0008 デレデレと化した反抗期の妹
「あの、お姉」
「な、なに⁉」
背筋を伸ばして返事をする。ものすごく不自然な感じになってしまった。
「昨日のことだけど……」
「ああ、昨日のことね。うん、昨日のこと」
震える声で言いながら、心を落ち着かせようとコーンスープを啜った。
味なんかわかったものじゃない。
「あたし、本気だから」
思わずスープを吹き出しそうになった。
「冗談なんかじゃないよ。あたしは本気でお姉の彼女になりたいと思ってるから」
「そ、そうなんだ……」
動揺を紛らわすため、目の前の食べ物にひたすら手を伸ばした。
トースト、スクランブルエッグ、ベーコン、サラダ、噛むのを忘れるほどの早食いで、次々と皿から消えてゆく。
「返事はいつでもいい。でも、いつかはちゃんと欲しいな」
「わ、わかった……」
とは言ったものの、結論を出せる日なんてくるのだろうか。
私が断ったりしたら、陽菜はとても悲しんでしまう。私は陽菜の悲しむ姿なんかみたくない。じゃあかといって、受け入れるのかと問われたら、そんな覚悟は微塵もできていない。
私は陽菜と姉妹でいたいのだ。恋人同士になるのは、違う。
ひとまず、告白の返事に猶予をくれたのは感謝だ。
先の二人は早期決着を望んでいたもんなあ。
「あと、結論を出すまではいつも通りでいたい。あたしもそうするから」
なるほど、リビングに降りてきた直後に見せたいつもと変わらぬ態度にはそういう裏があったのか。
まあ、私としてもその方がありがたい。
「うん、それは私も同感」
その言葉に、陽菜は少しほっとした表情を浮かべた。
私の隣にある椅子を引いて、座る。
「朝ご飯、美味しい?」
「ああ、えーと……」
味がわからない、はさすがに失礼だ。私は今一度スープを口へ運ぶ。
舌に全神経を宿らせ、なんとか味を感じ取った。
「美味しいよ。陽菜の料理が美味しくなかったことなんて、一度も無い」
「えへへ、嬉しい。お姉に褒められるのが一番嬉しい」
陽菜は満面の笑み。ああ、相変わらず可愛い!
言ったそばからいつもとは違う態度を取っている気がするけど、こういうのもいいなあ。
ツンツンしている攻撃的な陽菜も大好きだけど、デレデレの陽菜はとにかく可愛い。
中学に上がる前はむしろずっとこんな感じだったから、少し懐かしさも覚える。
「ねえお姉」
「んー?」
カップに口を添えてまたスープを味わっていたとき、陽菜が私の腕に触れてきた。
なになに?
「今朝はぎゅーって抱きしめてくれないの?」
スープがぶーってなりかけた。
「えっ、えっ、えっ、どういうこと?」
「だってお姉、いつも朝晩一回ずつは抱きしめてくれるじゃん」
抱きしめているというより、抱きついているというか……。
あれは反抗期の妹に対する特有のスキンシップで、求められて行うものじゃないというか……。
嫌って言われるからするのが楽しいのであって……。って、これはちょっと変態っぽい?
「でも、いつも嫌がってるじゃん」
「意地悪。バカお姉」
陽菜は両手を大きく広げた。
「照れくさいだけ。本当は嬉しいの。だから今日も、ぎゅーってして」
か、か、か、可愛い~!
でも! いつも通りとは完全にかけ離れちゃってますよ陽菜さん!
陽菜は頬を朱に染めながら上目遣い。完全に恋する乙女だ。
初めて見るそんな姿を眺めていると、なぜか自分の胸から大きな音が鳴った。
一瞬、なにが起こったか不可解だったが、すぐに判明する。
鼓動だ。鼓動が高鳴っているのだ。
それは留まることを知らず、むしろどんどん大きく、さらには加速していき、私の困惑を生んだ。
え? 私、妹相手にドキドキしてる?
信じがたい疑惑を抱きつつ、私は再度、陽菜をジッと眺める。
陽菜って、本当によくできた女の子だ。
顔は可愛いし、反抗期だけど根は優しい。さらに料理が上手で、言うことなしだ。
気付いたら私も陽菜へ両手を伸ばそうとしていた。
大丈夫。いつもと同じく、ぎゅーってするだけ、だよね?
心の中で自身との対話が必要だった。この時点でいつもとは違う。
だがそんな状況には目を瞑り、私は陽菜にゆっくりと近づいて、抱きしめようと――。
――ピンポーン――
したところで家のチャイムが鳴った。
あ、つーちゃんが来たんだ!
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