0074 エンドレスレース(5)
「ど、どうしたの?」
表情の振れ幅に困惑するほかない。
わけもわからず尋ねると、泣き出した剣さんは嗚咽を漏らしながら言う。
「だって、だって、穴吹さんの、気持ち、わかるんですもの」
「……え?」
「体育館に飛び込んできたときから、隠し持ったその気持ちに薄々気づいておりましたわ。さらに今ではより顕著。言わなくてもはっきりとわかりますわ」
ああ、そういうことか。
私が出す結論を、剣さんは察しているんじゃないかと思っていた。
それは半分正解で、半分間違い。
剣さんが察したというよりは、私が察しさせてしまったのだ。
「わたくし、これから振られるんでしょう?」
生気のない目、口角だけ少しあげて無理に笑う。影を落とされた悲痛な表情だ。
でも、嘘を吐いたってしかたない。
「うん。ごめん」
肯定すると、剣さんは地面に膝を付いてしまった。
首と肩を落とし、だらんと下がりきった腕はもう傘を持つ気力すらないようで、容赦なく降り注ぐ雨に、ずぶ濡れにされてゆく。
近づいて、剣さんが濡れないように私の傘を傾けた。
ぼそりと呟くような問いかけを耳が拾う。
「お相手は陽菜さん、ですか?」
「……わかるの?」
「はい、以前お宅にお邪魔した際、気づきましたわ」
剣さんがうちに来たのは一度しかない。三週間前、四人で人生ゲームをした日のことだ。
「あのときの穴吹さん、わたくしのようでしたから」
「……?」
意味がわからず沈黙していると、それが真意を誘う。
「無意識でしょうけど、穴吹さんはときおり、陽菜さんに愛ある視線を向けておりました。それがまるで、鏡に映ったときにふと見た、あなたに恋するわたくしそのものだったんです」
なっ、そんなことが。
完全に無意識。いま言われて初めて気付いた。
滲み出るほど強い想いを抱いてるみたいで、なんだか少し恥ずかしい。
「ふふふ、まさに今のその目です。恋する乙女みたいですわ」
剣さんは私を見て力なく笑った。
「わたくしと穴吹さんって実は似ているんですかね」
「似てる部分はあると思うよ」
だからこそ闘争心が生まれる。絶対に負けたくないと互いに想い合って、対峙し合って、ライバルになれた。
「風邪なんかひかないでね」
地に落ちた傘を拾い上げ、剣さんの手に持たせた。冷たい手をしている。
私が言えた口ではないが、雨に濡れて体調を崩し、スランプにでもなられたら張り合いがない。あなたがいるからバスケが楽しい。あなた無しの世界なんて退屈であくびが出る。
そういう意味で――。
あなたは私にとって必要不可欠で、私もあなたにとって同じ存在であれたらいいな。
「次、会うときはコートの上で。けちょんけちょんにしてあげるよ」
剣さんの目は私を外れ、遠い空を見上げていた。
そこにはなにがある?
なにもないだろコラ。
ちゃんと私を見ろ。バカ。バーカ。
しっかりしろと頬を引っぱたきたくなった。私は最低だ。ついさっき友情を崩壊させておきながら、性懲りも無く突き放すような言葉を浴びせている。
……でもこれでいいのだ。
私と剣さんの間に気遣いや思いやりはいらない。ライバルの私達に必要なものは、実力の発揮と互いへのリスペクトだ。もし、そこに甘さや温かさが介入しようものなら、私はそれを振り払うべく最低になる。
『大切なものを大切にしている限りは――』
監督の助言に準える。大切なものだからこそ、大切にしているからこそ、抱きしめて守るような真似は絶対にしない。シビアに、かつ激しく熱く、ときに冷徹に――。
私はあなたに寄り添うつもりなんて微塵もない。
常勝を目指すあなたを遮る、壁であり続けたい。
だから、あなたは私という壁を乗り越える強い気持ちを、いつも持っていて。
たとえ奈落の底に落ちたとしても、手は差し伸べないよ。そんなことしなくても、勝手に這い上がってくると信じてるから。
それくらいじゃなきゃ、私のライバルなんて務まらないよね。
くるりと踵を返し、校舎裏から立ち去った。剣さんが追いかけてくる気配はない。雨が降りしきる校内を一人で歩く。
これで終わりなんて言わないでよ、絶対に。
だって私はこれからも一生、剣麗華と研鑽し合いたい。
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