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0081 with 紬

 家から学校へ向かう道のりをほんの二・三分歩くと、『羽ノ浦』と彫られた表札を掲げる一戸建てがある。


 つーちゃんの家だ。昨日の宣言通り迎えに来た。

 

 今更気づいたことだが、位置関係を鑑みるに私が迎えに行くべきだった。ここ羽ノ浦家の方が学校に近い。


 つーちゃんは、わざわざ通学路とは真逆の方向へ迎えに来てくれていたわけで、私はその優しさにずっと甘えていた。


 だから今度は私が返す番。

 

 チャイムを鳴らそうとした瞬間だった。なんとなくだが、誰かに見られているような気味の悪さを感じて、辺りを見渡してみる。右、左、後ろ……上。おお。

 

 羽ノ浦家の二階にはつーちゃんの自室がある。その部屋のカーテンの隙間から、当人がこちらを覗いていた。びっくりさせないでよ、もう。

 

 ……やっぱりね。

 

 一筋縄ではいかないと察していたけど、実際にその通りだった。私を見るその目に、光が灯っていない。


 明らかに歓迎されていないが、私は笑みを浮かべて手を振る。カーテンを引かれて見えなくなった。これから降りて来てはくれるだろう。そうしないと学校に行けないし、そこを捕まえてじっくり会話だ。


 ところが――。


 想像に反して五分経っても十分経っても待ちぼうけ。

 

 このままじゃ遅刻しちゃうのになにしてるのだろう?


 焦りが募っていたところで、またカーテンの隙間からつーちゃんが現われた。冷淡な眼差しは変わらず、そして今度はチラ見程度で済ませ、すぐにカーテンを戻した。

 

 ピンときた。つーちゃんは今日学校に行く気がない。


 学生としての務めを放棄してまで、私に会うことを拒否しているわけだ。

 

 よーし、そっちがその気なら!


 アスファルトを踏みしめて、やけくそ気味の覚悟を決めた。

 

 籠城するなら降りてくるまで待ってやる。忍耐力の勝負だ。

 

 雨が降ろうが槍が降ろうがここをどかないぞ。

 

 私は今日、つーちゃんと登校する。そう決めたから絶対にやり遂げるんだ。

 

 遅刻上等。そっちが折れるまで待ち続ける。

 

 そうでもしないと、あなたは私から離れていっちゃうでしょ。


 嫌だよ、嫌なんだよ、そんなの。

 

 少し経って遅刻が確定したが、そこからも当然待ち続けた。向こうは三十分に一回くらいチラ見を挟むだけで折れる気配がない。


 昨日と比べて今日は青天だ。夏に差し掛かったばかりとは言え、日差しはなかなかに強く、体に堪える。汗がダラダラ流れて、立っているだけでしんどかった。雨に濡られた昨日の方がマシかもしれない。


 でも、その程度で根を上げる私ではない。視線をつーちゃんの部屋一点に固定し、待ち続ける。

 

 これくらいの根性見せないと、つーちゃんは来てくれないよね。

 

 たっぷり三・四時間は経っただろうか。照りつける太陽が真上に位置した頃、つーちゃんのチラ見に変化が生まれる。カーテンを戻すその瞬間に、ため息をついたような気がしたのだ。もしかしてと、玄関に視線をやる。

 

 やはり。

 

 ガチャリと開いて、ついにつーちゃんが降りてきた。


 私の顔を見るなり今度はあからさまにため息をついて、ダラダラと歩み寄ってくる。


「なにしに来たの、穴吹さん」


 気だるげで眠たげな声だった。ピンク色の寝間着姿が無気力感と登校拒否の姿勢に拍車をかけている。その態度にはもちろん歓迎など皆無だが、ここで負けるわけにはいかない。


「昨日言ったじゃん。迎えに行くから一緒に登校しようって」


「もうお昼だけど」


「そりゃ大変だ。一緒に大遅刻だね」

 

 すっとぼけてみたけど、冷淡な眼差しに変わりはない。


「いつまで経っても人んちの玄関前でいるんだもの。不審者みたいで怖いし、鬱陶しいからやめてって言いに来たの」


「やめない。つーちゃんと一緒じゃなきゃ登校しない」


「じゃあ学校行けないね。いいの? 監督に怒られるよ」


「つーちゃんもだよ。マネージャーと言えどもれっきとした部員なんだから。それとも一緒に罰走受ける?」

 

 はあ、と。今までで一番大きなため息が返ってきた。


「ああ言えばこう言う」


「お互い様でしょ」


「しょうがない。今日はずる休みする予定だったけどやめた」

 

 そう言って踵を返し、家に戻っていく。


 数分後、戻ってきたつーちゃんは制服に着替え、スクールバックを携えていた。


「私の想いが通じたってこと?」


「ううん、使い捨ての同情。穴吹さんって友達いなさそうだし、わたしが構ってあげないと可哀想だもの」


「よく言うよ、そっちだってそうでしょ」


「うるさいなあ」

 

 つーちゃんは煙たげに言い、私を通り越してツカツカと道に出た。

 

 私は小走りで追いかけ、隣に並ぶ。


「いつまで続ける気?」


「え?」


「こういう風に鬱陶しく付きまとってくる不審者みたいな言動」


「ああ、いつまでも」


「はあ、めんどくさい」

 

 心底呆れられたようだ。こんなため息を今後何度受けることやら。

 

 考えるだけでも相当な覚悟が要る。


「でも強いてあげるとすれば、また私の事をみーちゃんって呼んでくれるまでかな」


「みーちゃん。はいおしまい、金輪際関わらないでね」


「そういうのはノーカン」


「強情」


「だからどっちが」


「はあ」

 

 ほら、言ったそばからため息だ。


 途方に暮れかけて気晴らしに空を見上げた。私の大好きな青色一色で、少しは気も紛れる。

 

 そういえば、このところ慌ただしくて風景を眺める余裕すらなかったな。

 

 あるところでは沿道まで伸びたビワの実が萎み、あるところではアジサイの花が咲く。

 

 もうそんな季節か。


 今は六月上旬、三人の女の子から告白を受けた衝撃の日から約一ヶ月経つ。

 

 その間、色々やられた。そして、色々やった。そんな激動の末に――。


 新しい形が加わったものがある。

 元より強固になったものがある。

 そして、壊れてしまったものがある。

 

 ……最後だけ最悪だ。でも、これが結末にはしたくない。

 

 壊れてしまったら直せばいい。直らなければ一から作り直せばいい。雨降って地固まるという言葉があるように、そうして出来上がったものが、前よりずっと強固になる可能性だってあるんだから。


「かなわないなあ」 

 

 青葉の香りに湿り気が混じる梅雨特有の風に乗って、つーちゃんの呟きが耳に届いた。

 

 独りごちたそれは、誰に対する敗北宣言なのか。

 

 あるいは、願いが叶わなかったことによる失望の嘆きか。

 

 一番望ましいのは私に対する敗北宣言だ。

 

 親友として再び私の手を取り、そう言ってほしい。


「明日も迎えに行くからね」


「はあ、うんざりする」

 

 まだまだ道のりは険しいようだ。

 

 でもいつか、ため息の消える日がやってくると信じて。

 

 明日も明後日も明々後日も、この通学路を一緒に歩きたい。


これまでお読み頂きありがとうございました。

一応続きの構想を考えてはいるのですが……

構想止まりで書きためもできてないので一旦完結とさせて頂きます。

続きを更新できる日が来ましたら、そのときはまた是非ご覧下さい。

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