届かない声
「覚えてないもなにも、私、そんな話、福爲としてないし、話してたのはユリ先輩じゃないですか」
「でもみんなといたとき話してたよ。この屋敷にきて」
「……それは」
「ねえ、マナちゃん。福爲のリュックはどこ?」
福爲のリュック。それは福爲が背負っていたので、もう無い。彼は屋敷の塀から落ちていった。蔵から追ってきた髪の毛の群れのこともあるから、拾いに行きたいと思えなかった。
「ねえ、誤魔化さないでよ」
しかし平野マナの沈黙を、堀井ユリはごまかしだと判断したらしい。
「誤魔化してなんていません」
「じゃあ福爲のリュックはどこ? 福爲は」
「塀の外に落ちて……化け物と一緒に……」
「……」
堀井ユリは沈黙した。その沈黙が自分に向けた疑いに感じ、平野マナは黙る。
もう何を言っても、信じてもらえないのではないか。
そんな不安が脳裏を占める
「じゃあ、俺は堀ユリと探すから、平野はちょっと、別ルートで編集者探そっか」
探そっか。言い方は軽い提案だった。しかし辺見ハヤトの言葉には、枷をはめるような重さが滲んでいる。
「効率的に二手に分かれたほうがいいし、二人揉めてるなら、なおさら頭冷やしたほうがいいと思うから。お互い、冷静になろう。編集者見つけて、札探してさ、譲ってもらおう。ヒロキも福爲も死んだなら、二人の分、絶対助からないといけない」
辺見ハヤトは、平野マナと一切目を合わせない。
「でも」
対論が浮かばない。二人はどう考えても自分を見捨てようとしている。だってこんなの二対一だ。三人で行ってくれたっていいじゃないか。そう思っても辺見ハヤトの言葉はすべて正しくて、平野マナは反論できない。正しさへの反論は間違いだから。
「じゃあ、そういうことで」
堀井ユリは目も合わさず言う。
二人は平野マナに背を向け去っていく。
その二人の姿が、両親に重なった。
『マナの好きにしなさい。その代わり失敗しても文句言えないよ。それがいやだったらやめなさい』
失敗した。自分は。
文句が言えない。自己責任だ。これは自分がこの村の本をサークルに見せ、最後まで止めきれなかった報いだ。両親にこのことを言っても、決して味方になってはくれないだろう。平野マナは両親にサークルの行先までは伝えていない。それどころか映像サークルに入っていることもだ。反対はされないだろうが、両親に否定されるのが怖かった。否定されたら、気力が消える。気力が消えてもサークルに入ったのは自分で、自己責任だから。
幼い頃、両親に憧れてねだった絵画教室。初めて出来た絵を両親に見せて、「あ~やっぱりこういうのはセンスなんだね」と両親に失望されてから、通う気が失せた。やめたいと本音を言う前に「すぐやめたいなんて言わないでね、ちゃんと自分が決めたことなんだから」との言葉で、高校受験を理由に出来るまで、続けていた。両親高校に受かったあと、おそるおそるその道に行かないことを伝えると「好きなことで食べてくには才能いるから」と両親は平野マナを励ました。
才能がない。自分でも十分認めていた。分かっていた。反論する気はない。
でも才能がないなりに頑張っていたことは認めてほしかった。
平野マナは前を見据える。
自分は、たしかに堀井ユリを助けようとしていた。
それだけは分かってほしい。もう大学で話すことも出来なくていいから、サークルにいられなくなってもいいから、それだけは分かっていてほしい。
「ユリ先輩‼」
平野マナは堀井ユリを追う。井戸の傍で足早に歩く二人を見つけた。
二人は驚いたように足を止めた。今がチャンスだ。
「先輩‼ 私、先輩を助けようとしただけなんです! だって札は四枚しかないし、福爲だって何するか分かんないし、それだけは分かってほしい‼ 今まで、やってきたじゃないですか‼ それ思い出してくださいよ‼」
平野マナは堀井ユリの二の腕を掴んだ。華奢だった。こんなにか細い腕なのだから、やっぱり自分が守ろうとしたのは正しかったと確信する。
「やめてよマナちゃん、大きい声出さないでよ、またあの化け物みたいなのが来たらどうするの」
「はぐらかさないでくださいよ、信じて‼ 私、本当はあんな屋敷なんて福爲と入りたくなかった‼ でもユリ先輩が入りたくなさそうだったから代わりに入ったんですよ‼ それにユリ先輩の悲鳴聞いてちゃんと追いかけてきたじゃないですか、ねえ‼」
「頼んでないよ‼」
どん、と華奢なはずの腕から考えられない力で、突き飛ばされた。突き飛ばされた胸とは対照的に、腰に激痛が走り、身体が宙に投げ出された。何が起きたか分からないうちに、後頭部にも激しい衝撃を受けた。吐きそうになり、全部がスローモーションに見える。
こちらに手を突き出し、驚く堀井ユリ。
堀井ユリの後で、ポケットに手を入れる、辺見ハヤト。
いつか見た映画の映像と重なり、今、自分は井戸に落ちているのだと理解した。
「マナちゃん‼」
呼び声と共に、ゴンッとコンクリートブロックが砕けるような音が、自分の中から響いた。
耳がぼわぼわして、耳が聞こえづらい。気持ち悪くて仕方がない。
井戸の底で、平野マナは遠くを見る。
辺見ハヤトの手には、カメラがあった。
その姿に、平野マナは、「ああ」とバスに乗る前の出来事を思い出す。
此彼村に来るバス停で、バスを待っていた時のこと。
元々此彼村には自分、辺見ハヤト、堀井ユリ、橋本ヒロキ、福爲の五人で向かうはずだった。しかし橋本ヒロキの遅刻癖が酷いからと辺見ハヤトが対策をし、橋本ヒロキの最寄り駅を一時集合場所にしていくとの算段だったが、案の定それでも橋本ヒロキは寝坊をして、橋本ヒロキと個人連絡をしていた堀井ユリが合流、そこまで集まっているのならと平野マナもみんながいるほうへ合流した。
結果的に時間通りの福爲が一人でバスに乗るということになったが、皆特に気にしていなかった。
平野マナは定刻通りの人間で、むしろ遅刻する人間を嫌うタイプだったが、福爲と二人じゃ無い分助かったかもしれない、と思ったくらいだ。
そうして、四人で向かったバスロータリー。
そこで貰った西ヶ住希乃ちゃんのチラシを、辺見ハヤトは捨てていた。
西ヶ住希乃ちゃんの父親が必死な顔で配っていた声も姿も、平野マナと同じように見ていたのに。
辺見ハヤトは、それをバスロータリーのゴミ箱に、分別を気にしながら捨ててしまえる男だった。
ああ、見ている世界も何もかも、自分はこの男と違っていたのか。
確かに見ていたのに、志が同じであると、どうして錯覚してしまったのだろう。
平野マナは心の中で嘆く。しかし、文句を聞く人間は傍にいない。
両親はどう思うのか考えるが、もう思考が上手く働かない。
誰か。
声はどこにも届かない。




