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【完結済】此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第十一章】此彼村・本殿
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荒破翼の勝利条件

 私と福爲は、地下通路を通っていた。


 通路は一本道なので、福爲をライト照射係に任命し、私はバット振り回し係として進んでいる。


「っていうか、なんで金属バットなんて持ってるんですか。野球とかされてたんですか」


 福爲が聞いてきた。


「編集者は福利厚生として金属バット支給されてるから」

「見たことないですよ」

「家の周りで最近強盗が多いし、野球の話担当することになったから勉強として買った」

「強盗って危なくないですか」

「危ない危なくない以前にここが危ないじゃん」


 そう言うと福爲は「はは」と愛想笑いなんだか馬鹿にしてるんだか区別できない笑い方をしてきた。


 大声を浴びると注目を浴びるし、くすくす笑うと男らしくない、みたいな処世術のなれの果てを感じる。


「そっちは? なんか書くとき調べたりしないの」

「なんか書いてるって言いましたっけ」


 福爲は聞き返してくる。質問への拒否なのか本気なのか分からない。


「サークルの人間のこと話すとき、主要人物みたいなこと言ってたじゃん。あとバスの中でカタカタやってたけどさ、アレ完全に小説家なんかの執筆タイピングだから」

「よく見てますね」


 他人事、もしくは観察的な返答だ。それが福爲の場合は強すぎる気がする。何を書いているか聞くのはおそらくライン越えになるだろう。私は「しないの? 事前勉強」と話の矛先をずらした。


「まぁ、勉強したりはしますよ。当然映画見たり本読んだりとか漫画も、アニメも」

「楽しい?」

「楽し……楽しい……でもまぁ、楽しいんじゃないですか」

「なんでそんな他人事なの? 自分のことだよね」

「自分のことって言われても……」


 福爲は言い淀む。私はすぐ「責めてるわけじゃない、質問して粗さがししたいわけじゃなく、なんだろ、なんでお空青いの? って五歳のわがままボーイが聞いてると思って」と付け足した。


「五歳のわがままボーイって……」

「編集者はみんな五歳のわがままボーイだよ。作家の言うことに何でって思う。興味があるから。好奇心いっぱいなの。ロジカルクソ現場の論破点探しじゃなく、草原に解き放たれた子供の好奇心」

「ううん……本当に編集者そんな感じなんですか?」

「そうだよ。編集長に何で煙草吸うんですか、口、ひょっとこみたいになりません? 一日一定の間隔で顔がひょっとこになるのにどうやって部下に威厳保つんですか、って聞いたりするよ」

「大丈夫なんですかそれ……」


 福爲は納得いってない顔をする。


「編集者はね。質問をして色んな事を知るのが仕事だからね。で、なぜ他人事なの」

「なんか……楽しくなくなってきません? 勉強してると」

「勉強って?」

「ランキングいいやつ、研究したりとか……逆張りってわけじゃないですけど……なんだろ、小学校の頃楽しかったものが大人になってそうでもないって思うみたいな感覚……ありませんか?」

「編集者っぽい悩みだ」

「編集者っぽい?」


 福爲は怪訝な顔をする。


「編集者してるうちに、ただ楽しむんじゃなくて売れるものを探すマシンみたいになる。まぁ、悪いことじゃないと思うけど」

「でも、編集者って売れるものを探すのが仕事では」

「まあねえ。でも、売れるもの、利益だけ考えるなら、そもそもエンタメでビジネスすること自体、無駄なんだよ。出版社が存在する意味も消える」


 ビジネスにおいて収益を回収することは必須要項である。前提目的としてそこから外れてはならない。


 しかし、エンタメの場合疑問が浮かぶのだ。


 収益改修を目的化した場合、ヒット作を全部AIにラーニングさせて法則に沿ったものを量産していけば、おそらく30本中4本は当たる。そのヒットで残りの26本の赤字を帳消しに出来る。


 対人におけるコミュニケーションのタイムロス、トラブルのリスクヘッジ、人件費のコストカットも可能で、浮いた分を広告費にあてる。実際、AIに近いような働き方を作家にさせるモデルケースはある。


 ただ、収益だけを目的化するならエンタメ事業である必要が無いのだ。


 人間の感情ほど、曖昧で不確かで、非合理なものはない。そこに根差したエンタメ産業は非効率であり、そこで事業を行うことは利潤追求から大きく反する。


 ゆえにエンタメの収益を実在金銭のみと定義することは、資本主義の論理との矛盾を感じる。


「だから、数字だけで作品の価値は決まらないし、売れるものを探す目になりそうな恐怖を抱えながらでも、時間とかそういうの全部飛んで読めるものを探して、それを本にしてる人間は一定数いる」

「売れるんですか」

「どうだろう。普通だねえ。大ヒットはないかも」

「いいんですかそれで」

「うーん。わからん。作家にとってはその作品が唯一無二じゃん。私が次の、別の作家さんとヒットを起こしたとしても、前の作家さんには何にもならない。だからこそ、結果が伴わなくても良かったって思われる仕事をしなきゃいけないし、同時にヒットを狙うけど、私がどこかでヒットさせなきゃみたいな気持ちはないかも。社内評価は下がるだろうけどさ、副編集長とか編集長になっても、後輩教育とかしなきゃいけないし、ずっと出版業界にいようとも思ってないから」


 だから私の勝利条件は他の編集者と違う。作家の絶対的な勝利と生存。それだけを望む。



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