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【完結済】此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第十一章】此彼村・本殿
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やさしい子

 小学校では先生の言うことを聞きすぎると「まじめぶってる」と言われ、高学年になってくると、ニコニコしていることを「ぶりっこ」と責められる。小学校に入るまでは男女の垣根なんか無かったのに、他の女子はだんだんとグループを作り始め、普段喋ってない子とペアになると、それまで話をしていた子が「いざとなるとユリちゃん別の子と組んでいなくなっちゃうじゃん」と遊んでくれなくなる。


 そうしたことを話すと学校の先生は親身になってくれたが、のちに「チクっている」と他の子から悪口を言われるようになった。


 親は「ユリちゃん学校楽しい?」「どんな子と仲良くしているの?」と聞いてくる。


 その目には自分の娘は人気者のはずという確信があって、幼稚園の頃から一緒に話をしていた子たちは関係の賞味期限が切れたように話さなくなり、中学では真面目で誰も拒絶しないような女の子たちのグループに普段の場所だけ借りているような状態だとはとても言えなかった。


 一度も会話したことのない、評判だけで認識しているような子の名前を使った、架空の学園生活。


 破綻が無いよう、ユリは必死に話した。


 小学校の運動会、中学校の文化祭と、両親は共働きで出られないことを悔やんでいたが、堀井ユリにとっては救いだった。


 高校では、架空の学園生活を語るのはもううんざりだと、必死に友達を作った。


 卒業アルバムの最後の寄せ書きも、きちんと天然物だ。


 小学校や中学校、卒業アルバムが配られたその日、トイレで必死になりながら筆跡を変え書き込んだものではなく、きちんと、みんなが堀井ユリの為に書いたもの。


 安心して、親に見せられるもの。


 そうした学園生活を送りながら、将来について考える余裕はなかった。


 周りの進めるままに大学を選び、「ユリちゃん、この大学ならアナウンサーなれそう」という親の期待に沿った学部を選んだ。


 しかし学内で女子アナ輩出率の最も高いソフトテニスサークルは避けた。


 怖かった。ソフトテニスサークルは、堀井ユリと同じ学部の人間が最も在籍しているサークルだ。


 もしソフトテニスサークルで小学校や中学校のような失敗をしたら、大学生活はどうなるか。


 予測した未来を恐れた堀井ユリは、失敗しても大丈夫なように、誰も在籍してない映像研究サークルに入った。ドラマは流行りのものを、映画は映画館じゃなくてテレビの再放送を、アニメはあんまり見ないので、好きな作品を聞かれても困ってしまう。失敗してもいいサークルに入りながらもそこでも失敗したくなかった堀井ユリは、サークルの広報担当としてSNS管理の役割を得た。


 映像に関わる役割は、何一つうまく出来そうも無かったから。元々サークルは自分のやりたい役回りを選ぶ人間のほうが多く、特に脚本や監督志望は複数存在していて、競争による空気の悪化が顕著だった。今の4年生が就職活動や卒論などで参加が少なくなるまで、辺見ハヤトは「監督とか脚本、もっとやりたいんだけどさ」とこぼしていたくらいだ。専門的な知識や好きなことがない自分でも大丈夫なのかと思っていたが、むしろやりたいことがあまりない、曖昧でいるほうが衝突が少なく済み、堀井ユリは安堵した。このまま、何事もなくやり過ごしていければいい。そう思っていたのに。


 なんで今こんなことに。


 走って走って走り続けた堀井ユリは、限界を感じ、息も絶え絶えになりながら逃げている。


 もっと遠くへ逃げたいのに、酸素が薄くて苦しい。煙草がいけないのだろうかと泣きたくなった。


 堀井ユリに煙草を勧めたのは、もうサークルとは縁が切れてしまった先輩だった。要領のいい辺見ハヤト、自分の世界がある平野マナと異なり、堀井ユリは飲み会の抜け時が分からない。それどころか誘われればずるずると二次会、三次会、四次会と付き合わされることが多く、一緒に話そうと喫煙所に行き、そこで電子タバコの出張販売員に声をかけられ始めたのがきっかけだった。


 同行していた先輩が「これで一緒に吸えるじゃん」と言ってくれたのが少し嬉しくて、その後、激しく後悔した。その先輩は喫煙者だということを隠しており、疲れたとき、一緒に喫煙所にこっそり向かうのは楽しく、それでいて食事でもオシャレに使うわけでもないのにお金が減ることがストレスで、両親はどう思うか怯え、サークルのSNSを更新するたび、おすすめで表示される就職情報に苦しみ、本数が増えていた。


 だから橋本ヒロキが電子タバコを落としたまま、どこかに消えたのが信じられなかった。特に煙草を隠していない彼ならば、大声で騒いで戻ってきて福爲や自分を手伝わせてもおかしくないはずなのに、音もたてずに消えるなんてありえない。


 ありえないことは、他にもある。


 橋本ヒロキの電子タバコを拾ってすぐ、恐ろしいものを見た。


 福爲の後に見えた、髪の長い女。


 顔に血のにじんだお札が張り巡らされ、剝がれかけ、ひらひらと浮く薄い札が、皮膚のようにも思え、吐き気がした。


 腕や脚は、人の肌の白さではなく、博物館や庭で見るような白い石の色で、明らかに生きたもののそれではない。


 それがじっと自分を見ている気がしたのだ。目なんてお札に覆われていたし、たとえお札がすべて剥がれても、そこに眼球があるか疑わしいほどの血のにじみであったのに。


 そして女の背後には黒い無数の手が蠢いていた。


 この場にいてはいけないと走り出し──村から出られないことが分かった。


 元々、堀井ユリはホラーが苦手だった。しかし辺見ハヤトは、怖いものが駄目だからこそ自然な演技が出来ると言って、橋本ヒロキが盛り上がり、話が進んでしまった。


 もうこのまま村を出たいが、札が無いと村から出られない。荒破から札を分けてもらうことを考えていたが、札はないという。お神酒があるかもしれないが、奪い取ろうなんて思えなかった。


 でも奪い取るしかないのだろうが。


 それが、正解なのか。


 堀井ユリはぎゅっと自分の服の裾を掴む。


 でも荒破は、自分を助けようとしてくれた。


 自分は見捨てた。


 それに平野マナを殺している。


 思考がまとまらない。まとまらないのにずっともしもが頭の中を回る。


 助けてほしい。誰かに腕を引いてもらいたい。


 正解を知りたい。


「あれ、堀井ユリ、どした?」


 振り返ると、辺見ハヤトがスマホのライトをこちらに照らしていた。その背後には──バスで一緒になった公務員の男がいる。公務員の男は女の子を抱えていた。


「な、なに、なんで」

「西ヶ住希乃ちゃん。行方不明の女の子見つけたでしょ、見つかったんだって。その昇降機、お婆さんに借りてさ、荒破翼探しに行ったら、見つけてさ」



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