ふたりへ
門のほうへ向かうと、二人はすぐに平野マナに気付いた。
「荷物、これ」
堀井ユリに鞄を渡すと、辺見ハヤトが「あれ、俺の荷物は?」とあたりを見渡す。
「福爲が持ってて……」
「そっか、福爲は?」
「それが……なんか、蔵に化け物がいて……」
あれを化け物と簡単にくくってしまっていいものか分からない。説明が難しく感じた平野マナはポケットに入れていた作家のメモを渡した。
「なんか、この村おかしくて、ヒロキのことなんだけど」
「ちょっと待って、落ち着いてくんない? 何があったの? 福爲は」
「死んだ……」
正しくは殺したに近いが、殺したと言って二人は受け止めてくれるか不安だった。殺したのは二人のためであり、そもそも札に限りがある以上、そうするしかなかったが、それでも後ろめたさはある。村を出て安全になったとき、二人と疎遠になった時、ふとした調子で知られて就職やその後の生活に響いたら、怖い。
「なに?」
「ヒロキも福爲も死んだの……!」
「は?」
辺見ハヤトが呆れを滲ませ聞き返す。責められているように感じ、平野マナは訴えた。
「蔵に、化け物みたいなのがいて。人間で作った輪みたいなのがあって。そこにヒロキがいて」
「で、ヒロキは今どこ」
「そこの蔵で死んでて」
「死んでるってなんで分かったの」
辺見ハヤトは冷静に、まるで推理サスペンスの刑事の詰問のような調子で問い返す。
疑われていると瞬時に悟った。
自分は二人の為に荷物まで取りに行ったのに。
「いや、明らかに死んでて、輪みたいになってて」
「で?」
短すぎる問いに、言葉が詰まる。何を言っても不正解な気がして、頭の中がまとまらない。
「いや、だから、その」
「っていうか俺の荷物はどこ?」
「福爲が持ってて」
「福爲は?」
「し、死んだ」
「何で」
「蔵にいた、化け物が、突っ込んで……そこにある塀に……」
「荷物ごと?」
平野マナはうんうん頷く。堀井ユリの様子をうかがうと、彼女はじっと平野マナを精査するみたいに見つめていた。
「ユリせんぱ……」
「マナちゃんさ……本物、だよね……?」
「え?」
なんでそんなことを疑われているのだろうか。
そもそも山道で見かけた堀井ユリは顔が空洞になっていた。それでも心配した。自分の目の錯覚で、堀井ユリは守らなければいけない存在だと考えていた。なのにどうして自分は、堀井ユリの身を案じて屋敷に入ってきた自分は、代わりにおぞましいものを見た自分は、疑われているのか。
「待ってくださいよ、私荷物取って来たじゃないですか」
「でもヒロキどうやって死んだか分かんないしさ、福爲がいなくなるって変って言うか、あいつ、サークルとか最初から来ないパターン以外は、基本、団体にくっついてくるじゃん。単独行動とかしないじゃん。ヤバい時なんかなおさら何もしないじゃん。マジで福爲どうやって死んだの?」
真実を突き付ける口調に、一気に頭に血が上った。苛立ちでもない。悲しみでもない。不条理に直面した憤りだ。こんな理不尽なことあってたまるか。疑いを晴らさなければ。自分がどんな気持ちでやってきたか、責任を感じてきたかを、この二人は知らない。
「なんでそんな福爲のことばっかり言うんですか、あいつ何にもしないじゃないですか。札は四枚しかないんですよ。ヒロキ先輩が死んでても編集者から札を四枚奪うより福爲がいらないじゃないですか‼ 化け物が追っかけてきたんですよ。化け物連れたままこっち来れば良かったんですか⁉」
平野マナは必死に訴える。ここまで言えば理解するはずだ。分かり合えるはずだ。知ってくれたら二人は変わる。確信していた。
「見捨てたんだ」
堀井ユリが呟いた。
は?
平野マナは頭の中が真っ白になる。
結果的に見捨てることになったが、それは仕方がないこと。やむを得なかった。あの瞬間、それしか方法が無かった。どうしてこんなに説明しているのに分かってくれないのか。
助けたのに。
なのに。
「だって仕方なくない? 札は四枚しかないんだよ? 編集者から奪うより……」
「編集者から奪うよりってなに?」
辺見ハヤトが聞き返す。
「だから、奪うより、福爲が……」
「福爲殺したほうがいいから、見殺しにしたってこと? 同じサークルだよ? お前何考えてんだよ」
「何考えてるって、みんなのこと考えてるじゃん‼」
「考えてねえだろ。殺しといて」
辺見ハヤトの淡々とした反応が、理解できなかった。
恐ろしい化け物は蔵にいて福爲すら飲み込んだのに、まるで平野マナが怪異とでも言いたげに。
「殺してないじゃん。仕方なかったんだって」
「仕方ないなんてなくない?」
「……ねえやだ、何で福爲の肩持つの? 私、ちゃんとやってんじゃん。サークルのことだって全部‼ 全部やってんじゃん」
「別にやってなんて頼んでないけど」
平然と辺見ハヤトは返す。その通りだった。辺見ハヤトも堀井ユリも福爲を排除しろとは頼んでいない。それは平野マナも分かっている。だとしても、こんな状況で、札は四枚しか無くて、怪異も追いかけてきたのだから、自分の選択は間違っていないはず。そう、確信がある。
「でも、ユリ先輩、福爲に何かされたんですよね」
平野マナは堀井ユリに訴える。辺見ハヤトは勘違いしている。自分は誰かを害する存在ではない。これは正当防衛だ。自分はサークルのために正しいことをした。誰も選べない選択をしたのだ。
しかし、
「福爲は何もしてないよ……?」
堀井ユリは平野マナに怯えていた。福爲を見て怯えていた時と、同じ目を平野マナに向けていた。
「だって、先輩、福爲に怯えて……だから私は」
「な、なんで私のせいにするの……?」
堀井ユリは戸惑う。
「ってかさ、福爲、お神酒持ってなかった……なんか、気持ち悪い瓶みたいなの。あれ、編集者の人から貰ったって言ってなかったっけ……お札と……一緒に……」
堀井ユリは言う。
確かにそんなやりとりがあったような気もするが、記憶が定かではない。「いつだっけ?」と確認しようとすれば「覚えてないの?」と堀井ユリが問い詰めてきた。




