「それネットにアップしたら会社としてではなく個人として肖像権の侵害で訴えるんで。大学にも通達するから、警察への資料提示のみに留めておいて。映像研究サークルなら同意が取れてない映像の公開について、厳しいくらいの判断するだろうけど」
念のため警告するけど、「個人で使用なら問題ないですよね」と辺見ハヤトは軽く返す。
「なら盗撮。刑事事件になるし、書類送検はされると思うけど」
「荒破さん編集者さんですよね? 衝撃映像っておいしくないですか? それに表現の自由っていうか」
「エンターテイメントはビジネス。利益観点を欠いてはならない」
「なら数字出ますよ」
「炎上や倫理指摘等で長期的な収益は見込めない。同時に出資者の懸念対応等の諸費、各種団体からの抗議影響、WEBでの検索サジェスト汚染、外部企業との協業への影響等、リスクが大きい。編集者としてなら、商品価値はない。将来性のないものに投資する意味はない」
「すごい、喋り方、編集者っぽくない、経営者みたいですよ」
「はぁ」
私は相槌だけうち、「大丈夫かい」と堀井ユリに声をかけた。彼女は泣きそうな顔をしていた。
「水とか飲む?」
堀井ユリは震えるように首を横に振った。
そしてなにか言いたげに口を開けようとして──目を大きく見開いた。
「荒破さん‼」
福爲が叫ぶ。
私、と希乃ちゃんを抱えた山田さんの背後に、老婆がいた。
老婆の背後からは、おびただしい髪の毛のような黒い線がうごめき、今にも二人に襲い掛かろうとしていた。
「やめろ‼」
私は金属バットを構えながら二人を庇うように立つ。
髪の渦からは、人間が恐怖し泣き叫ぶような声が絶え間なく響く。
「儀式の邪魔を、なさらないでください。私の悲願をどうか邪魔なさらぬよう」
老婆は言う。
視界が黒く染まり、晴れない闇が広がっていく。




