目的
「そういえば」
福爲が思い出したかのように呟いた。
「あの、橋本ヒロキを、堀井と……あの平野じゃない女と探しに行ったときに、廊下で、突然堀井が叫んだんですよ。それで、屋敷から出て、村、出れないって分かって……」
「なんか見たのかも。福爲は見た?」
「俺の後になにかいたっぽいんですけど……」
「怖くて振り向けなかった?」
訊ねると、福爲は目を逸らす。怖かったのだろう。
「で、でもさっき、あの、その廊下通ったんですけどなんもなかったですよ」
「え、どこ」
「さっきです」
「それは流石に言ってくれ、ってかどこじゃい。いったん確認しよ」
怖すぎて言い出せなかったまでくるとちょっと困る。しかし福爲は「か、確定じゃないですよ」と、頓珍漢な言い訳をしてきた。
「確定じゃないのは当たり前だよ。今欲しいのは思考素材だから大丈夫。ただ、その時は福爲も、その堀井さんも無事だったんだよね。包丁でギコギコされない。で、髪の毛には追われた。その前は、お札を使うような目にはあった?」
「まぁはい。鉈持った男が飛んできて」
つまり、何もしないタイプと明確に襲ってくるタイプがある、ということだ。
鉈の男には、私も狙われた。ついでに下肢のない男にも。平野マナにも襲われている。
みしゃわ様は生贄を欲してる。特に女は依り代にするみたいな記述もあった。漫画家は生きているし西ヶ住希乃ちゃんは生きているので、多分、女は生かしたままで欲してる。
「幻覚を見せて、精神に作用するのと、物理でどうにかできる奴の二種類いるのかもしれない」
「え」
「生贄が欲しくて、意識を乗っ取ったり死体を動かせるなら、そのまま操ってしまえばいいじゃん。でも、殺そうとしたり幻覚見せたりめちゃくちゃじゃん今」
「ああ」
福爲は分かってるんだか分かってないのか悩ましい返事をする。
「生贄集めてるほうと、とりあえず殺してるのと二種類いて、生贄集めてるほうが出来る能力、とりあえず殺してるほうが出来る能力、それぞれの目的が違うのかも」
「ど、どういうことですか、ややこしい」
やっぱり分からなかったようだ。言ってくれればいいのに。でも、分からない時に聞いて怒られるような生活だったのかな、とも予想出来て、私は普通に話を続ける。
「生贄欲しいほうは、幻覚しか見せられない。殺したいほうは、平野マナをああしたみたいに、操ることが出来る。でも、本来やりたいこととそれを実現しやすい能力が逆。お互い協力すれば目的達成もしやすいだろうに、平野マナは私を殺そうとしてきた」
「確かに、生贄欲しいんだったら、生け捕りですよね」
「でも、なんで物理干渉と精神干渉で別れてるんだろ」
そこが不思議だ。
脳と身体って複雑に出来ている。脳が筋肉に動けと伝達して身体を動かすけど、その脳の思考は前頭前野とか扁桃体でまず「どうしましょうか!」みたいなディスカッションが発生して、身体の動きはさらにそこから運動野に伝達する。
ようするに文化部で決めて運動部に命令するみたいな感じが、人間の脳では随時行われてる。で、たまに熱湯とかがかかって反射的に手を避けるなど、運動部が文化部と話し合わずにバンッと動くこともしばしばある。
そのため、霊的には文化部と静かに話し合いして、運動部と関わらない、みたいな干渉方法が楽なタイプと、筋肉! 力で黙らせるぜ! みたいな運動部と関わり、文化部と話し合いするのを嫌う……と予想できるけど実際どうかわからない。そもそも乗っ取られてるときに脳波を測定するわけにもいかないし。
「積極的に村の死体乗っ取って都会に出て生贄集めしないところを見るに、移動制限があるのかもしれない。ワイファイルーターみたいに」
「ワイファイルーター」
福爲は復唱してきた。
「なに」
「いやなんか、普通に、笑っちゃう例えだなと思って」
「はぁ」
私は一人暗く笑う福爲をそのままに、老婆について振り返る。
老婆は生贄を集めようとしていた。幻覚を見せ生贄を求める側だが、だとすると人間を殺しまわるような存在は、この村の何なんだ?
「ここです」
福爲は廊下で立ち止まった。
「堀井さんはどこに」
「そこに立ってました」
福爲は自分より少し前の位置を示す。
私は彼の指示通り立つ。福爲はこちらに寄ってきた。怖いんだろうなと思うが突っ込まない。怖いものは怖いだろうし。
「壁かぁ」
堀井ユリが怯えた視線の先にあるのは、壁だ。
壁に何かいたのだろう。
私はおもむろに壁に触れる。「え」と福爲が後ろで驚いた。
壁の向こう側から冷たい風が吹いている。私はかつての担当作家の打ち合わせを思い出す。
武家屋敷等には、隠し部屋や隠し扉が存在する。それらは鍵ではなく特定の操作で開かれることが多く、当然昔の時代のものなので、通信は関係ない。
そして案外、取り外し式もあった。
私は壁の左右に手をかける。案の定、ゴト……と音を立てて木板が外れる感触がした。
ひた、ひた、と水音がする。
私はスマホの照明を使い、その先を照らす。
暗闇の中から現れたのは、下りの階段。その先は、真っすぐ道が出来ている。
「これ……」
壁の先、かつて堀井ユリの怯えたらしい視線の向こうには、どこに続いているかもわからない地下通路が存在していた。




