0076 リトルシスターシンデレラ(2)
「ほんとにどこまで行く気?」
家を出、若干の早歩きで進んでいたとき、陽菜が問うてきた。
「とりあえず駅」
「電車に乗るの?」
「うん」
「どのくらい?」
「一時間くらいかなあ」
「充分遠いじゃん!」
「近いって」
「騙された。お肉解凍したまま置いてきたのに」
唇を尖らせた陽菜だったが、歩くスピードは全く変わらない。多少遠くても帰るなんて選択肢はないようで安心した。
駅に着き、ICカードで東京方面の電車に乗った。
この時間帯の上り線とあって車内は空いており、おまけに三十分程度で東京駅につく。快適だし意外と近い。ここから乗り換えだ。
「何線?」
「京葉線」
「じゃあ千葉?」
「うん」
頷いた私は、続けて大ヒントをあげた。
「舞浜駅まで行くよ」
陽菜の肩が跳ね上がる。舞浜駅は某テーマパークの最寄り駅であることで有名だ。そして何を隠そう、私もそれがお目当てだったりする。
そう、SNSで金髪青りんご、もとい陽菜が投稿していた理想を叶えるために、そこに行く。
「えっ、えっ、えっ、舞浜って」
帰宅ラッシュでごった返す東京駅の構内で、陽菜は慌てふためいた。
笑みも混ざったその反応は、サプライズプレゼントを貰った子供のようで、いつまでも眺めていたいくらい可愛いが、人にぶつかったら危ないし迷子にでもなられたら大変だ。
「ほら、早く行こ」
だから手を伸ばした。
「迷子にならないようにね」と理由付けしながら。――というのは建前。
実はずっと手を繋ぎたかったのだけど、気恥ずかしくて躊躇していたのは内緒だ。
陽菜は少し照れくさそうにしながらも、拒むことなくその手を取ってくれる。
街中で手を繋ぐなんて久しぶり。もう高校生と中学生になったけど、姉妹だからいくつになっても問題ないもんね。
京葉線に乗り換えた。東京から千葉方面に向かう下り線の電車とあって今度はぎゅうぎゅう詰めだ。お世辞にも快適とは言えない。
――でも、陽菜と何もかもを密着させて過ごす車内、これはこれでいいなあ。
なんて口には絶対に出せないことを考えながら揺られること十数分、待ちかねた自動アナウンスが耳に入る。「次は舞浜駅」
「降りるよ」
「うん!」
無邪気に笑って頷く、またしても子供のような可愛い反応が返ってき、て私の姉心は鷲掴みにされた。
電車を下り、改札を抜ける。通りに出ると多少歩きづらい程度には混雑しており、駅に向かう人達で流れが出来ていた。それに逆流するように進む。
時刻は午後九時前。テーマパークは午後十時に閉園するため、行く人より帰る人の方がダントツで多いわけだ。でも、裏を返せば園内はどんどん空いてくる。これから私が行うことを考えれば、いい環境と言えよう。
陽菜の手を引いて進んで――着いた。
「到着だよ、ここに連れてきたかったんだ」
日本で知らない人はいないだろう千葉県浦安市のテーマパーク。
入場ゲートの向こう側に見える煌びやかなイルミネーションが、早くも心躍らせる。
「わあ! お姉、早く行こ!」
もちろん陽菜も大喜び。私の手を引く側に変わり、駆け足になった。
入場ゲートを通る前にチケット売り場に寄らなければならないのだが、陽菜はお構いなしに一直線。「チケット買わなきゃ」と呼び止め、方向転換させる。
……あれ?
ここでふと、計画性のなさが招いた不安に襲われた。
そういやお金足りるかな?
大人気テーマパークとだけあって、なかなか強気の値段で攻めてくることは知っている。陽菜もある程度のお金を持ってきてはいるだろうが、サプライズを仕掛けておいて財布を出させるなんて、この上なくダサい。
ドキドキしながら受付のお姉さんと対面した。別にこの人が値段を決めたわけではないだろうが、ラスボス級の敵に思えてくる。気分は対面じゃなく対峙だ。
「高校生と中学生が一人ずつです」
そう告げて財布を開く。
お姉さんから入場料が告げられる。
お札を数える。
冷や汗をかきながら小銭スペースを開く。
天の神様よ見捨てないでと祈る――。
ほっと一息。ギリギリ足りた。
どうやら午後以降の入園だと、通常料金より安くなるようだ。
今回はそれに救われた形となった。
「お姉、財布の中を確認しないまま来たでしょ」
しかし隣でジト目が見ている。ギクッとなって目を逸らした。
「ま、まあいいじゃん。足りたんだから」
「それもそっか。チュロス代はあたしが出すね」
「食べるんだ」
「テーマパークに来て食べない理由がない!」
どうもマイルールがあるらしい。仕方ない、結局ダサくなるけど所持金は五百円を切ってるし、そこは甘えよう。
「楽しみ~! テーマパークは暗くなった方が綺麗だね!」
入場するや否や、気を取り直したのか、また子供のようにはしゃぎ始めた。
「なにする? どこ行く?」
「この時間帯だとお城がライトアップされているみたいだよ」
「じゃあ見に行こ!」
のんびりしていて機を逃せば元も子もない。
だから、ここに来た目的を最初に果たそうと舞台へ誘う。
手を引きながら、恋心自覚のきっかけとなった陽菜の投稿を脳内で反芻した。
『想いに応えてくれないかな』
『後ろからギュッてされながら』
『お城の前でとかロマンチック』
自然な感じを装えたかな? 上手く理想を叶えられるかな?
心の鼓動が止まらない。でも勇気を出して前を向く。
私と陽菜。
姉と妹。
そこに新たな関係を加えるべく。さあ行くぞ。
ご覧頂きありがとうございます。
よろしければブックマーク、評価、コメント残して頂けると幸いです。




