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【完結済】此彼村で漫画家を探しています  作者: 稲井田そう
【第九章】此彼村・外周
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黒電話

「あぁ……確かに人の家、ではありますもんね……」


 福爲は納得がいってない様子だ。多分だけど人の家と認識することに抵抗があるのだろう。祟りについても気にしているみたいだし、彼にとってこの場所は殺されるかもしれないお化け屋敷で私の意図は理解しかねるのだろうが、こちらに気を遣っているらしい。


「あくまで私の考えだから合わせる必要はないから」


 と言っても気休めにしかならないのかもしれない。「作家にもよく言ってることだけど」と付け足す。


「作家さんに?」


 軽いフォローのつもりだったのにとんでもなく食いついてきた。


 此彼村に入る前も「人物」と言っていたりバスでパソコンをいじっていたけど、顔が明らかに違っている。作家の目だ。綺麗な目。ならばと説明することにした。


「本を作るときに作家は出版社さんの言うことだから、編集者さんの言うことだからって考えるかもしれないけどさ、私のこと全部信じて言う通りにしたら結局私の代筆してるみたいになるじゃん。だからあくまで私という人間の個人意見だし、私も間違えるっていうか誤解してる可能性とかもあるから、作家には拒否の権利もあるし取り入れる権利もある。制作に必要なのは対話であって稟議や判決じゃないから」

「へぇ……」


 ワード換算で四文字の返答。ただ長く話をしているときよりも感情が濃い。


「まあ作家の提案を却下することはあるけどね」

「あるんですか?」

「あるある。海外で差別ワードとして絶対使えないような単語を、本当に意図せず面白半分でタイトルに使ってたら怒るし、全年齢向けの話で小学生が読む漫画の下ネタ以上のなんて言うんだろうな……性暴力で使うような言葉が入ってたら却下するし、たとえば今ヤンデレ流行ってるけどさ、犯罪の肯定、当人同士が良ければいいよねって開き直りの価値観を人物に言わせるみたいなことをしてると、止める」

「それはどうしてですか」

「現実とファンタジーの区別をつけられない人間がいることと、あらゆる犯罪を肯定してはいけないことについて、表現者は配慮しなきゃいけないから。その前提あっての出版だから。あれだよ。謝ったんだしいいよって言っていいのは被害者のほうで加害者は言っちゃいけないっていうのと同じ理論。全ての創作は自由であるべきだけど商業は多くの人の目に触れる。外に出るならパンツ履くってこと」


「パンツ」


 福爲は復唱した。自分で言葉を繰り返しながら精査している。多分強いワードだけを頭に入れるタイプとは違う。


 全部仮説に過ぎないけど。


「まぁ、面白ければ、売れれば何でもありっていう人もいるけど、そのありは、誰が決めるんだろうなって、そういうところ含めて考えるのが、編集者だなと思ってるから。ご参考までに。現在、人材不足の昨今なので」

「ハハ」


 福爲は少し小馬鹿にしたような笑い方をした。さっきの残骸愛想笑いとは違う。


 落下の時より気持ちの面で落ち着いてきたならいい。ほっと安堵した。


 そのとき──、


 リリリリリリン。


 リリリリリリン。


 リリリリリリン。


 黒電話の音が鳴り響く。


 私は受話器を手に取った。


 普段なら「お疲れ様です~出版社名~荒破です~今お時間大丈夫でしょうか~」と定型文を入れるけど、相手は仕事と無関係なので静かに出方を窺う。


 相手は何も言わない。ざらざらとノイズの入った音と何かを引きずるような音が聞こえるだけだ。


「心臓麻痺とか心臓発作とか助けを求めてる感じだったら一回受話器叩いてもらっていいですか? 軽くでもいいんで」


 緊急時のことを見越し一応確認する。しかし返ってきたのは応答ではなかった。


 硝子の砕け散る音と、人間の悲鳴だ。ガタガタと風の揺れる音がする。

緊急時のことを見越し一応確認する。しかし返ってきたのは応答ではなかった。


 ガシャンガシャン窓が割れる音。


 人間の叫び声。


 謝罪の声。


 そして──女の笑い声だった。


 嵐の中を想像させる騒音の中、助けを求める人々の声に混ざり、一人だけ女が笑ってる。


 声は遠いものだったが、だんだん近づいてくる。

『みしゃわ様、みしゃわ様、みしゃわ様、私はこの身を捧げます! どうかどうかどうかどうか私を』

 ガチャン。


 電話主は定かではないが、窓の割れる音のほうが最初は近かった。まるで嵐の中電話をかけてきた、みたいな。そしてみしゃわ様についてなんか言ってる声は、そこまで近くない。多分電話主じゃない。


 振り返ると福爲は私を見てびっくりしていた。こういう時、私の後になにか出てきたりするんだよな、と疑い周囲を見ても何もない。福爲しかいない。ワールドイズ福爲。


 二十二歳といえど黒電話知らねえだろと、私は「これ電話だよこれ。置き型スマホみたいな感じ。電話しか出来ない。公衆電話のお家版みたいな」と説明すれば、「知ってますよ‼」と半ギレされた。


「じゃあなんでそんな顔してんの」

「出たから‼」

「は?」

「電話‼ なんで出るんですか」

「かかってきたから。編集者は電話来たら取んなきゃいけないから」

「いやいやいやいや」


 福爲は山田さんみたいな返事をしてきた。泣き声にみたいなものだろうと私は情報共有に努める。


「なんかねえ、窓が割れる音がしてさ、みしゃわ様、この身を捧げますって言ってキャッキャしてた。女が」

「怯えて、言わされてるとかですか」

「声だけじゃ何とも言えん。分からん」


 楽しそうに見えていても心の中は最悪の可能性もあるし、逆もしかり。


 すると福爲は「橋本」と呟いた。


「橋本、輪にされたんです」

「それさ~……猟奇殺人の……民放が死ぬほど頑張ったみたいな状態を、目の当たりにした、ってこと?」

「まぁ……あの、生贄にされたと、思ってて」

「あ~だあね。男は輪にされるってあったわ。村人の日記みたいの読んで。もう死んでるだろうけど」

「そうですか」

「あと、何を、情報共有しなきゃだろ……あ、そうだ。村から出られない。理由は分かんないけど」

「村から出られない?」


 福爲がやけに食いついた。さっき、男は輪にされると言った時より反応している。まぁ、一大事なのでこういう反応にもなるだろうと、私は「出ようとすると戻ってきちゃうんだよね」と続けた。


「……」


 福爲は何か考え込んでいる。



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