お姉ちゃん
本作にレビューを頂きました。大変幸甚です。ありがとうございます。
「希乃ちゃんって呼んでもいいかな」
「うん」
「私とおじさん、遠くから来たんだけど、このお山に入って、道に迷っちゃったんだ。もしかして希乃ちゃんも同じだったりする?」
「違う」
希乃ちゃんは即答してきた。
「そっか、じゃあ希乃ちゃんはこの近くにおうちがあるの」
「ううん」
「じゃあ、どうやってこのお山に来たの?」
「ママ探しに来たの」
「ママ?」
「ここだと、死じゃった人に会えるから」
希乃ちゃんはどこか暗く、諦めたように言う。ネットでは西ヶ住希乃ちゃんは父子家庭であり、父親が夜働いているときにいなくなったとあった。死別だったらしい。
「パパと一緒には来なかったの?」
「だってパパ、お仕事大好きマンだもん」
希乃ちゃんはさらに暗くなった。私はすぐに話題を移す。
「そっか。じゃあ一人でママを探しに来たんだ。勇気があるねえ」
「ん」
「一人だと、歩くの大変じゃなかった?」
「でも、ママ見つけたいから」
「そっか。お山まで一人で歩いてきたんだ……」
「違う」
「あ……間違えちゃってごめんね。仲間がいたの?」
「お婆さんが、来てっていって……ここいた」
希乃ちゃんの話を聞いて、私は山田さんを見た。彼は思案げに老婆の消えた方向を見る。
「じゃあ、お婆さんと一緒にご飯食べたりしてたの?」
「うん。でも、お姉ちゃんもいるよ」
「お姉ちゃん?」
「ん。お姉ちゃんきて、お姉ちゃんが、私バイバイしたほうがいいって、パパのとこ帰ってって。ほわほわと、一緒に」
「ほわほわ?」
「ほわほわ」
西ヶ住希乃ちゃんは「ほわほわ」しか言わない。私はおそるおそる、西ヶ住希乃ちゃんに問いかけた。
「お姉ちゃんお絵描き上手い? 下手っぴ?」
「じょうず」
「お姉ちゃんの絵、私も見てみたいなぁ。どれが似てるかなぁ」
私は過去の刊行リストを西ヶ住希乃ちゃんに見せた。沢山の漫画から、漫画家のコミックスを差す。
西ヶ住希乃ちゃんは、老婆に誘拐された可能性がある。
そして漫画家がこの村に来て、西ヶ住希乃ちゃんの引き換えとして拉致されたか、もしくは、漫画家が彼女を助けたかだ。
「ばいばいしたのはいつ?」
「昨日……今日?」
西ヶ住希乃ちゃんは首をかしげる。
漫画家は、生きてる。少なくとも今日までは。
「私ね、そのお姉ちゃん探しに来たの。教えてくれてありがとう。もしよかったらなんだけど、おじさんと一緒にパパのところまで行かない? おじさん道分かんないからさ、パパのところに帰るついでに、おじさんのこと案内してほしいんだ」
私はリュックからお札を取る。二枚のうち、一枚を取り、希乃ちゃんの背中に貼った。
護身用にはなるはずだ。しかし山田さんが「あの」といつになく厳しい口調で私を見た。
「誘拐事件が発生している以上、荒破さんは希乃ちゃんを連れて下山してください」
「誘拐と言い切るのは行政的に危ないですけど」
「それは……」
山田さんは口ごもる。公務員としての倫理を突かれれば、彼は反論できない。私は話を続ける。
「漫画家と大学生の身の安全もあります」
「私が行きます」
山田さんは即答してきた。
「私たちが下山している間、危険があったらどうするんですか」
次の問いには答えられない。正解なんてないからだ。どのみち危険だ。ただ、お札が二枚ある。鉈の男と下肢のない男が同時出現しても、山田さんの持つ札で対抗可能だ。
「お神酒をつけても……」
そう言った瞬間。
「アアアアアアアアアアア‼」
五十メートルほどの距離で、老婆が絶叫した。何かを呼んでいるのだろうか。私は即座に希乃ちゃんを抱きかかえると、山田さんに引き渡した。
「身元不明女児、公務員としてよろしくお願いします」
私はそうお願いして、老婆を引き付けながら村の奥に進むようにして駆け出す。山田さんたちが山から下りられるよう、進行方向を計算して。
「なーにがみしゃわ様じゃクソババア、お前が信じてんのどう考えたって若さ選び激キショ誘拐犯じゃねえかよ‼ 子供とっ捕まえてもたらす豊穣なんてあっかよバッタモンが、本物の神様に謝れ」
そうして煽ると、老婆はものすごい勢いで追いかけてきた。
私はそのまま、山田さんから離れるように山道を走った。




