ドキュメンタリー
「こちらが、みしゃわ様の祭祀を行う本殿でございます……」
老婆の案内のもと、辺見ハヤトと堀井ユリが通されたのは村の高台にある大きな神社のような建物だった。石造りの階段を何度も上がったので、堀井ユリは少し息を切らしている。階段を上った先は砂利道で、土や石、落ち葉が混ざり歩きづらい村の中とは異なり、進みやすい。なのに堀井ユリは重い足取りで、自分よりずっと年上の老婆よりも辛そうだった。
まぁ、そんなところもドキュメンタリーっぽいか、と辺見ハヤトは堀井ユリにバレないよう撮影を続行する。
「あの横にある、物見やぐらみたいなものは」
本殿の横には、二階建てほどの高さの矢倉があった。しかし一階部分は木々の中に埋まっており、日没ということもあって良く見えない。
「これは、山のふもと……村の入り口まで直通で迎えるようになっている昇降機でございます」
老婆の言葉に堀井ユリが「しょうこうき?」と聞き返す。辺見ハヤトは動画になった時、字幕を入れると安っぽい動画みたいだなと、「エレベーターだよ」と補足しながら、情報を探る。
「でも、何で昇降機が? 電力はどうなっているんですか」
「祭祀の為でございます。電力は山のふもととこちらの発電機で賄っております。日頃使うものではありませんので」
「なら、山のふもとにいる人間を、こちらに連れてくることもできるんですね」
荒破はまだ漫画家を探しているようだった。今、漫画家をどこかで見つけていたとしても、この昇降機で降り、捕まえればいい。先ほどは堀井ユリの邪魔が入ったが、ここまで来たならば見せ場を作ればいい。
「ええ。元々、山のふもとにある此彼川で身を清め、この本殿で祭祀を行っておりましたから」
「本殿って見れるんですか」
「勿論でございますとも」
荒破の様子が気になるが、ここまで本殿を映して中を出さないというのは、評価の星を失うことに繋がる。続きが気になる、知りたいをヒキにするのは活用だが、拍子抜けするようなことをすれば次は消える。期待に応えてこそ。満足に答えてこそエンターテイメントだ。自分向け、好きを詰め込んだ、ありのまま、自分らしさそのものは、エンターテイメントに必要がない。それらに悩む人間がそれっぽく自分を肯定できる、安心できるようスローガンやキャッチコピーとして掲げる広告表示に過ぎない。
だからこそ、このエンターテイメントは正しい。
ありのまま、そのままでありながら、万人の興味を引くのだから。
「ねえ」
なのにノイズが混じる。老婆が重苦しい南京錠で本殿の扉を開くのを眺めていれば、堀井ユリが耳打ちしてきた。
「なんでお婆さんについてきたの」
堀井ユリは不満げだ。
本来、荒破翼に奇襲を仕掛けるつもりだった。しかし堀井ユリがグズつき、老婆が乱入し今に至る。老婆は橋本ヒロキを殺した可能性もあり危険な存在だが、見せ場を作る舞台装置としては効果的であり、山を熟知しているため荒破翼の捕獲にも有効である。そして辺見ハヤトが「みんなの想いを背負った生き残りクリエイター」としての物語を得るには、老婆が堀井ユリを殺すか、いっそのこと堀井ユリで儀式をしてもらうのが一番いい。その後、老婆が自分を狙ったならば、荒破翼と福爲の元へ向かい、二人に何とかさせた後に、二人をどうにかすればいい。
それが最も低コストだ。
「殺されるかもしれないからね。言うことを聞いていたほうがいいかと思って」
演出上必要な言葉を話す。
堀井ユリは不安そうな顔をした。
単調に感じる。演技の幅がない。でもいいかと思い直す。これも「本物っぽさ」のひとつだ。
「あの、この本殿ってどんな部屋があるんですか?」
本殿の中は、長い廊下が続いていた。途中で扉があり、渡り廊下もある。造りは村の中央にある屋敷に似ていた。
「三階の中央に祭祀を行う祭壇の間がございます。この階の右手には待機所、左手に祭具をしまう蔵となっています」
「蔵には何が……」
辺見ハヤトが老婆に質問しようとしたその時。
コツン、コツン、と音がした。
堀井ユリが「なに」と辺見ハヤトのシャツを握る。
動物の仕業と考えるには規則的過ぎる。子供が石でも投げているような音だ。
「あの音は」
「ああ、祭祀の主役でございます」
「え、でもお祭りは出来ないって……」
堀井ユリが戸惑う。
彼女の言う通り、この村に来てすぐの頃、老婆は過疎化により祭りが出来ない話をしていた。ゆえに撮影許可が下りたといっていたが。
「はい。人がおりませんでしたので、祭祀が出来ませんでした。ゆえに、主役の方にお待ちいただいた次第になります。しかし、橋本様にお手伝いを頂けるお話がございましたので、準備をしております」
その言葉に、堀井ユリは辺見ハヤトの顔を見た。
橋本ヒロキは死んでいると平野マナが言っていた。ならば老婆は、橋本ヒロキを殺していないのだろうか。辺見ハヤトは「ヒロキ見てないんですけど、手伝ってたんですね」と軽く返す。
「ええ、撮影もないとのお話でしたので、お言葉に甘えてしまって」
老婆はこちらを振り返らず話す。堀井ユリは顔を真っ青にしていた。
「こちらが、祭具を保管している場所です。これまでの祭祀に関する書物もございますので、もしよろしければ、ご覧ください。私は祭壇で少々支度をしてまいります……ああ、もしよろしければですが、屋敷にお戻りになられる場合は、お声掛けくださいませ。祭壇には地下通路があり、屋敷の中に繋がっております」
老婆は蔵に辺見ハヤトと堀井ユリを残して去っていく。
辺見ハヤトはチャンスと言わんばかりに、棚にある書物に目を通す。
≪祭祀・奉納娘子・終礼ノ書簡≫
和綴じ本の表紙には毛筆でそう記されている。分厚い表紙をめくると、習字で使っていた半紙のような手触りの紙で『第一代 奉納娘子』と記されていた。
古文や歴史の授業で見覚えがある。それ以外の感慨は浮かばない。




