血の呪い
平野マナは辺見ハヤト、堀井ユリ、福爲と四人で屋敷に戻っていた。
道中警戒していた四人だったが、何もなかった。危険な目に遭うことも、橋本ヒロキと会うこともない。
「あの編集者は、漫画家探すって言ってたけど、屋敷の中にいんのかな、」
辺見ハヤトが呟く。
「確かに……それにヒロキって、屋敷の中でいなくなってない? あのお婆さん、大丈夫なのかなぁ」
堀井ユリは怯えた顔をした。明らかに屋敷に拒否反応を示している。
「お婆さんのこともあるけどまずは札だよ。あれが無いと村から出れない。俺が……減らしちゃったけど」
辺見ハヤトは申し訳なさそうに呟いた。元々荒破翼が五枚持っていたらしい札は、福爲が一枚貰い、辺見ハヤトが鉈を持った男に使ったことで四枚になった。札が無ければ村から出られない。
しかし、今いる辺見ハヤト、堀井ユリ、福爲、姿の見えない橋本ヒロキに、自分──サークルの人間は五人だ。荒破から奪うにせよ、一枚足りない。
「屋敷に入ってるときに編集者が屋敷の中に入ってきたかも、通り過ぎたかも分かんないのちょっと怖いんだよね……だから……」
辺見ハヤトの指摘に、平野マナは「私さ」と彼の言葉を遮った。
「私と福爲が荷物を取ってくるから、辺見先輩とユリ先輩は屋敷の前にいてください」
堀井ユリは目に見えて怯えているし、屋敷の中に入れるのは酷だ。そして編集者が屋敷の前を通過する、自分たちの後に入ってきた場合の対策として、屋敷の外で待機する見張りがいる。堀井ユリがそもそも誰かに腕力で勝てるイメージもわかない。札を奪うには男手がいる。
「でも、平野と福爲が危なくない? 大丈夫?」
辺見ハヤトは止めてきた。
「大丈夫です。ユリ先輩、顔色悪いし、ね、福爲」
平野マナはあえて堀井ユリではなく福爲に訊ねた。福爲は「ああ、まぁ」と感情の読めない反応をする。どうでもいいのだろうか。堀井ユリはこんなに怯えているのに。村に入る前はただ浮いてる同じサークルの人間程度だった福爲の一挙一動が今はこんなにも気に障る。
「確かに堀ユリ顔色やばいな。悪いけどそういう分担で、よろしく」
辺見ハヤトは、制作を仕切るように平野マナと福爲を見送る。
平野マナはその見送りに応えながら、屋敷へと身を進めていった。
「え、靴」
平野マナは屋敷に土足で踏み入ろうとすると、福爲が呟いた。これではまるで自分が失礼な人間で、福爲が正しいみたいじゃないかと、「だって変なの襲ってくるかもしれないじゃん。鉈の男みたいに」と返した。福爲は黙る。苛立ちが募った。
思えば前からこうだった。福爲は黙る。自分の意見を言わない。辺見ハヤトに何かないか聞かれ、たまに一言、場の空気やそれまでの前提にひっかかるようなことを言う。周囲が反応を示すと、「やっぱりいい」と言ったりして黙る。その黙っている状態が、納得している沈黙なのか不満を耐えているのかさっぱり分からず、辺見ハヤトが気を遣うの繰り返しだった。
最近は、辺見ハヤトは福爲に聞かず、選択肢を絞り仕事を振っていたが、それにすらありがとうも嫌とも言わない。誰かと協力する気があるのかないのか、サークルに入った意味を問いただしたくなるような態度だった。実際、「どうしてサークル入ったの? 映像好きなの?」と遠回しに聞いたこともあるし、何を考えているか探るために、映画について色々聞いたこともある。でも、対話しているというより処理されているようにしか思えなかった。
それは非常事態である今もだ。
「別に、脱ぎたいなら脱げば?」
平野マナは促すが、福爲は脱がずにおそるおそる屋敷に入る。
「札以外にあの編集者なんか言ってなかったの? この村について、ずっと黙ってるけどさ、なに?」
ちょうどいい機会だと、平野マナは問いただす。辺見ハヤトや堀井ユリがいる場だと、優しい二人が止めてしまう。今しかない。
「いや……漫画家さんがいなくなって、探しに来たとしか」
「本当に? 隠してるんじゃなくて?」
「いや……」
いや。
それが何の嫌なのか、分からない。
「忘れてんの? 隠してんの」
こちらを舐めているのだろうか。この状況がいかに危険なものか分かっていないのだろうか。煮え切らない福爲の態度に苛立ちをぶつけるか、その感情すら受け流すように福爲は言葉を返さない。
自分を何だと思っているのか。この男は。
サークルの人間に対してもそうだし、自己認識に対しても。
そもそも映像を作りたいと思ってきたのだろうが。今日の撮影も。
廊下を突き進みながら、平野マナは福爲を見る。
平野マナが映像研究サークルに入ったのは、映画好きの両親の影響だ。両方ともデザイン系の仕事をしており、ミニマリストの面もあるが映画のブルーレイディスクだけは五十型インチのテレビのサイドにずらりと並んでいた。住居と仕事場を兼ねた家は、両親の仕事の打ち合わせ場としても使われており、来訪者は生活感を廃しながらもディスクを収納するディスプレイ棚を見て「ワインセラーみたいですね」と両親のセンスを讃えていた。
一方で映画の好みについて、両親と渡り合える人間はいなかった。両親はデザインの作り手だが、インテリアと室内デザインが主であり、映画製作の分野との繋がりは薄かった。
それは平野マナとの関係も同じだった。




