合流
山田さんに希乃ちゃんを託し、老婆を煽りに煽った私は、薄暗い山道を駆けていた。
背後からは到底人間のものとは思えない速度で老婆が追ってくる。バットでぶん殴りたいところだが、老婆が怪異か分からない。故人を名乗る化け物並みに足の速い老婆の可能性があるため、金属バットで殴れない。
とりあえず不法投棄のドラム缶を横倒しにしたり、軽く村に入って民家を通り抜けたりしているが、老婆の速度は衰えないしスタミナも尋常じゃないしで埒があかなかった。
このまま下肢のない男に挟み撃ちされたらどうしよう。そう思った次の瞬間──、
「は?」
老婆が背後から消えていた。
これ絶対前見たら老婆いるパターンだと読み、あえて振り返らず山道を突っ切る。
しかし、そもそも私の走る音しか聞こえない。さっきまで老婆が枝や落ち葉を踏み閉め猛ダッシュしてる音が背後から響いていたのに。今は私の走っている音だけだ。シンプルすぎる。
もう一度振り返ると、遠くに老婆の姿があった。尋常じゃない速度で急斜面を駆けあがっている。どうやら村の中央を目指しているようだ。もしかして屋敷に帰ろうとしているのだろうか。辺りは日暮れだ。何かタイムリミットがあったとか?
私は周囲を見渡す。老婆の脅威になりそうなものはない。
熊が出るとかだったらどうしよう。
鈴を鳴らしたいところだが、老婆に追っかけられるのもキツイ。私は生きている人間なので体力は温存しておきたい。
それに、漫画家を見つけたいし。大学生のこともある。老婆とは別方向から屋敷を目指す。
もう日暮れだ。女は夜で歩くなと言っていたが、あれは一体何を防ぎたいのだろう。
考えていれば──、
ガサガサガサガサ‼ と木が折れて倒れてくるような音が響いた。顔を上げれば空から人影が降ってくる。その背には何か糸や触手のようなものが蠢いている。なにかと身構えた瞬間、私は落下してくる人影がハッキリ見えた。
福爲だ。
私は慌てて大きく腕を広げた。
福爲はそのまま落下してくる。私はすぐに金属バットを地面に置いた。お互い頭蓋骨陥没は免れたいので、なんとか位置を調整して受け止めたが流石相手は男子大学生、痩せ気味だというのに重力も相まってアメフト部のタックルと錯覚しかねない衝撃が襲う。
「ってえ‼」
思わず声が出た。二十歳を過ぎれば驚こうが痛がろうがまともに声なんか出なくなるのに痛い。上から人が降るなんて聞いてない。
「なに? 大丈夫? っていうか……」
空から福爲を追うように触手のような髪の毛のような群れが降ってくる。これは絶対に生きてる人間じゃない。金属バットでぶん殴っても合法だ。
「ごめんだわ。後ろにいて」
私は福爲を庇うように前に出た。
「ちょっと頭伏せておいて。当たったらマジで危ないから。金属だから」
福爲に注意してから、迫りくる毛髪の束に向かって思い切り札付き金属バットをフルスイングした。
クッションや毛布を叩くような感触だと予測していたが、パキパキと細く乾いた枝が砕ける感触がしたかと思えば、フワッと靄になって消えた。
「なにに追われてんの」
「いや……わかんないっす……」
「そっか、え、っていうか……何? 昔の少女漫画け? 曲がり角で食パンくわえてごっつんこ世代じゃないんだけど私」
老婆を煽り囮になって走っていたら、上から福爲が降ってくるって何? しかもシチュエーション的に溺愛ファンタジー漫画のヒーローみたいなことをさせられてしまったが、年齢差的に「大学生の男をうっかり抱き留めましたって引きました」とディスられかねないシチュエーションなので納得いかない。まぁ命が助かれば私の人権なんてどうでもいいが。
「はぁ……」
福爲は福爲で戸惑っていた。
「まぁいいけどさ、っていうかあれは? 他の大学生は?」
「あ……えっと……」
福爲はどう答えていいか分からない様子だ。答えたくないのもあるかもしれない。
「とりあえず立ちな。危ないし。っていうかリュックの中身出てるし。髪の毛に切られてんの? 髪の毛に切られるってのも変な日本語だけど」
私は辺りに散らばった福爲の荷物をしゃがみこんで拾う。というかこの男財布ぶちまけてる。
「免許証あんじゃん。学生証まで落ちてるよ。危ない危ない。クレカは? 大丈夫。うわうわうわ」
こんな山の中に落としたら探しにくるどころではない。私は慌てて集めるが、ふと違和感を覚えた。
「お前成人してんだ。最悪お神酒飲めるじゃん」
福爲は大学一年との紹介があったが、学生証の年齢は二十二歳だ。
福爲は一瞬だけ、信じられないものを見るような目で私を見たあと、「まぁ、そうですね、あはは」と、最初だけノリ良く見せる新入社員の残骸みたいな愛想笑いを浮かべた。
「っていうか計算早いですね。生年月日見るだけで年齢分かるって」
「人事採用の口出しもしてたからね」
「してた?」
「前の仕事。編集者じゃないから」
「そうなんすね。てっきり編集者一本かと」
福爲は聞き役に回るとよくしゃべるようだ。
「まぁね」
私は金属バットに貼った札を見る。焼いていもいないのに四分の一ほどが黒く焦げ付いていた。スマホのバッテリーの残量みたいなものだろう。親切だ。
「そういえば、お札……」
福爲は言いかけながら、なんだか言い辛そうに視線を逸らす。なんなんだろう。自分から言っておいて。
「使った?」
「ま、まぁ、はい」
「怪我は?」
「え?」
「怪我してるなら、包帯とかあるから。っていうか今の分もだいぶ危なかったけど」
「え、あ、痛いところはないです」
「我慢してない?」
追及するが福爲は「全然」と首を横に振った。表情を精査しても嘘はついて無さそうなので、一旦保留にする。




