対処法
「だから貴様の、コンテンツが楽しめないというのは……私とは違うが、対処法は分かる」
福爲の言う、勉強しているうちに面白さが分からなくなってくる。
それは、ヒット作を見て福爲の感性に合わないのに、無理に迎合しているから。
もしくは普通に脳が疲れているから。
色々可能性は考えられるけど……、
「ヒット作読んでこれしなきゃ、こうならなきゃって枷を、お前はお前に嵌めてる。お前はお前のままでいいのに」
「いやでも、勉強したり自己改善とかはちゃんとしないと駄目じゃないですか? 公募とかも」
福爲はすぐに否定してきた。まるで自由を拒むみたいに。しかし完全な拒絶ではなく、疑いに近い拒絶だ。そんなことはない。そんなはずはない。信じて踏み出したら怖いという、恐れを感じる。
「編集者というか業界人ウケと読者ウケ違うじゃん。大抵の読者は編集者でも編集長でもないし。読書量にズレが出る。だから自分はたくさん本を読む。業界を知ってる、ゆえに普通に生活している人と視点が違うかもしれないみたいなことを疑いつつ、著者がこうしなきゃってがんじがらめになって我慢してる作品は、なんでなんでってつついて、特定して、ほどく、ほぐして、お前もう少し前出ろって作家の背中を押すのが編集者だから。たまに、性癖大展開素っ裸みたいなのもいるけど」
そう言うと、福爲は「へっ」と、くしゃみに近い笑い方をした。多分素に近い笑いがこれなのだろう。
「サークル入って、嫌になった可能性もあるかもね」
「サークル?」
「裏側を知って、制作がどう思っているかノイズが入る。勉強スイッチがはいるんじゃなくて、感受性が豊かというか、イヤホンの無線が駅とかだとめっちゃ混ざるじゃん。それだと思う。だから、お前は鈍くなったんじゃなくて、過敏になったと、業界の人間は予想しますね」
「過敏……ですかねぇ」」
福爲はよく分からないと言った顔をした。
「その過敏さが、物語の役に立つよ。過敏さも才能だから」
ぽん、と私は福爲の背中を叩いた。
「そうですかねえ」
「はい」
「……荒破さんってなんで編集者になったんですか。なんか作家目指してたんですか?」
「いえ、全く」
私は首を横に振った。
「本が好きだったとか」
「全然」
「じゃあ、どうして──」
福爲は言いかけて止めた。
行き止まりだ。
目の前に、上に登れるような階段があった。
スマホのライトで照らすと、蝶番と戸締りが出来そうな金具がついている。通路で開閉が決められるならば、この先は普段使いしないような場所なのかもしれない。この先で何かをして、終わったら鍵を閉めて、屋敷に戻る。
屋敷は老婆の管理。
「生贄いるかもしれない」
「え?」
「とりあえず……開けるわ。やばかったら、私を置いて逃げることどすえ~」
私は福爲に断りを入れてから、簡易錠を開けた。
ギィ……と重い扉が開く。中の様子をうかがうため、5センチほどだ。
行燈によりうっすら照らされた扉の先は、書庫のようだった。
棚には書物か何かが並び、文机が見える。
そして──、
背を壁に押し付けるようにして怯える堀井ユリの姿があった。
彼女の視点だと、私はおそらく、床の扉から現れたわけで、どう考えても怪異っぽい登場だ。
「生きてる、大手出版社勤務‼ リモートワークあり‼ リモートあり‼」
とりあえず怪異なら言わなそうな言葉を身分証明として連呼する。堀井ユリは「え」と混乱した。
私はひとまず扉を押し開け、後に続く福爲に手を貸そうとするが、彼は普通に出てきた。
「えっと……村入ってすぐ、会ったのは覚えてる? 荒破です。編集者。元気で、幽霊じゃない」
「え、あ、はい……」
「どこまで知ってんのか分かんないけどさ、あの~お婆さんいんじゃん。三戸志斐。戸籍上、三戸志斐は五十年前死んでるし、婆があなたたちを案内してる屋敷、あれ途川さんっていう他人の家。だから不法侵入とあなた達に勝手に屋敷とか撮影許可出してるなら……まぁまぁとりあえず幽霊じゃなきゃ違法ババァだから、撤退です。退避。一緒に逃げよう。っていうか福爲と逃げてもらう感じで」
「えっと……」
堀井ユリは混乱したままだ。私は彼女に近づきしゃがみこむと、目を合わせた。
「ここは危ない、助けに来た、よろしく」
「えっと……は、はい」
「ってか何でこんなとこにいんの」
「あ、お婆さんが、こちらにって……」
「ここ何? 私、屋敷の地下通ったらここだったんだけど」
「山の、儀式とかする? ところで……」
堀井ユリは視線を泳がす。恐怖というのもあるだろうが、流されるままここにやってきたため、色々分からずじまいのようだ。
「この部屋は」
「しょ、書庫らしいです」
「へぇ。あとの、なんだっけ。あの、監督志望は」
「あ、は、ハヤトは、外に出て……トイレ行くって言ってたんですけど……帰ってこなくて」
「可哀そうに、心細かったでしょ。バナナでも食べる?」
私は鞄から非常食のバナナを取り出した。背後で福爲が「え」と驚く。
「なに」
「なんでそんなの持ってるんですか」
「漫画家いなくなってるわけじゃん。失踪村で出てくるものなんか怖いじゃん。効率のいいエネルギー補給」
「おにぎりとかじゃないんですね」
「おにぎりはフィルムバリバリしてるときに何か飛んでくるかもしれないし、バナナ単糖類だから」
ついでに経口補水液と水も入っている。お神酒と合わさって結構な重さだったが、編集者は紙の原稿、企画書、メモ、ノートパソコンを持ち歩くのが常なので、通勤時と変わらない。
「あげる」
私は堀井ユリにバナナを渡した。彼女は受け取ったままじっと見ている。
「福爲もお食べ」
「いや、自分はいいっす」
「欲しくなったら言って」
「あ、ハイ」
「胡桃もあるよ」
私は堀井ユリの様子をうかがうが、彼女は私を観察するばかりでバナナに手を付けない。
「とりあえずここ出よう。老婆が案内してきたってことは、ろくなことにならなそう」
棚の書類が気になるけれど、人命優先だ。しかもここは儀式をする場所ときた。地下通路の施錠の感じからして、生贄をここで管理している可能性が高い。
堀井ユリはさして抵抗することなく、静かにうなずいた。




