地図に無い小屋
「あの、村の地図ですよねコレ」
「はい」
「祠が……左斜め下と、真ん中にあるパターンがあると思うんですけど、何なんですか? どっちが新しいとか古いってあります?」
「新しい古いも何も……行政で確認しているのは、この地図です」
そう言って、山田さんは私に地図を見せる。
「え、真ん中の祠は……この井戸の位置に祠がある地図があるんですけど」
「分からないです。それは、こちらでも把握できていません。あの、左斜め下の祠は……みしゃわ様と呼ばれる古くからこの地に伝わる神様の祠ですし、人がいて栄えていた頃は、あの……変な話、法人化されていたので、行政としても把握していたのですが、五十年前の件で、ちょっと……色々……」
山田さんは言葉を濁す。法人の場合はしっかり解散手続きを踏む必要があるが、解散手続きを踏む人間すら殺されたり消息が途絶えたのかもしれない。
「じゃあ山田さんがここに来た理由って……」
「居住者がいるかどうかすら危うい部分があり、調査に……」
公務員は業務内容を他人に漏らしてはいけない。情報共有としては、多分これがギリギリなのだろう。でも、あの福爲の地図はなんなんだ。本に載っていたというし、実際、プリントアウトされていた。何故地図が二種類あるんだろう。それも片方は隠されているものならまだしも、両方とも公開済。
「じゃあこの地図はかなり古いもの、という解釈でいいですか」
「そうですね」
「その古い地図には、載ってない小屋が、あれですか」
前方には、古びた小屋がある。偏屈な武士が一人で暮らしてそうな木造りの小屋だ。
「はい」
「なら、一応確認してきます」
私はバットを構える。しかしすぐに山田さんが止めてきた。
「駄目ですよ何かあったらどうするんですか」
「中に誰かいるかもしれない。それこそ、大学生……あとは、他の行方不明者も」
「……じゃ、じゃあ私も行きます。先頭で」
山田さんは前に行こうとする。私は「後ろで」と山田さんの腕を掴んだ。
「鉈の男と下肢のない男がどんな動きをするか、私は知ってる。前から来たら、一発でやれる」
「……でも」
「後ろ守っててください」
淡々と訴えると、山田さんは私の後に回った。
「僕が大声をあげたら、振り返らず、すぐに逃げると約束してくださいね」
「はは」
「ちょっと⁉ 荒破さん」
山田さんは私の前に出ようとする。行かせないように私は急ぐ。
金属バットで扉を破ろうか悩むものの、やめた。家主が誰か分からない。鉈の男ならまだしも、無関係の個人なら倫理に反する。
私は外から様子をうかがう。中には誰もいないようだった。
扉は引き戸、さび付いていたり泥が混ざっているのか、ガタガタ音を響かせながらも戸が開いた。
「え……これは」
私の背後にいた山田さんが息をのむ。
戸を開けた瞬間漂う、淀み、湿りを帯びた重い鉄の匂い。
六畳ほどの部屋中央で、本棚が倒れていた。元は壁に沿っていたらしい日焼け跡がある。そして本棚の下には血だまりがあったことを証明する血の跡が床に浸みこんでいた。
「これ……」
山田さんはそれ以上喋らない。いや、喋れないのだろう。
本棚には隙間がある。私はおそるおそる覗き込んだ。
「何してるんですか」
山田さんが大きい声を出した。びっくりして振り返ると、「なんで驚いてるんですか」と理不尽が飛んでくる。
「え」
「えってなんですか何で、のぞくんですか。何かいたらどうするんですか」
山田さんはさも正論かのように責めてくる。
「いや、いたほうが問題でしょ。中から刃物もった男がいたらどうするんですか」
「そういうのは僕が確認しますよ。民間人がすべきじゃない」
「でも、その驚きようだったら、刃物持った男がいたとき危なくないですか」
「いやいやいやいやいや」
山田さんは高速で否定してくる。私は「ああ、そうですか」と宥めつつ本棚の下を見た。
ああ、なるほど、と思う。
「どうしまし──……ッ⁉」
私と同じように、倒壊した本棚を見た山田さんが、言葉を失った。
本棚の下には骨があった。どうやら、本棚の下敷きになったらしい。血の跡はこんな村だし、と警戒はしても人間のものからだという実感がなかったかもしれない。
確かにここで、人が死んでいたのだ。
私はしばらく悩んだあと、本棚に触れた。山田さんはハッとした顔で、私と同じ様に本棚を支える。
「いいんですか?」
山田さんに問う。
「何がですか」
「いや、怖くないのかなと思って」
「ご遺体ですから。それに……災害時はこういうこともあります」
「さっき怖がってましたけど」
「鉈を持った男は怖いですよ? 腕力だけですごい勢いで走ってくる男も……でも、死んだ人間は、違う。怖くない。最後はみんな死にますし……それに、こんな場所って言うの、元々住んでいた村に対して言うの、よくないですけど、一人で死んで、ずっとそのままがいいって人は、いない」
山田さんは少し寂しそうに言う。言った後に、「僕も他人事じゃないですからね‼」と、少しだけお道化る。
「いつか僕がこうなった時、こうして誰かに、見つけてもらえたらいいな」
その言葉に、うまい返しが見つからなかった。仕事が違う。見てきた世界が違う。特に、こうした範囲のことは。
「大丈夫ですよ。少なくとも、この村にいる時は私がいます」
そう言うと、山田さんは「頼もしいけど、民間の方なので……」と複雑そうな顔をした。




