金属バット
「よいしょっと」
大学生救出のため、山田さんと屋敷を目指すことになった私は、私はリュックから金属バットを取り出していた。山田さんが「なんですかそれは」と愕然としながらバットを凝視する。
「金属バットです」
「な、な、ななんで、そんなものを」
「ああ、大手の編集者は金属バット持ち歩くんですよ」
「そんなわけないですよね⁉」
山田さんは本気で戸惑っている。
「鉄パイプとかバールとかで派閥があるんですけどね、会社同士ほら、競合しあってるから」
「いやいやいやいや、な、何に使うんですか」
「何に使うか分からずとも、あらゆることに興味を持ち取り込むのが編集者ですからねぇ」
そう言って私は、金属バットに札を一枚貼った。福爲に渡し、山田さんに渡し、これで使って札は残すところあと二枚だ。一応のお神酒があれど、あれはほぼ最終手段かつ、量的にひと瓶で二回使える。
「その札ってなんなんですか」
「魔を退け、恨み? 怨恨? すごい攻撃的なバケモンであればあるほど、効くらしい札です。建物に貼って化け物から身を守るもあり、身体に張り付けていたり触れていたりすると効果があるとか……実際どうか分からないですけどね」
この札は元々、編集者になってからお世話になっている寺の僧侶に貰ったものだ。
「編集者さんって、なんか、そういうの詳しくなるんですか」
「いや……詳しくならないほうがいいというか……作家がホラー書くならあれですけど、そうじゃないなら、寺の出入りは個人の領域になるし、そういう意味では、編集者はお寺の世話になんてならないほうがいいですからね。生き死にに関わるので」
「ああ」
山田さんはそれ以上話を追求しようとしない。話題を変えたいのか「編集者さんって今ネットとかでやったりするって聞きましたけど。最近帯で、ネットで書籍化とか」と話の矛先をずらした。
「ですね~」
「荒破さんもですか」
「あ~掘り出しはするかもしれないです」
「掘り出し?」
「はい。なんか、いいのないかなって。そのいいのは、ほぼ私の個人の良いになりますけどね」
「いいんですかそれで?」
山田さんが驚いている。こんなことで驚いていたら鉈の男や下肢のない男が飛んで来たらどうするんだろう。
「いいんですよ」
ランキングが取れる作品は、取れるだけあって全部面白い。
ビジネス的なタイミングさえかち合えば売れる。編集者が誰でなければいけない、という専有性はタンキングが上がれば上がるほど下がる。しいて言えば社内政治に強いとか、営業部に対しての発言権が強い人間がすれば、各種プラットフォームとの交渉も可能なので、初動前のプロモーションは見込める。要するに私が本にしなくても、本として出るし売れる。会社やレーベルの増強だけを考えるなら、私である必要が無い。
作家の前に出て自分を主張したいとは思わないけど、その本の刊行において最適解ではありたい。
みたいな話を編集長にしたことがある。「ただまぁ、私の場合はですよ。編集者として何がしたいか、どうありたいかは人によるし……私は前の前の仕事がコンサルだったので、その時の私と今の私で、違う、というだけです」
「へぇ……」
「でも、漫画家さん探しにここまで来るというのは、なんか、熱い感じですね」
山田さんは「行政としては看過できませんけど」と続ける。
「本当の編集者ならしないですよ。私は多分、まだなりきれてないから、ここに来れる」
編集長や同期が来ないのは、冷たいからじゃない。むしろ逆だ。感情があるあまり、迷い、先を考えてこんな場所には来ない。合理と論理を突き詰める世界にいないからこその選択であり、編集者が限度を超えた合理と論理を持つことは、どうかなと思う。作家と夢を見るわけだし。だから、私が出たほうが効率的だ。そもそも、編集長も同期も家族や生活がある。編集者である前に人間だ。
だからこそ──こういう場では、不適合だ。
非情な決断も必要になってくる。
私は札を貼りつけたバットを見つめる。こういうものを、あの人たちは使えないし、使わせないのが私の役割でもある。
「あれ?」
山田さんが立ち止まり、ジッと一点を見つめた。
「どうしました」
私は金属バットを構える。山田さんは「違う違う違う違う」とブンブン首を横に振りながら慌てて止めてきた。
「見慣れない小屋があるので……地図にもない。んん?」
山田さんはバックからクリアファイルを取り出し、中に入っていたプリントをぺらぺら捲った。
編集長が送ってくれた漫画家の地図。そして福爲の持っていた地図。
正方形の図面には、上に向かって山を描くようになっている。地図の上部はお屋敷みたいなものがあり、真ん中には、井戸の絵。
その下には家がぽつぽつ描かれている。
左斜め下には祠。これは、漫画家が持っていたファイルと同じほうの地図だ。




